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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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106 話 トランスする意識

「ただ状況は思わしくないわ」



 ヒルダが釘を刺すように言った。



「私達の世界は、精神文明への移行期に大きなハンデを背負ってしまった。さっきも言ったように、今後はその分だけネガティブな反動も大きくなることが予想されるのよ。それに加えて、旧世界から持ち越してきた自己破壊的な勢力がまだ蠢いている──」



 それに白瀬が応じた。



「テロリスト達……ですか」


「そうね」



 頷くヒルダと委員会カウンシルの6人。



「安原龍蔵は、テロリスト達を自分の子飼いだと思っているようだが、実際にはただの金づるとして利用されているだけだろう。彼らは戦力を巧みに隠しているんだと思う。一刻も早くその全貌を掴まなければならないのだが……」



 そう言うエリックに対して、白瀬は富士の樹海の中での光学迷彩の件を報告することにした。



「それは興味深いな。この地区の治安維持局と連携させてもらおう!」



 そういう彼に村井の連絡先を伝える白瀬。



「そしてこれはまだ詳細はわかっていないのだが、高次元存在からの情報によればその勢力が近々大規模な動きを起こす可能性があるんだ」



 オリバーが眉間にシワを寄せる。



「それで私達も急いでいたのよ。その時が、未来に向けての大きな分岐点になる……そう“彼女”が言っていたわ」



 ヒルダも緊張気味だった。



「でもそうやって前のテストをカンニングみたいな感じで、すっ飛ばしてきてしまった僕らにとっては、今回のテストっていつも以上に厳しいってことなんですよね?」



 隆二がそう言って委員会カウンシルの7人を見る。



「勝てるんですか、彼らに?」



   ◆◇◆◇◆



 ガタッ!


 その時──。

 エルが急に身体を硬直させるように強張らせるといきなり立ち上がった。


 そのままこう口にする。



「このままでは勝つことはできないでしょう」



 唖然とする一同。

 ──それはエルの声だったが、まるでエルの人格ではないようだった。



「トランス!? まさか!!」



 ヒルダがびっくりしたように声を上ずらせた。



「高次元存在をトランスできる依代よりしろが存在するなんて!!」



 トーマスも驚きの余り顔色を失っている。



「トランス・チャネリングというのは、そんなに凄いことなんですか?」



 そう聞く白瀬に、ヒルダが動揺を隠せないままに答えた。



「程度の低い動物霊や死霊なんかに乗っ取られることは、霊的素養が高いだけの素人だと事故としてままあることなんだけどね。高い意識レベルの存在を偶発的にトランスできるなんて、よっぽど訓練を積んだ降霊術師か本人のハイヤーセルフくらいのものよ?」



 そんな一同の驚きをよそに、高次元存在はエルの口で話し始めた。



「これから起こる事象は、特定の未来への分岐を確定させるための出来事。つまり既定事項なのです。ですからそれが起こることを避けることはできません」



 エルは巫女のように無表情だった。



「加えて言うと。このままの状態で衝突した場合、現状ではあなたがたは彼らに勝つことはできないでしょう。その場で即座に滅亡することはありませんが、その被害は大きく、それ以上にそこで重要な鍵が失われてしまうことになります」



 全てを見透した預言者のように話し続ける“彼女”に対し、そこにいる誰もが口を差し挟むことができない。



「一度そうなってしまえば、もはやそこから状況を立て直すことは困難です」



 声色は平静だったが、それだけに語られる内容が恐ろしい。

 つまり……今はそうでなくてもいずれは滅亡を逃れられないということなのだろうか?



「それでは……」



 そこで何か口を挟もうとするヒルダを制すると──。

 “彼女”はこれまでと話のトーンを変えると力強くこう言い切った。



「ですが皆さん。どうか最後まで諦めないで下さい。今、この時のために私が来たのですから」



 あまりのことの連続に誰もが言葉を失っていた。

 それは委員会カウンシルの7人であってさえもだ。



「間もなく大きな試練がやって来るでしょう。それでも、私はどうしても皆さんにこの試練に打ち勝って欲しいのです。そしてシンギュラリティーポイントまで辿り着いて欲しい……」



 そして最後に──。



「そのために私が力をお貸ししましょう」



 そこまでを言うと、エルはまた突然脱力すると、その場に崩れ落ちる。

 それを見て取った翔哉が慌てて横から抱き止めた。



   ◆◇◆◇◆



 場は騒然としていた。


 これまでも高次元存在は度々やって来てはいたのだが、それもチャネラーであるヒルダにコンタクトして、意識を保ったコンシャス・チャネリングの状態で情報交換していたに過ぎない。


