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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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107 話 狭まっていく包囲網

 エルは、高次元存在がトランスしていた時のことは、はっきりとは覚えていないようだった。



「あの時の私の意識は休眠状態に近かったようです。そういうモードに強制的に切り替わってしまったような感じですね。センサーは生きていたので、うっすらと起こっていたことは覚えているのですけど……」



 つまり乗っ取られていたような感じなんだろうか?

 それはそれでちょっと怖い気がする。



 翔哉とエルはあんな事件に巻き込まれた直後でもあり、次の日にあたる今日はゆっくりしていてもいいとのことだった。

 なので、昼頃に研究所に少し顔を出しただけである。


 そこから、いつものようにスーパーで買い物をすることにしたのだが……。


 ──そんな感じで、このままだとこの日は久しぶりに平和な何もない一日になりそうではあった。

 しかし、ここしばらく非現実的なことが続いたからなのか、こうした日常的な情景の方がまるで夢のように思えてしまう。


 どうもしっくり来ない感じなのだ。



「こちらの福岡産のジャガイモは3日前に収穫された新じゃがです。こっちの東京産は半年サイロで眠っていたものです」



 リリスは、封印が解けたことで自分からも出て来れるようになったようなのだが、それからもかなり二人に対しては気を使っているようである。


 買い物をしていても、エルが食材で悩んでいるとスッと出てきて、情報だけを伝えてサッと戻ってしまう。



「そちらの新玉ねぎはサラダとしてはいいものですが、シチューとしてはこちらの玉ねぎの方が肉厚で美味しいかもしれません」



 またそんな一言を入れてはイチイチ引っ込んでしまう。

 そんな感じである。


 今日はクリームシチューを作るのだとエルは張り切っていた。

 それも安易にルーなど使わず、牛乳と小麦粉とバターで作るまたもや本格派なものである。



 それにしても……。


 エルに作ってもらったシチューの夕食を食べながら、それでもどうしても考えてしまう。



「これからいったい何が起こるんだろう……?」


「どうかしました、翔哉さん?」


「い、いや、なんでもないんだ。美味しいよ、このクリームシチュー!」


「そうですか! よかった。このシチューはですね……」



 嬉しそうにシチューの作り方の説明をしてくれるエルだったのだが──。


 今日の翔哉にはどうしてもその話が半分も耳に入って来ないのだった。

 美味しいはずのシチューの味もしっかりと味わうことができない感じだ。


 目を閉じると……どうしても思い出してしまう。

 エルドラドでレゾナンス症状の男に襲われた時の事を。


 自分の目の前に身を挺して立ちふさがったエル。

 何もできない自分。

 そして──。


 エルをもうあんな目には遭わせたくなかった。



   ◆◇◆◇◆



 同じ頃。

 その日の夕方である。


 村井が研究所の所長室までやってきていた。


 白瀬が、入ってきた村井に椅子を勧める。



「悪かったね。こんなとこまで来させちゃって」


「何だか色々あったんだって?」



 座りながら村井がニヤリとした。



「まあね。とうとう奴等がさ、やってくれちゃったよ。何でも最新鋭の強化人間兵だそうだよ?」


「あちこち人体改造だらけでヤク漬けの? 嫌だねー気持ちわりぃ!」



 人体強化に戦闘薬。

 その実態は白瀬も聞いてはいた。



「あくまでアンドロイドを使って来ないのは、何かこだわりでもあるのかねぇ」


「スポンサーの意向なんじゃねーの?」


「龍藏の爺さんの? そりゃ、ありそうだなぁ」



 そう言えば安原龍蔵はアンドロイドをずいぶんと敵視していたっけ。



「その龍蔵の爺さんだけどよ。もう間もなくガサが入るぜ!」


「いよいよ家宅捜索? もう流石にこれで終わりだよなぁ、あちらさんも……」



 以前に聞いていた非常任の施術師と龍蔵を結ぶ証拠せんがとうとう挙がってきたらしいのだ。


 そして、龍蔵は現在は九州の別荘にいるらしいことがわかっている。

 現状は任意同行を拒んでいる状態だが、ここから逮捕状が出れば身柄を拘束できるし、外国への出国もストップできるのである。


 そうなってくると、龍蔵本人からテロリストの情報を引き出すことも可能になってくる──。


 テロリストの情報を必死になって集めている委員会カウンシルの皆さんが、慌てて治安維持局の末端刑事にコネを付けようとするのも道理なのだ。



「今回の事が最後の決め手になるんじゃねーの? その強化人間兵の残骸もそうだけど、奴等を運んできた車両を委員会カウンシル直属の精鋭が押さえたそうじゃねーか」


「あ、そうなんだ」



 昨日の今日なので白瀬は知らなかったが、黒崎はあの後も動いていたということらしい。


 7人の意識が繋がっているとか言っていたが──。

 彼らは果たしていつ眠っているんだろうか?



