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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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110 話 ビーストストーム作戦

 そこは研究施設のようなところだった。

 ──しかし床や壁は綺麗とは程遠い有様である。


 ロクに掃除もされていないらしく所々黒く汚れている。

 また赤土や砂の固まりが床や壁に散らばっており、あちこちにこびり付いている様子はまるで野戦病院を思わせた。


 またどこにも窓はなく。

 ヒンヤリとした空気はどことなく地下のようでもある。



 その昼間から電気が点いているリノリウムの廊下を男が悠然と歩いていた。

 鋭角的な黒メガネをかけた“あの”テロリストの男だ。


 廊下には白衣の者達に混じって、迷彩服を着た体格のいい男達も行き来していたが、その彼らがすれ違う度に彼──眼鏡の男に会釈や敬礼をしていく。


 そして、彼は廊下の突き当りにある大部屋のような所に入っていった。

 どうやらここが指令所らしい。

 その彼に、部下らしき迷彩服を着た男が敬礼しながら近付いて来た。



「フェイ大佐。“祭り”の準備は後もう少しで完了します」


「あと少し? 何が問題なんだ!」



 フェイと呼ばれた眼鏡の男は、神経質そうに片方の眉を吊り上げた。



「“ビートル”の調整にあと少し時間がかかるそうです」


「急がせろ! 配置してある“働き蟻”の準備はできているんだろうな?」


「そっちは大丈夫です。ビートルが始動さえすれば、そこからの指令によって各ポイントにて、フォーメーションを保持しての連動が可能になります」



 その報告を満足そうに受け取ると、フェイは大部屋の中に響き渡る声で号令をかけた。



「よし! 妖怪共が次に動き出す前に先手を打つぞ。各所準備を急げ!」



 時間をかけて育成していた強化兵の一人が、あのジジイの気まぐれのせいで欠けることになったこと。

 それに加え、こちら側の戦力情報の一端が委員会側に漏れることになってしまったのは、確かにフェイ個人にとっては多少の計算外と言えた。


 しかし、テロリスト達全体にとっては、それはさして大きな問題ではなかったのだ。


 なぜなら彼らテロリスト達にとっては、その後に控えたこの「ビーストストーム作戦」──オペレーション“ビーストストーム”を、極秘裏に実行し完全に奇襲として成功させることこそが、当初から最大の目的だったからなのである。



 オペレーション “ビーストストーム”


 人間の持っている潜在意識下の敵意を引き出し、周りの人間のものにまで共振させて凶暴化させる──いわゆる“レゾナンス症状”のトリガーが、7.5ヘルツの低周波であるという情報を拉致した村下博士から手に入れて4年。


 彼らテロリスト達が、この情報を元に現在に至るまで念を入れて慎重に準備してきたこれまでの活動の集大成。

 そして、ターニングポイントにも位置づけられる重要な作戦だった。


 その作戦目的は、委員会カウンシルにここからはっきりと反旗を翻し、その意思表示をもって、もう一度反撃の狼煙を挙げるためである。

 この成否いかんに自分達レジスタンスの存在意義が掛かっていると言っても過言ではないのだ。


 その大事な作戦の直前に、あの老人の道楽に付き合うことをフェイが承認したのは、この“ビーストストーム”の囮にでもなればいい──。

 そういう計算からだったのだが……。


 余勢を買った形で老人の揚げ足を取ることができ、当局に捕縛される前に始末ができたのはむしろ好都合だったと言える。


 一方で──。


 まさかこちらの戦力を見切られた上に、相性不利のアンドロイド部隊をぶつけられ、返り討ちに遭ってしまったことに関しては……相手を甘く見ていたとしか言いようがなかったが。


 過ぎたことは仕方がないことだ。

 それを今後の作戦にプラスに転化すればいい。



「これであの妖怪どもが少しでも勝ったと思っていてくれれば……こっちもやりやすいんだがな」



 フェイは独りごちた。



   ◆◇◆◇◆




 ただ相手はあの龍蔵のような単純莫迦の耄碌もうろくジジイではない。

 今回のことでも思い知ったように、恐ろしくしたたかな連中なのである。


 その裏をかくのは並大抵のことではないのだ。


 それだけに、あの遊園地での襲撃でヤツらが我々の新しい情報を得てしまった以上、ここから更に時間を与えるのは危険過ぎると思われた。


 嫌な予感がする。

 オペレーションの開始時間を早めた方がいいかもしれない。

 そうフェイは考え始めていた。


 通信士らしき者に通常戦力との連携を確認することを命じると、時間を繰り上げて最終チェックを始める旨を全体に通達する。

 これで、後はあの“ビートル”の準備さえ完了すれば──。


 その時だった。



 ズーン!



 その場に地響きのような音と地震のような揺れが響く。

 パラパラと天井から細かい破片が降り注いだ。

 それが落ち着くと、フェイは慌てて状況を確認する。



「どうした!」


「わかりません! どうやら地中貫通爆弾の直撃を受けた模様です!」


「なんだと!? そんな莫迦なことがあるか!! 光学迷彩はどうした!?」


「センサーには異常なし。しかし……これは!」



 報告するより早いと思ったのか、担当の隊員が手元の映像をメインモニターに切り替える。

 そこにはこの樹海の基地に向かって、怒涛のように流れ込んでくる敵襲が映し出されていた!



 なんだと!?

