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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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109 話 幽閉

「村井さん……いいんっすかねー。僕らこんなとこまでついてきちゃって……」



 気弱そうな20代の刑事が村井にコソコソと話しかける。



「いいんだよぉ、水野。俺達がついてきてんじゃなくて、コイツらの方が援軍なんだからさぁ。どしっとこう胸張ってればいいんだよ~胸張って!」



 そう言って水野の背中をバシッと叩く。


 周りにはアンドロイド兵が彼らと一緒にゾロゾロと歩いていた。

 仲間に人間がいないわけではなかったが、どうやら先頭と後ろの方を固めているらしい。



 そして、翔哉達が異世界転移の現場に行く時に着陸したキャンプ場辺りから、ぞろぞろと樹海に入ると概ね同じような道程を揃って行進していた。

 ただ同じようなのは道程だけで隊列の規模は随分と違っており、50人強の小隊規模という大所帯ではあったが。



「アンドロイド兵が30体、工兵が10人、将兵が10人ってとこかね?」


「村井さんはよくこんな中で落ち着いていられますね……」



 水野が愚痴った。

 彼のほうはどうにも落ち着かないらしく、ビクビクと変わった物音に身をすくめながら、居心地悪そうにひょこひょこと集団を追いかけている。

 村井はというと、その横で鈍感力を存分に発揮している様相で、いつもと変わらずと言った感じでずいずいと歩いていた。



「そりゃー、俺達の事件ヤマの捜査なんだからぁ、自分の目で見ないことにゃ報告書も書けんだろうがー、あらよっと!」



 村井はそう言いながら、少しコブになった岩をひょいと跨いで越えていく。

 慣れない感じであちこちに躓きながら、村井のマイペースぶりに呆れていた水野だったが、それも考えてみればこの人の場合いつものことなのである。

 ──内心ではむしろ羨ましく思っていた。


 確かに村井の言う通り、自分達の担当事件ヤマではある。

 そうではあるのだが……。



「こうなっちゃったらもう……治安維持局の領分じゃないと思うんだけどなあ……」



 そんな独り言を口にする。

 そう思いつつも、ここのところ村井と一緒に組んでずっと捜査をしてきた流れから、こんなところまで結局ついてきてしまった自分も、随分な物好きかもしれない。

 何だかんだ言いながら、この人のペースに乗せられちゃったかもしれないなー、と水野は心の中で苦笑するしかなかった。



 しばらくすると。

 一行は例の光学迷彩のところまで辿り着いていた。



 村井は、その気配を察するとささっと素早く、先頭の方へと移動しようとしている。



「あ、ちょっと待って下さいよ。村井さん~」



 ──慌てて水野も後を追った。



   ◆◇◆◇◆



 白い殺風景な部屋の中に、安原絵里は幽閉されていた。


 もう猿轡さるぐつわも手足の拘束も解かれていたが、それでも逃げることはおろか何もできない状態に置かれていることに変わりはない。

 彼女の目は泣きはらして真っ赤に腫れており、乱暴に扱われたことで身体のあちこちに青いアザができていた。


 絵里の祖父、安原龍蔵は彼女の目の前で殺されてしまった。

 銃で撃たれ頭──額から血を吹いて倒れたのだ。


 その後、彼女はテロリスト達によって拘束され、目隠しをされたまま何処かわからない場所に無理やり連れてこられて──この部屋に放り込まれたのである。



 どうして、こんなことになってしまったのだろう。


 彼女はわからなかった。

 私達がお金を持っているってだけで、世界はこんなにも悪意を向けてくるというのか?