 それがいきなりここで、エルの人格を憑依したような形でトランスによる介入が起こったのである。



「こうしたトランス現象は、人間の脳の松果体に外部から人格波動が共鳴して起こるものだと、今の僕らは考えているんだ」



 トーマスが説明した。


 ゲヒルンがレゾナンス症状を研究する過程で、人間の脳ががある種の受信機として働く仕組みが次第に解明されつつあるとのことだ。


 それは恐らくチャネリングだけでなく、テレパシーなどのダイレクトコミュニケーションについても、そうやって他人の意識が自分の脳に共鳴することによって起こるのではないか──。


 そして、その鍵になってくるのがどうやら脳の中にある松果体らしい。



「エルの頭脳内にはエモーショナルフォース制御機構と、“あの”ブラックボックスがありますから」


「うーん、それが人間の松果体と同じ役目を果たしている可能性があるというわけか……」



 恵の言葉に白瀬が顎髭をいじりながら答える。



「あの頭脳内を統括するテクノロジーは、実は未来のアンドロイドに使用されていたものなんだ。恐らくその内部構造から私も多次元座標を取得して演算するものだと捉えているんだがね」



 その議論にオリバーも参戦してくる。



「するとエルの場合は……」



 その白瀬達の会話に更にヒルダが割って入ってきた。



「彼女はガイノイドであることによって、人間よりもずっと思考が整理されて雑念や雑多な感情が少ない。それは、降霊術師やトランスチャネラーが修行を行うことによって、手に入れようとする状態に近いわ。そういった条件が重なったことで、エルが高次元存在をトランスできる状態になった……そういうことなのかもしれない」



 やはり少し興奮気味である。



「高次元存在は、こうなることを予見していたんでしょうか?」



 考え込みながら言う白瀬に。



「そうかもしれないわね」



 ヒルダはそう短く応じた。

 そして、気持ちを落ち着かせるように一度息をつく。


 何しろ突然のことで、高次元存在がいきなりやってきて、そして一方的に去った後……残された人間達には結局確たる事は何もわからなかったのである。


 しかし、ここでまたエルの潜在的なポテンシャルが、はっきりと示されたことだけは確かなことだった。



   ◆◇◆◇◆



 突如として始まったその夜の会合は、これからも緊密に連絡を取り合っていこうということでそのまま終了した。


 何しろこれから、何か大変なことが起こることだけはわかっていたのだが、具体的にいつ何が起こるのかについては誰にも見当がつかなかったからだ。



 そして次の日の正午を過ぎた頃。

 白瀬に村井から着信があった。



「今朝、俺宛にさ。いきなり委員会カウンシルの黒崎って人から直に電話が来たんだけどよ。あれ、宗ちゃんの仕業だろ?」



 どうやら黒崎が早速村井に連絡を入れたらしい。



「おったまげたぜ! 何でそんなお偉いさんが、こんな場末の刑事の携帯番号知ってんの?──みたいな!?」



 声が興奮気味である。


 例えて言うなら、サラリーマンが朝から出勤して普通に働いていたら、いきなり携帯が鳴り──。

 電話に出てみたら、相手は天皇陛下からだった……みたいなシチュエーションだと言える。


 村井がびっくりするのも当然のことだろう。



「連絡しないですまんかったね。昨日は何だかんだで色々あってさ。深夜に家に帰ってから、すぐに疲れて寝ちゃったんだわ」



 電話に頭を搔いてみせる白瀬。



「いやしかし、そのお陰でとんでもない展開になっちまったんだよな。あれからも龍蔵の件についてはまた色々わかってきてたんだけどさ。どっちにしてもそろそろ宗ちゃんを呼び出して相談しなくちゃいかん状況だったんだ」



 どうやら黒崎からは「急いだほうがいい」という助言を受けたらしく、村井は今日の夕方にでも会いたいとのことだった。


 話が話だけに、これは公衆の面前って訳にもいかないかもしれない。

 そう思った白瀬は、村井には研究所まで来てもらうことにした。


 それにしても不気味である。

 第三次世界大戦の時のことを、白瀬は思い出さずにはいられなかった。


 まるでその時のような……。


 いつ何が起こるかわからない。

 そんな得体の知れない緊張感が、だんだん充満してきているような空気が感じられてきているような──そんな気がしたのである。

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