 こいつら……いったいどこからいきなり湧いて出て来たというんだ!



 この樹海の中にある研究所が併設された拠点は、ずいぶんと長い間光学迷彩によって守られてきていた。

 その結果、外部からは発見されることがない完全に隔離された状態が続いてきたのだが──それが故に索敵能力の欠陥にこれまで気が付かなかったということなのだろうか?



「くっ!」




 それを悔やんでいる時間はない。

 ヤツらが、光学迷彩をどうやって破ったのかはわからなかったが、もはやそれを詮索している余裕などなさそうだった。


 各所の監視モニターに素早く目を通す。

 やって来たのは一個小隊単位のアンドロイド兵に……。


 ちっ!

 もう陸軍や空軍までやって来ているだと!?


 いつのまに……こんなことに!

 ええい!!



 基地とは言っても、所詮ここは光学迷彩で隠れることを前提とした研究施設を主体にした地下施設に過ぎない。

 駐留している部隊の数もそして兵装もせいぜいトーチカ程度のものなのだ。

 戦力差はこの時点で既に圧倒的であった。


 フェイはこれでも優秀な指揮官である。

 一瞬で頭を切り替えると、作戦の実行を最優先とした上で基地を捨て駒に、次の局面で先手を打てるよう戦術を素早く組み替える。



「応戦しながらオペレーション“ビーストストーム”の開始を優先させろ! この作戦が成功すればまた俺達の時代が来る。虚構のディストピアに風穴をあけるんだっ!!」



 そこに報告が入った。



「多足歩行要塞 “ビートル” の準備が完了しました!」


「よし! これよりオペレーション“ビーストストーム”を開始する! 開始後この拠点は放棄。研究員らはもう放っておいてかまわん!」



 そもそもこの拠点は、今回のオペレーションを極秘裏に成功させるために造られたものだ。

 そして──始まってしまえば作戦のほぼ全ての行程は、自動的に実行されることになっている。

 目的はそれで十分達成されることになるだろう。


 ざまあみろ、妖怪ども!

 人間は決して貴様らの家畜などには甘んじない!

 これから俺達が目にものを見せてくれるわ!!



   ◆◇◆◇◆



 時刻は9月21日の午後3時になろうとしていた。


 エルは緊急で行われたデータのバックアップを終えて翔哉と談笑している。

 もうすぐ午後の作業も終わろうとしているところだった。

 そのため今日も一日お疲れさん……の空気が第4研究室には充満しており、そこには白瀬も含めて全員が揃っていた。


 そこに白瀬のスマホが着信する。



「白瀬ですが……。おう、村井ちゃん?」


 一旦は明るく電話に出た白瀬だったが、すぐに眉をひそめて難しい顔になる。

 電話の向こうからは、機関銃のような音や地響きのような音が断続的に聞こえて来ていた。

 なにやら不穏な雰囲気である。



「どうした? なんだか大変そうだけど、電話なんかしてて大丈夫なの?」



 白瀬は思わず心配になってそう言ったのだが、村井は騒音の中からこちらに必死に何かを伝えようとしているようだ。



「奴等とんでもないことを画策してやがった!」


「とんでもないこと?」


「大規模テロだよ! この樹海の基地に関してはこっちの軍が何とか押さえたんだが、結局幹部連中は逃しちまったんだ! このままじゃそっちも大変なことになっちまう!!」



 いつもの村井からすればかなり動揺しているようである。


 ここで白瀬達は、テロリスト達が大掛かりな奇襲を東京地区に対して企てていたことを、初めて聞かされることになったのだ。

 正に寝耳に水とはこのことだ。


 村井から聞くところによると──。

 彼らテロリスト達は、街中に潜伏するレゾナンス症状の患者達を使って、大規模なテロを画策しているとのことだった。



「街中に低周波を放射する自動操縦車を大量に配置してだな。それをあちこちに動かすことによって市民の中のレゾナンス症状の因子を持つ人間を、一斉に獣化させて暴れさせるつもりらしい!」



 白瀬もそこまでの話を聞いて尋常ではない事態であることをすぐ理解した。

 顔色が変わる。


 通院している一度でも発作を起こした患者だけでもこの地区では数百人。

 潜伏している患者まで含めると、恐らくは5000人を下らないとまで言われているレゾナンス因子を保有した人間達──。


 それを一気に発症させる!?

 そんなことになったら、どんなパニックになるか想像もつかない。


 何より……暴れた人間、巻き込まれた市民。

 そして破壊される街。

 被害がどれほどになるか。



「ここは奴等の研究所が地下にあったんだ。村下博士や強制的に協力させられていた研究者達はさっき無事保護した。後、捕まっていた龍蔵の孫娘もだ!」



 どうやら当の龍蔵は、仲間割れでもあったらしく殺害されてしまったようであった。



「でもな、宗ちゃん! 街中を走り回る自動操縦車を潰していってもラチがあかない。どうやらそれを統括しているデカブツがどっかにいるはずなんだ……そいつを……ザザッ……」



 ブツッ!


 そこで電話は切れてしまった。

 アンテナの表示を見ると圏外になっている。


 これは──!?


 今の時代の携帯電話回線は、全て衛星回線によって宇宙から管理されている。

 通常では圏外などあるはずがないのだ。


 まさか……また“あの時”と同じECMなのか?


 ──白瀬の背中に冷たい汗が伝った。

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