 龍蔵がいつも言っていた。

 世間が我々を敵視するのはワシらがお金を持っているから、みんなより豊かだから──なのだ、と。

 だからそんな嫉妬など気にする必要はない。

 不理解で小狡い世間と戦うのは選ばれたワシらの義務なのだ、と。

 そう言い聞かせられて育ってきた。


 そしてその言いつけ通り、ずっとそれと戦ってきたつもりだったのだが、そのせいなのかいつも彼女は独りだった。


 父母は助けてくれないばかりか、自分には無関心で一向に何のアテにもならなかった。


 安原龍蔵。

 世間からは、ふてぶてしい資産家として忌み嫌われているあの祖父だけが、私に関心を向けてくれ、これまで守ってきてくれたのだ。


 でも、そのお爺ちゃんも……もう……。


 涙がまたこぼれ落ちそうになったところで、ドアの向こうで物音がして絵里は慌てて気を引き締めた。



 ドアが開くと、あの眼鏡の男が入って来る。

 祖父を殺した仇……。

 思わず睨みつける絵里に彼は作った笑顔を向けてきた。



「おやおや、お可愛らしいことですな。気丈な女性は嫌いではありませんよ?」


「アンタなんかに好かれたくないわ。この人殺し……!」



 震えながらも必死で相手を罵倒しようとした絵里だったが、その言葉にはもう力はなかった。



「我々は世間一般的には、テロリストということになっているそうですからね。そのような罵倒はむしろ褒め言葉みたいなものですよ」



 そう言って男はクククッとおかしそうに笑った。



「さて。戯言は置きまして、そろそろ本題に入りましょうか」



 男は急に口調を変えて絵里にそう言った。

 その中には先程までとは違って、威嚇するような響きが混じってきている。



 「単刀直入に言いましょう」



 鋭角的な眼鏡をクイッと掛けなおしながら、何食わぬ顔で男はこう言い放つ。



「あなたには、これから不幸なことに“事故死”なさった祖父に代わって、安原財閥の全資産を相続して頂きます」



 男の口元が歪んだように見えた。



   ◆◇◆◇◆



 その彼の一言には様々な要素が含まれているような気がした。

 絵里はそれをひとつひとつ考えていく。


・龍蔵の死を、世間には“事故死”だと公表し、嘘をつけということ。


・その上で絵里には財閥を相続して彼らの傀儡かいらいになれということ。


・そうなってくると、考えたくもないが“俺の女になれ”などという下卑た要求まで含まれてくるのかもしれない。



 そして──そこまで考えて何かに気が付き絵里はハッとした。



「お父様とお母様は!?」



 思わず大きな声を出してしまう。

 考えてみれば祖父が死んだだけで、絵里が自動的に安原の財産を相続できる訳ではない。


 その前には父と母が──。

 まさか!



 ずっと目を合わそうとしなかった絵里が恐る恐る男を見る。

 目の前の男は、ほぼ考えることもなくこう即答した。



「そうですねぇ。お二人とも今頃は赴任先のニューヨークエリアで“事故死”されている頃じゃないんですかね? そろそろ……ね」



 時計を見ながらそう言って口元を歪めてわらう男の顔。

 それが絵里には悪魔のように見えた。



「……嫌よ」



 絵里は顔を背けて、やっとそう短く答えた。



「誰がアンタ達の言いなりなんかに……」



 しかし、その声は消え入りそうに小さく。

 語尾は不明瞭で聞こえない。



 ドカッ!!



 そこで部屋の中で突然大きな音がして、絵里はビクッと身を竦ませる。

 男が壁を足で蹴り上げた音らしかった。



「我々は見ての通り手段を選びません。こうして優しく頼んでいるうちに、言うことを聞いておいたほうがいいと思うんですけどねぇ?」



 暴力的で粗野な行動と、今まで通りのねちっこい喋り口のギャップが、余計に絵里の中に恐怖を呼び起こす。



「女一人に言うことを聞かせる方法なんて、世の中にはいくらでもあるんですよ。いくらでも……ね。わかりますかね、この言葉の意味が?」



 そう言って近付いてくる。



「い、いや……」



 絵里は後ろに下がろうとしたが、すぐに壁に突き当たってしまった。

 その彼女の手首を男が掴む。



「ヒッ!」



 短い悲鳴をあげる絵里。



「大人しく言うことを聞いておいたほうが痛い目を見ずに済みますよ? それとも、クスリ漬けで正気を無くすほど虐めてもらうほうがむしろ好みとか……? 人は見かけによらないといいますから。はてさてどっちなのか気になってきてしまいますねぇ」



 絵里の首元からあごを片手で持ち上げ、蛇のようないやらしい目で品定めするように睨みつける眼鏡の男。


 助けて……!

 誰か助けて──助けて!!


