101 話 戦術核兵器
“国連本部の上空で熱核兵器5キロトンの小型核弾頭が炸裂した”
結果としてはこのような形で、彼ら7人は旧世界の先進国首脳陣とテロリストのリーダー達を、一度にそして一瞬にしてこの世から抹殺したわけなのだが、そこまでの道のりは勿論平坦ではなかった。
しかし事の性格上、とにかく時間がなかったのだ。
そのために彼らは、正に自分達の持っている力の全てとあらゆる手段を使って、考えられる限りの形で各方面に働きかけた。
そして、それを実現へと導いたのである。
ヒルダの人脈を使った謀略に近いロビー活動から、ターゲットとしていた軍の関係者を懐柔するため、予知などの力を使って恩を売ることまで……。
やれることは何でもやった。
また、これからの世界の再建のために必要だと目された、予知を使って創り出された未来のテクノロジーも各所で度々披露された。
これは穏健派の政治家達を取り込むためである。
こうして彼ら7人を信じることにした世界の現状とこれからを憂いる政治家達に加え、戦争を終わらせるために強硬な手段も辞さない構えの軍関係者達。
彼らを動かすことで、表向きの政治的駆け引きから裏の軍事的な実行計画まで計画は極秘裏に進められた。
そこで懺悔のような暗い声でヒルダが言う。
「私達も協力した人達も、周りで大量死が当然になってしまっていたあの時の空気に、おかしくなってしまっていたのかもしれない。いいえ、自分達のしたことを擁護するつもりはないわ。みんな狂っていたのよ。そして計画は実行に移された。世界を救うためと信じてね……」
一般に核兵器と言えば、相手の国家を滅ぼすことを目的にした戦略核のような大量虐殺兵器が想像されるが、現代の戦争で使用が想定されている核兵器は概ねもっと小型の戦術核である。
この戦術核は射程距離が短いのだが、破壊力が戦略核のメガトン級に対して1キロトン単位にまで小型化されているため、被害が一番大きな第3レベルと呼ばれる範囲を、半径2キロメートルくらいにまで限定することができる。
つまり核兵器を使ったとしても、放射能の被害も限定的で復興も比較的容易だと思われた。
そういう理由から計画の実行には5キロトン相当の戦術核が使用されることになったのだ。
しかし、威力が比較的小さいとは言っても使われるのはやはり核兵器。
核弾頭が炸裂した後──。
国連ビルの周囲は半径数キロに渡って完全に溶解した。
そして計画の実行に携わった者達とその中心にいた彼ら7人は、目論見通り当時の生き残った先進国の要人とテロリストの中心人物を、完全にこの世から消し去ることに成功したのである。
◆◇◆◇◆
語られた第三次世界大戦末期に行われた『殲滅作戦』の全貌。
その真実に場は凍りついた。
白瀬や他の者達も、多少の違いはあれ噂では近いことを聞いていたのだが、直接当事者から聞くのはやはり重みが違う。
「……私達にどうして真実をここまで赤裸々に話して下さったのですか?」
白瀬が問うた。
自分達が自ら計画し実行に移したこれほど凄惨な軍事作戦だ。
余人に知られれば非人道的と思われることは必然である。
普通なら知られないように隠したり、既に権力者なら語られる歴史すら改竄することも可能だろうに。
それに対する彼らの答えはこうだった。
重々しくヒルダが答える。
「理由は2つあるわ。ひとつは私達がやってきたことを、私達自身が未来永劫決して忘れないため」
ため息をついて続ける。
「もうひとつは私達が正体を明かして、これからお互いに信用して付き合おうとするグループに対しては、こうやってやってきたことを全て打ち明けた上で、私達が信用するに足りるかどうかを、それぞれの意志で決めてもらいたいのよ」
その顔は暗かったが毅然としていた。
トーマスがそれに付け加える。
「こんなものも偽善と言えば偽善なのだが、それでもこんな私達が今後少しでも本当の信頼を得ることができる唯一の方法だと考えているんだ。僕達はこれまで好む好まざるに関わらず目的のために様々なことをやってきた。隠し事があったままではいつかそれがお互いの間で更なる不信の種になってしまうだろう」
「って、“彼女”に言われたのよね?」
アルビナがクスッと笑って一言入れた。
彼女?
また謎の人物なのか?