「強化人間兵達はその場で逃走したらしいけどよ。激しい戦闘の後で装備も何もボロボロだったそうだぜ? へへっ。締まらねえよなあ!」


「そう言えば、村井ちゃん黒崎さんとお話したんだっけ?」



 さっき電話を掛けてきた時の村井はずいぶんと興奮気味だった。

 白瀬がそう聞くと、思い出したようにまた村井もテンションが上がってきたようだ。



「そうなんだよ。情報交換した上で全面協力したいってさ。こっちとしちゃ願ってもないタイミングだったんだわ。実はさ……」



 村井刑事は、今の捜査状況を説明してくれた。



「ここだけの話だけどよ。令状についてはもうすぐ出ちまうんだよな!」



 これは差し押さえ令状という奴だろう。

 村井の目が鋭くなる。



一度家宅捜索ガサが入ればもう後はねえし、それに加えて今回の委員会絡みの事件だろ。逮捕状に関してもすぐに出てくるのはまず間違いない」



 そして軍が押さえた車両を調べれば、恐らく龍蔵の関与した証拠がまたぞろ出てくるに決まってる。


 それが村井の読みだった。



 テロリスト達はむしろ自分達の情報を漏らさないために、隠れ蓑としてワンクッション置く形で龍蔵を身代わりに利用しているのだろうと言うのだ。



「資金洗浄みたいなもんだ。まあ、ここまでの話で分かるようにだな。どっちに転んでもやっこさんの命運はもはやここまでってことだわな。問題はしょっ引いてからテロリストの足取りがどこまで掴めるかなんだが……」



 そこで、この間の光学迷彩の件になってくるらしい。



「専門家の話じゃ、これが光学迷彩だとすればその奥にはちょっとした研究施設か要塞クラスの代物が隠されてるんじゃねーかって言うのよ。まあ、実は予想通りっていやー予想通りなんだけどさ」



 村井は苦笑いする。



「でもな? 俺がいくら有能って言ってもよ。こんな丸腰で軍隊さんと喧嘩するってのは流石に無茶が過ぎるってもんだろ? 困ったなーってちょうど思ってたところだったんだよ」



 白瀬の肩を嬉しそうにポンポンと叩く村井。



「そこで今回の黒崎さんからのお申し出ってわけだ。それを聞いて、是非協力したいって言ってくれてな。すんなり援軍ってのを頂けそうなんだ!」


「援軍って文字通り?」


「そう。地球連邦軍って奴よ!」



 そう言って村井はガハハと笑った。

 アースユニオン政府軍だから……まあ、あながち間違っちゃいない。



   ◆◇◆◇◆



 翔哉がお風呂から上がって、パジャマに着替えたエルとベッドに入る。


 ベッドの中でエルの髪を撫でてあげたり、優しく抱きしめてあげたりしながら、何でも無いことを二人で小声で話して……。


 そうして、しばらくすると決まってエルがキスをせがんでくるのだ。

 それがだいたいその日の最後の合図になる。


 二人でゆっくりと唇を合わせながら抱きしめ合って、甘く痺れるような感覚に身を任せていると……エルが休眠状態に入り、静かにすーっと寝入っていくのである。


 いつもの儀式のようにそうして一旦眠った後。

 翔哉は、その日の夜に限って不意に目が覚めた。


 すると──。

 横ではエルも起きている様子だったのである。

 翔哉は少し様子をうかがってから、思い切って声を掛けてみることにした。



「どうしたの、エル。眠れないの?」



 エルは泣いているようだった。



「ご、ごめんなさい。翔哉さん。起こしてしまいましたか……」


「怖い夢でも見た?」



 エルが最近夜の休眠中に、悪夢にうなされているらしいというのは、隆二や舞花から聞いて翔哉も知っていた。


 彼にそう優しい声を掛けられると、エルは耐えられなくなったようだった。

 涙が溢れて止まらなくなったようで翔哉に縋り付くと泣きじゃくった。



「翔哉さんが……私の目の前で消えてしまうんです。何度も何度もその場面をやり直して……。それでもやっぱり……その度に……私の手の中で……!」



 その夢をまた見た直後で少し混乱しているのだろうか?

 エルはまだその夢を目の前で見ているように、そう言いながら尚もしゃくりあげ続けた。


 ガイノイドが見る夢……。

 それが何を意味しているのかはわからなかった。


 しかし、それでも、だ。

 今日については、エルが夜中に独りで泣いているのを見つけてあげられて本当によかった。

 少し強引にでも翔哉はそう思うことにする。


 不安が消えることはやっぱり無かったけれど──。

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