10 話 異世界コンビニ初体験
こうして──。
僕はこの異世界に来てから初めて街中へと出てきていた。
いや、でも。
あまり意気込んでって訳でもなくて。
もうお昼頃だったので、昼食を調達しようくらいの気楽な外出なんだけどね。
屋外はすっかり冬も深まった様相である。
伊藤さんはポールシフトによって、季節がそれまでより6ヶ月程度ずれたって言っていた。
今日は7月25日だそうだから、気候的には1月後半頃ってことになるのだろうか?
そのせいなのかはわからないけど、僕の感覚では前の世界よりちょっと寒くなったような気がする。
もう一枚余分に着てきてもよかったかな……なんて思いながら初めての街を物珍しそうにキョロキョロしながら歩いた。
昨日も一応この辺りを歩いたはずなんだけど、あの時は疲れと眠気で意識がヘロヘロだったので、周りを観察する気力も余裕もなかった。
でも今日になってから改めてよく見直してみると、昼間ということもあってかその様子は2019年の世界とは随分違っているようだ。
もちろん随分違ってるとは言っても、それはファンタジー世界のように文化自体の方向性が違うという訳ではなくて、あくまで近未来的な感じで違っているだけなんだけどね。
なので遠くから見た町並み自体は、前いた世界と一見同じような感じに見えてしまうのである。
ただ歩いている自分の近くの様子をよく見てみると──。
何だか歩いている人の様子や、行き交う車なんかに結構違いがある感じがするのに気がつく。
その違和感の正体を確かめるために、じっくりと走っている自動車を観察してみる……。
すると、その違和感の原因はすぐに見て取れた。
車内にはハンドルらしきものが見当たらないし、乗っている人も真剣に前を見ている人が一人もいないのだ。
僕はナビゲーターAIのリリスに呼びかけてみることにした。
「リリス……いる?」
「はい」
僕が身に着けている腕時計のようなものから光る球体が現れた。
そして、小さめのサイズになって僕の耳元に居座ると、まるで肩に乗っかっているみたいになる。
これが外にいる時のモードなんだろうか?
何だかちょっと可愛い。
「自動車って、あれは自動運転ってことでいいの?」
すぐにリリスは答えを返してくれた。
「はい、そうです。カーナビに目的地を入れるだけで、ほとんどの公道では自動で目的地まで運転されます」
それで中にいる人たちは、みんな思い思いの方向を向いていて、誰も前を見ている人がいないんだな。
そう納得しつつ、また観察を続けることにする。
街に不慣れなことも手伝って、そうすると結果的にずっとキョロキョロしながら歩くことになってしまう。
周りから見て怪しい人になってないといいんだけど。
それにしても。
こんなに観察しながら街を歩く……なんてこと、これまでの人生では無かったよな?
そう考えると少し新鮮な気もする。
「あのトラックは?」
そう言いながら目の前を通り過ぎるトラックを指差す。
「あ……ほら、あれとか完全に無人だよね?」
「あのトラックはある地区の流通センターから次の流通センターへ一定の荷物を運ぶ定期便です。そのようなトラックは基本無人で運行されます」
そう言われて気がつく。
「あ、途中で荷降ろしが要らないからか!」
「そうです」
そう短く答えるリリス。
「そうすると、それ以外のトラックで車内にいる人達は荷降ろしのために車に乗っているってこと?」
「基本的にはそうです」
なるほど。
「ガソリンとかを途中で補給する必要はないの?」
興味というものは不思議なもので、一度何かに興味を持つと次々とますます興味が掻き立てられ、新しい疑問が湧いてくるみたいだ。
今はリリスがいるので遠慮なく色々聞けるしね。
「この時代の車にガソリンは必要ありません。全て電気自動車です」
ことも無げに言うリリス。
「じゃあ充電は?」
「電力は道路から電磁誘導で自動的に供給されています」
そうあっさり言い切られてしまうと納得するしかない。
ふーん、こう見えても未来都市……ってことか。
町並みっていうか表面上は僕がいた世界とあまり変わらないように見えたのになあ……。
中身はやっぱハイテクなんだな。
◆◇◆◇◆
そんな風にキョロキョロしながら歩いていると、目の前にコンビニらしきお店が目に入った。
今回の外出の目的地発見である。
そうなんだよね。
今日は、まだレストランとかまで足を伸ばす気はないんだ。
コンビニなんかで弁当とかだけ買って帰ろうと思って出てきたというわけ。
この世界のコンビニが前の世界のコンビニとどこがどう違うのか。
それも仕事を選択する前に軽く見ておきたかったこともある。
すぐそばまで来ると、道の向かい側にあるコンビニに向かって、道路を渡って入り口の方へと歩いていく。
そこで歩いている人間に混じって、あきらかに人間じゃないロボットのような雰囲気の物体も普通に歩いているのが目に入ってきた。
そうすると、珍しくてどうしても目がそっちへいってしまうのだが、寒い中であまりうろうろしていてもしょうがないので、取り敢えず僕は目の前のコンビニに入ることにした。
そのコンビニは、オレンジ色で縁取られた店舗でなんだかよく知っている感じの雰囲気がする。
入り口に掲げられているのも、どこかで見たようなマークだが、それも知っているのとはちょっと違うみたいだ。
7の文字が丸で囲んである。
「セブン……なんていうんだろう」
そう思いながら自動ドアを入ると電子音声で「いらっしゃいませ。マークセブンへようこそ」と声が掛かった。
なるほど……そういうことか。
店内は前の世界の普通のコンビニよりちょっと広めな感じ。
コピーとか、その他よくわからない機械が色々と固めて置いてあるエリアがあって、その横はテーブルと椅子がいくつかある。
どうやらイートインらしい。
後は棚があって……。
なんだか一見普通のコンビニと変わらないな。
なんて思っていると、奥のドアが開いて店員が……じゃなかった、何かロボットが出てきた。
見ていると店内を動き回りながら、ちょこちょこ器用に作業をしているようである。
しばらく観察して理解した。
どうやら品出しをしているらしい。
「あれ、店員は?」
そう思わず口に出して言ってしまう。
「いません」
それを質問だと思ったのか、僕の横に浮かんでいるリリスが答えてくれた。
「無人なんだ?」
「この辺りのエリアにあるコンビニは全て無人で運用されています」
そ、そうなんだ。
それじゃ万引きし放題なんでは……なんて思いながら……。
「レジは?」
と聞いてみる。
それには一応理由があって、見たところどこにもレジらしきものが見当たらなかったからなのだ。
すると……意外な答えがリリスから返ってくる。
「レジはありません」
え? レジがないの?
