113 話 繰り返される悲劇
黒崎に入ってきたオリバーが言った。
「Any systems must have subroutines for emergency shutdown or exception handling. It's safety equipment in other words. We have to find it out!(どんなシステムにも緊急停止や例外処理は実装されているはずなんだ。言うなれば安全装置というものがね。それを見つけ出すしかないだろう!)」
つまり、こういうことである。
いくら多足歩行要塞が、スタンドアロンでこの地区に投入されているとは言っても、要塞と東京タワーの核弾頭の間には、必ずある種のネットワークが介在しているはずで──。
そうなれば、そこにはその連携を解除する『安全装置』とも言うべきトリガーがあるのではないか?
「すると……そのシステムを見つけ出してプログラム的に解除すれば、あの多足歩行要塞を破壊しても核爆発は起こらず電波の発信も止めることができる、と」
「That's right!(そういうことだ!)」
白瀬の言葉に力強く頷く黒崎。
「You let Lilith hack the processor connected to nuclear warhead on Tokyo tower and unlock safety equipment. Then the connection between Mobile fortress and nuclear warhead might be released.(リリスに東京タワーの核弾頭に連結されたプロセッサをハッキングさせ、その安全装置を解除する。そうすれば多足歩行要塞と核弾頭の連携が消えるんじゃないかな?)」
「どうやらそれしか手はないみたいですね」
オリバーの説明と隆二の声にみんなが頷く。
時間的にもこれから周りはだんだん暗くなってくることだろう。
そうと決まれば、できるだけ早く動いたほうが良さそうだった。
◆◇◆◇◆
何だか凄いことになっちゃったな。
翔哉は、みんなと東京タワーに向かって移動しながら考えていた。
エルを放っておけなくてついてきちゃったけど、成り行きで大変な役割を引き受けちゃったみたいだ。
まあ、僕が──じゃなくてリリスがなんだけど。
そんなことを思っている翔哉にリリスが声を掛けてきた。
「緊張しているのですか?」
「う、うん……まぁね……」
なんだかリリスに心の中を見透かされたみたいで少しドキドキする。
「やるのはあなたではなく私です。持ち主は落ち着いてどっしり大きく構えていたらいいのです」
「そうなのかな?」
「そうです。何も問題はありません。オリバー博士が言っていた通り、私は有能ですから」
リリスの口調はいつも通りだった。
なのになぜだろう。
そこには、緊張する翔哉に対しての思いやりのようなものが、込められている気がしたのだ。
「ありがとう」
だから翔哉は思わずお礼を言っていた。
「合理的判断による発言です。気にする必要はありません」
リリスはニベもない感じ。
そのやり取りを聞いていた隆二が吹き出す。
「面白い子だね、リリスって。きっと舞花辺りと気が合うんじゃないかな?」
などと話しながら、みんなで小走りに駆けている間に、翔哉達は東京タワーの近くまで到着していた。
◆◇◆◇◆
東京タワーの近くまでやってきて、それぞれにスピードを落とす。
そうして息を整えていると、エルが何かを感じたらしく警告を発してきた。
「あの……要塞がこっちに向かって来るみたいです!」
そう言われてよく耳を澄ましてみると、ドシンドシンという音がだんだんと近付いてくるようだ。
鈍重に思える出で立ちの割に、ずいぶんと移動速度は早いのかもしれない。
「どうやらあの要塞は、6本の足を上手く使う最新の歩行アルゴリズムで動いているようだね」
遠くから近付いてくる姿を見ながら隆二がそんなことを言う。
「ほら、ああやって早く動いている時は、同時に地面についている足は2本だけだろ? あれは自然界にはない動きなんだ」
そう説明してくれる。
自然界の昆虫など6本足で移動する生物は、通常では3本を接地させて動くのである。
しかし接地する足を2本にすることで、平坦なところでは速く効率良く動けるようになることを、スイス連邦工科大学のロボット工学研究室が発表したんだとか何とか──。
そんなことを聞いて感心している間にも、要塞はどんどんとこっちに近付いてきた。
どうやら東京タワーに近づく者を、警戒して排除する命令があらかじめ入っていたらしい。
要塞のセンサーに気が付かれずに東京タワーに近づければ……翔哉達はそう思っていたのだが現実はそう甘くはなかったのだ。
──多足歩行要塞が動く時の地響きがみるみる近付いてくる。