 絵里は心の中で叫んだが、その叫びは声にはならなかった。


 ──吐き気が止まらなかった。


 私はこれからどうなるのだろう。

 これからはずっと死ぬよりも苦しい、まるで地獄のような日々が私には待っているのだろうか……。

 とうとうこらえきれずに涙がこぼれ落ちた。


 その絵里の涙ではなく自分の時計が目に入ってきて、男は急に「ちっ」と舌打ちをして彼女の顔から手を離した。

 そしてもう凶暴さを隠すことはなくこう言い放つ。



「しばらく時間をやる。次に俺がここに来るまでに覚悟を決めて置くんだな!」



 その表情からは、今までの慇懃な仮面は剥がれ落ち、冷徹な軍人の顔になっていた。


 男は絵里をそのまま乱暴に突き放す。

 ドカッという絵里が壁に叩きつけられる音、そして短い悲鳴が一瞬だけ部屋にこだました。

 ──そのまま彼女は死んだように静かになる。


 男はもう興味がないと言わんばかりに、くるりと冷たく彼女に背を向けるとドアへと向かう。


 ガシャン!


 鉄の扉が嫌な音をして閉まった後。

 部屋の中にはしばらくすすり泣きの声が響いていた。



   ◆◇◆◇◆



「これ以上前には出ないで下さい。センサーがあります」



 村井達が光学迷彩のあるところまでやってくると、人間らしき隊員から止められた。


 いやいや、そうだった。

 彼は今回の軍の指揮官だと出発する時に挨拶されたんだったっけな?

 村井は思い出していた。


 そこに工兵がすぐにやって来て、テキパキと色々調査を始めているようだ。


 そうしてやがてセンサーが無効化されると、光学迷彩をマントのように使って隠されていた向こう側の景色が突如として目に入ってくる。



「げ!」



 それを見ると村井は思わず変な声が出てしまった。


 そう遠くないところに、トーチカというには巨大過ぎる建造物。

 もうこれは軍事基地だろう──と言ってもいいような『拠点』が建設されており、それが目の前に魔法のようにいきなり湧いて出てきたのである。


 更に色々調べてみると、熱源反応などから地下には更に大きな建物が地下室のように丸ごと埋まっているようで、その周囲にも空からの送電を受け取るシステムなどが点在しているらしい。


 かなり大規模な拠点。

 軍事基地……のようであった。



「こりゃーすげー」



 もうこの証拠だけ掴んだら、一回帰っちゃってもいいんじゃねーかなどと村井は思ったのだが、司令部かどこかと連絡を取っていたらしい指揮官は、これからすぐにもこの拠点に対して総攻撃を開始すると告げた。


 確かに光学迷彩は単に目標を視認できなくするだけのものだ。


 それによって防御力が増したり攻撃オプションが増えたりするわけではない。

 逆に言えばバレてしまえばそれまでの代物なのである。


 光学迷彩のシールドが消えてしまえば、そこにあるのは規模に関係なく必要な防衛力を備えていない無防備な施設だけであり──民間の雑居ビルと大差無い。

 それだけに発見したら奇襲を掛けるのが、一番の攻略法だとは言えるのだが……。



「それにしても、ちょっと用意が良すぎるんじゃね?」


「そうですよね、何で最初からあんなの持ってきてんっすか」



 突入準備をキビキビと進める兵士達を見ながら水野も同意する。

 その上に空軍や陸軍の支援要請も既に終わっているだって?


 これじゃまるで──。

 未来をあらかじめわかっていて作戦を立てて来たみたいじゃねーか!

 ……などと思っている間に、この場所のポイントをもう空軍が確認したらしい。


 地下を攻撃する特殊貫通弾を、この辺りにピンポイントで投下する準備が進められているようだ。

 こんなの手際がいいなんてもんじゃない。

 相手からしたらたまったものではないだろうな。



「最初に一撃食らわせてから我々も突入します。陸軍部隊の増援も間もなく到着する予定です」



 一応、この隊長さん。

 村井達にも一通りの説明をしてはくれたのだが……。


 え!?

 俺達も一緒にこのまま突入しちゃうの?

 ドンパチやっちゃうの?

 そんなの流石に聞いてねえよ……。


 ──村井も内心テンパっていた。

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