僕はそれを聞いてちょっとびっくりした。
「じゃあ、お金を払わないでいい……とか……」
頭の中で考えているつもりで、思わず不謹慎な考えが口から出てしまう。
リリスは、そういうモラルのようなものには興味ないみたいで、言葉のままに解釈して普通にそれに対して答えた。
「お金は店舗から出ると商品を持ち出した分が、自動的にカードから差し引かれます」
「マジですか!」
「マジです」
リリスは至って真面目に答えているのだが、僕の言葉をオウム返しに繰り返したので、まるで冗談のように聞こえる。
それから言葉が足りないと思ったのか、リリスはそれについてもう少し詳しく付け加えて教えてくれた。
「商品タグの位置情報がトレースされており、その商品が店外に移動した時点で持ち出した人間のパーソナルデータと照合され、その人が商品を購入したと認識されます」
なるほど……それじゃ万引きは無理だな。
別に万引きしたかった訳じゃないけど。
うん、色々と納得した。
でもそうすると、だ。
次に疑問が生まれる。
「それじゃ、僕の推奨職業に出てきたコンビニの店員っていうのは何?」
いったいどうなってるんだか、よくわからない。
「この地域にはありませんが、特定の地域には人間が店員として管理しているスーパーやコンビニエンスストアが存在しています」
そこの店員ってことだったのか。
こういうのは教えてもらわないと全くわからない。
リリスがこうしていてくれてよかったよ。
店員がいないこともあってか、店の中は妙に静かだった。
店の中には何人かのお客らしき人達もいたが、彼らはみんな黙々と買いたいものを手に取ると無言で店から出ていくのだ。
そういう意味では僕以外にも店内に人間は何人かいるはいるんだけど。
なんだかみんな人を寄せ付けない雰囲気で──。
話しかけられるような空気じゃないな……そんな感じがした。
僕も食べ物はお弁当とスナック菓子を少々。
それから、コーヒーやお茶なんかの飲み物も何本か袋に入れると、早々に店から出ることにした。
店から出る時に「チャリン」という音がする。
そして「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」という電子音声が後ろから聞こえた。
どうやら、これがこの世界における一般的なお買い物……そういうことらしい。
なんか味気ないな。
そうは言っても、これがこの世界の常識というのなら、僕にはどうすることもできない訳で……。
「慣れていかなくちゃいけないんだろうな」
そう呟きながら、店に入っている間に曇りがちになってきた空を見上げる。
7月にコート。
外は雪が振り出しそうな寒空。
それを見上げながらため息をつく。
慣れていかなければいけないことは、あまりにも多いような気がしてきた。
◆◇◆◇◆
家に帰り着いて、まずはお昼ご飯を食べる。
昨日の昼ご飯ははハンバーグだったので、今日は唐揚げ弁当を買ってきたのだ。
これ、味とかに関しては前の世界とほぼ同じなんじゃないかと思う。
敢えて違いを上げるとすれば、お弁当を入れている容器がこっちの世界のほうが少しだけしっかりしているかなってくらいだろうか。
プラスチック?
セラミック?
その辺詳しくないのでよくわからないが、何か材質が違っているのかもしれないな。
会計を気にする必要がなかったので、お店では値段を全然見ていなかったが、後から出金履歴を確認すると唐揚げ弁当は75アリア、ポテトチップスは30アリア……だった。
そう言われても高いのか安いのか……僕にはまだイマイチわからないけどね。
「外国に来たみたいだよなー」
そう言って笑ってみたが、シャレにならな過ぎて全然面白くない。
周りは日本人の姿形で日本語を話して、町並みも大きく変わってはいないというのに。
少し不思議な感じがした。
不思議と言えば、街の雰囲気もなんだか色々おかしいんだよな。
うーん。
調べたらまだ他にも驚くようなことがいっぱいありそうだ。
今までぼーっと流されて生きてきたからなのかな。
ちょっとコンビニに行くってだけで、これだけ疲れるなんて……。
こんなんじゃ先が思いやられるなあ。
昨日は一食しか食べていなかったせいもあって、お腹はかなり減っていたみたいだ。
あっという間に空になった唐揚げ弁当の容器を見ながら。
「まあ、あまり深く考えすぎても鬱になりそうだよなー」
誰もいないワンルームでそんな独り言を言うと。
僕はまたため息をついていた。