その想定外に思える展開の中。
どうやら黒崎は、この事態を予測していたらしい。
「問題ない。それならアンドロイド達に囮になって、引きつけておいてもらうまでだ。その間に安全装置を解除すればいい」
スムーズに対処を行うと、黒崎に命令を受けたアンドロイド達が散っていく。
「さあ。向こう要塞の低能なAIが、アンドロイドに食いついている今のうちにさっさと済ませてしまうとしよう」
そう言う黒崎。
「そこにある端末から、この塔に設置されているコンピューターに接続できそうです」
リリスが、東京タワーの寂れた入口の近くに設置された、比較的新しい端末を見つけたらしく、翔哉に声を掛けてくる。
一同は急いでそちらの方へと移動した。
「これは比較的新しい端末ですね。テロリスト達が後から設置したものと見て間違いないですよ」
隆二の言葉に黒崎や白瀬も頷く。
端末の前に来るとオリバーが黒崎に入ってすぐに指示を始めた。
「Shoya, you have standerd network cable, don't you?(翔哉君、標準のネットワークケーブルは持っているね?)」
「は、はい」
「Connect it here of this divice.(それをこの端末のここに接続するんだ)」
そう言われるままに、前にいた世界のものとは少し違った幅広のケーブルを、翔哉は目の前の端末に接続した。
そしてもう一方の端も腕のリリスの端末に差し入れる。
すると。
ピュン……ブーン。
翔哉のスマホの画面が自動的にモニターになり、リリスからの情報が外部出力され始めた。
それを白瀬と隆二、そしてオリバーが入った黒崎らが一斉に覗き込む。
その迫力に気後れしていると、後ろからエルがそっと翔哉に声を掛けてきた。
「あの……翔哉さん」
「え? 何、エル?」
「くれぐれも周りに気をつけて……下さいね」
エルはそんなことを言った。
「う、うん。でも……何かあったの?」
「わからないんですけど、凄く嫌な感じがして……」
エルはそんなことを言った。
最近のエルはずいぶんと人間らしいことを言うようになった。
嫌な感じ……“予感”みたいなものをアンドロイドである彼女も感じるようになったのだろうか?
エモーショナルフォースのお陰で?
それとも──。
そんなことを思いながらまじまじとエルを見ていると、彼女はかなり緊張しているようである。
肩も小刻みに震えているように思える。
確かに考えてみればこんなとんでもない状況の中である。
無理もないのかもしれないが。
◆◇◆◇◆
「なるほど、このプログラムエリアが……」
「そうすると……」
エルとそんな会話をしている間に、いつのまにか作業が進んでいるらしく。
隆二とオリバーが翔哉のスマホに表示されている数字だらけのダンプ表示を見ながら何やら相談している。
また時折比較的遠くの方で要塞がアンドロイド達に発砲しているらしい音。
ダダダという機関銃のような音も聞こえているが……。
どうやら今のところ彼らが移動要塞に関しては上手く引きつけてくれているようだ。
「なるほど。じゃあ、その解除コードを特定した上で、それをこっちの入力装置から入力してやれば……!」
白瀬がそう言いながら、少し離れたところにあるキーボードが設置されている計器盤の方へと移動する。
「そうですね! それで上手くいきそうです!」
隆二が嬉しそうに同意した。
「了解しました。こちらの変数 “解除コード” を特定します。しばらくお待ち下さい。推測される所要時間は180秒です」
リリスが言うと、翔哉の持っているスマホの画面が数字でいっぱいになる。
すぐに解除コードの解析を始めたようだ。
「黒崎さん。こちらの端末は恐らく──」
白瀬がその間に、解除コードを入力する端末の準備をするために黒崎を呼ぶ。
そう呼びかけられて次に黒崎が翔哉の元を離れる。
そして白瀬がいる少し離れた端末に近づいてそれに触ると、そこに突然サイコメトリーのアルビナが出てきて喋り始めた。
「Я видел человека, который установил его, прежде чем прикасаться к этому устройству. Используя этот способ, мы также можем запустить их систему.(この端末に触ったら、以前に設定した人間の様子が見えたわ。こうすればシステムが起動できるかも……)」
「おーい隆二、通訳してくれ!」
突然飛び出してきたロシア語に慌てて白瀬が隆二を呼ぶ。
「はーい、今行きます!」
こうして次に隆二が翔哉とエルのもとを離れていった。
その結果──。
運命の糸に衝き動かされるように、リリスが解析している入口付近の端末近くには翔哉とエルだけが残される。
あれ?