それはこの先で語られることになるのだろうか。
「加えて言うと、我々がこうして直接コンタクトを取ると決めた者達は、例外なく来るべき“シンギュラリティーポイント”──2045年へ向けて、この世界の未来に重大な役割を持ったグループなのだよ。その君達が、これから自分自身で正しい選択をしていくためには、できるだけ正確な情報をインプットしておく必要があるんだ」
オリバーが眼鏡の角度を直しながら、思慮深そうな目で周りを見回した。
そこからもしばらく彼らの話は続いた。
その後、彼ら7人は信頼を築いた政治家達と協力して、すぐに世界の再建に取り掛かった。
「信頼を築いた──というよりも、むしろ共に罪を背負った連帯感でしょうかね?」
ヒルダの説明に黒崎がまた意地悪そうな口調で突っ込みを入れる。
まず予知能力を持っていた発明家のオリバーが、再建するために必要な新しい技術を提供した。
これまでの時代と状況では理解されることが難しく、発表できずにくすぶっていたテクノロジーがたくさんあったのだ。
こうして、様々な力を駆使してアースユニオンの樹立と新しい社会基盤の基礎を築いた彼らは、その後も世界政府の諮問機関として委員会という形で協力することになった。
──彼らの長い昔話はそこまででひとまず一段落した。
◆◇◆◇◆
ここまでの話が終わった時。
時計の針は既に夜の8時を回っていた。
しかし、彼らの話はこれで終わりではなかった。
ここまでがどうやら前置き──つまり前提条件で。
白瀬達に、今後のために知らせておきたいことというのは、これらを前提にした上で更にこの先にあるのだそうだ。
それを聞いた白瀬は、この辺りで夕食を摂るなどして、一度休憩することを提案した。
出前でいつものように寿司を取ることにする。
「寿司!? そうか、ここはジャパンじゃないか! ジャパンと言えば奇跡の寿司!!」
そう言ってアメリカ人のエリックがはしゃいだ。
「アメリカで食べたあの寿司モドキは酷いものだった。だからエリック、君の気持ちは私にはよくわかるよ」
黒崎は相変わらず毒舌である。
「まあ、最近マグロとサーモンとイカが安定供給されてきたみたいで、やっとそれらしくなってはきましたけどね。一時は日本でもひどいもんでしたよ」
白瀬がそう言ってフォローを入れるが、論点をずらしただけでフォローにはなっていないかもしれない。
一方アルビナは、翔哉に興味津々のようだった。
「私の能力のサイコメトリーってね。触るとその人の過去とか経験したこととかが映像で見えたりするの。さっきちょっと見えちゃったのよね」
そう言う彼女は昔は娼婦だったとの話だが、あれから24年経った今でも妖艶と言ってもいいような美貌と雰囲気を保っていた。
「エルちゃんのことをとっても愛しているのね。いいわ、いいわよ、そう言うプラトニックなの。私はそういうのには縁が無かったけど憧れるわ」
そう言いながらつつーっと指先で、翔哉の腕の所を触ってくる。
「ああ、美味しかった。また今度見せてね。可愛い王子様!」
そう言って舌なめずりをすると、アルビナは最後にいたずらっぽく笑って離れていった。
何が見えたんだろう……?
翔哉は、モニタリングされるのとはまた違ったその感覚を思い出しながら、狐につままれたような不思議な気分を味わっていた。
出前の寿司が届いてからは、みんな和気あいあいのリラックスした雰囲気で、夕食タイムになっていた。
ヤオ以外は、みんな自国語の他に英語も話せるので、翔哉以外は特に会話に不自由はない。
「どうして、あの時別の人格の言語が口から出ちゃったんですか?」
隆二は、やはりその辺が気になるらしく、質問を続けているようだ。
「ああ、あれはね。自分とは別の肉体の中で主人格になった時は、沈黙思考をできるだけ避けなくっちゃいけないんだ。“思考融合”が起こらないためにね」
テレパスのトーマスが答えている。
一方、ヤオもそうだが──英語の話せない翔哉は隆二やエルの通訳が無いと会話には入れない。
またエルも食事をする必要がないので、自然に二人で少しみんなの輪から離れたところにいる格好になる。
そんな中。
食後にみんながくつろいできた時、その翔哉達のところに何故かオリバーが向こうからわざわざやってきた。
そしてこう話しかけてきたのである。
「Hey boy! Show me the divice on your arm.(ちょっと君、その腕のデバイスを見せてくれないか?)」