翔哉は思った。
急に何かデジャヴのような耳鳴りを感じたような気がしたのだ。
そして、そこから時間がまるでスローモーションのようにゆっくりと進んでいくような錯覚に陥る。
これは……なんだろう?
これはまるで。
エルドラドでの最後の日に。
エルと一緒に働いていた時のような。
翔哉がその感覚に戸惑っていると。
ガシン!!
ごく近くで大きな物音がした……気がした。
そして次の瞬間。
目の前に多足歩行要塞が突然現れる。
入口からすぐ外を呆然と見ている翔哉とエルの正に目の前に──。
「いかん! 自律稼働から遠隔操作に切り替えたか!」
そこでやっと黒崎も異変に気がつく。
だが、何もかもがもう遅すぎた。
「え!?」
驚く声をあげるくらいしかできない翔哉。
「翔哉君!!」
「逃げろ!!」
何もかもが手遅れに見える中。
思わずそう思わず叫ぶ白瀬と隆二。
だが、もう既に要塞の胴体から出ている黒光りした銃口は、はっきり翔哉へと向けられていた。
その次の瞬間には、翔哉の体は発砲された重機関銃によって、ボロ雑巾のように砕かれるはずだったのだ。
しかし、その止まったような時間の中で──唯一それを容認しない意志がそこで動いた。
「翔哉さん!!!」
「駄目だ。エルッ!!」
ガガガガガッ!!!!!
エルが翔哉に抱きつくように覆いかぶさると、重機関銃の銃弾が彼女の外殻を砕いていく。
彼女の体は、もう機械であることを隠すことができなくなり。
バラバラになって飛び散っていった──。
「エルーーーーーッ!!!!」
東京タワーのエントランスに翔哉の絶叫が響いた。
◆◇◆◇◆
その場は凍りついたように固まっていた。
それはあの黒崎であってさえもだ。
「翔哉さん……無事……ですか」
翔哉の手に包まれて、頭部だけになったエルが涙を流しながら彼に問う。
「エル……そんな……」
翔哉も涙を流しながら、呆然と顔だけになったエルを胸に抱いた。
なぜ……どうして……こんな!?
彼がそうして大きな虚脱感を感じ、地面に膝を屈しそうになった時。
その翔哉の体にも突然変化が起こり始めた。
彼が地面に立っている足先のほうから……それはまるで空気に溶け込んでいくかのように。
翔哉の体が透明になっていき、次第に消失を始めたのだ。
「翔哉さん!?」
今度はエルが悲痛に叫ぶ。
しかしその彼女の叫びも、その翔哉の消失を止めることはできなかった。
それどころか。
それはまるで加速度が付くように早まっていき……遂に翔哉の体はその場から完全に消えて無くなってしまったのである。
「い、いったい……何が……」
白瀬達はただ唖然として、その情景を見ているしか他になかった。
エルを支えていた翔哉の両手が最後に消失し、エルの頭部は涙を流した格好のままコトンと地面に落ちた。
頭部の他はバラバラになってしまったエル。
その悲しげな泣き顔を床に残して。
無傷だったはずの翔哉のほうが──みんなの目の前で忽然と元から居なかったかのように消えてしまったのだ。
一体何が起こったのか……。
それはそこにいる誰にもわからなかった。
「──翔哉……さん……」
エルも最後の力を振り絞ってそう叫ぶと……。
それきり静かになってしまう。
「エル……翔哉君……そんな……」
隆二が力なく呟く。
後に残された者たちには。
それからの時間が、まるで永遠のように感じられた──。