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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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100 話 生贄

 ポールシフト直後。


 このように色々紆余曲折の後、ヤオの持っている瞬間移動テレポーテーション能力のお陰もあって、7人はようやく一堂に会することになる。


 だがそうやってみんなで集まってはみたものの、彼らが把握しているほんの一部分だけを取ってみても、世界が抱えている問題は正に山積みであった。


 全くどこから手を付けたらいいか見当もつかないほどに──。



「でも、こうして自分達が何かの力によって、特殊な関係で繋がったことを知ったばかりの頃。私達は使命感に燃えていたのよ」



 ヒルダが言う。



「そうだね。自分達は神か何かに選ばれたんだと信じて疑っていなかった。そしてその存在に世界を救えと言われたとね……」



 しかし、そう言ったトーマスがどうして沈んだ声なのか、その理由はまだ聞いている翔哉達にはわからない。



 それはともかくとして。

 当時の彼らは、そこから世界を救うための行動を起そうと考えたのである。


 世界を救うための行動を起こす。

 言葉で言うのは簡単だが、当時の状況を考えると実際それは途方もないことであった。



   ◆◇◆◇◆



 まだ終結していない世界大戦をどうするかというのも懸案だったが──。


 まずその前にポールシフトという地球規模の大災害が起こっており、当時の世界はその被災直後だったのだ。



 あまり一般的には知られていないが、地球の中心に近い高熱のコア付近からの影響や、マントル層の対流などによって保たれている地磁気の変動によって、北極と南極のSN極が突然反転してしまったり、それに伴って地軸までもが大きく移動してしまったりする──。


 それがポールシフトと呼ばれる自然現象である。


 地軸の傾きが一瞬で大きく変動してしまうため、普段は意識されることのない地球の自転の方向や角度が大幅に変わることによって、地上では重力異常が起こったような現象が見られると予見されており、その結果地震や津波などが全地球的に同時多発的に起こると言われている。


 地質学的にも、長いスパンで考えた場合には地球の地軸は過去も何度か変動したことが明らかになってきており、それによってノアの洪水は古代のポールシフトだったのではないかとか、黙示録に示されている天変地異とはポールシフトの予言なのではないかと一部で騒がれることとなった。


 そういうオカルトや宗教じみた話題が先行してしまったため、ポールシフトという言葉自体に疑似科学やトンデモ科学系の戯言という先入観がついてしまったのだが、この地軸(自転軸)というものは継続して観測していると、ある地点で安定しているというものではないらしい。


 それどころか西暦2000年前後からは、この磁極や自転軸の動きが激しくなってきたことから、一部の科学者が警告を発するような事態になるなど、この磁極や自転軸というものは普段ほとんどの人達は気が付いていないものの、元々不安定なものだということが明らかになってきていたのである。


 少し実例を挙げると。

 地軸は西暦2000年の時点でも北極南極付近から約23度ほど傾きながら、回るコマの軸が揺れ動くように絶えず移動していることが知られていた。

 また地磁気も2000年前後から急速に減衰してきていることが観測されており、それがポールシフトの前触れなのではないかと一部で騒ぎとなっている。


 この不安定な状態から、様々な外部的要因によって揺れながら回っているコマがいきなり倒れ込むように、大きく変動してしまう危険が以前から指摘されていたのだが、この世界においてはどうやら第三次世界大戦末期の電磁波兵器による干渉によって実際に大きく弾けてしまったらしい。


 その結果どうなったのか。


 地球の北極と南極が反転した上に、地軸も50度近く傾きを変動させてしまったとのことであった。


 地軸が傾きを変えるとどういうことになるのか。

 これは、地球が回転している軸自体が、一瞬で動いてしまうのだから大変なことになる。


 地球はその傾きが変わる一瞬、自転が止まるような形になったと推測される。

 すると、その反作用と慣性の法則によって、重力も一時的にだが消えてしまうような状態になるらしい。


 電車がいきなり急停車したら、乗っている乗客はどうなるだろう?

 車両の中であらぬ方向に引っ張られ、その反動が大きいと宙にすら浮いてしまうことになる。


 ──そんなことがこの時全地球クラスで大規模に起こったと考えられる。


 それによって、地上においてはありとあらゆるものが、大きな影響を受けて一度宙に投げ出された。


 海は荒れて津波が大量に発生する事態となり。

 地面の存在するところではあちこちで大地震が頻発する。


 そんな大昔から、神の怒りと伝えられてきたような天変地異が目の前で実際に起こってしまったのだ。



 このような事態で無事にいられるような存在が地球上にあろうはずもない。

 端的に言うと世界はもう戦争などしていられるような状況では無くなってしまっていた。


 世界中は例外なくどこも阿鼻叫喚の地獄絵図。

 たくさんの人々が死に──。

 生き残った人達もただ必死に生きることを模索するしかない。


 そんな状態にいきなり放り込まれてしまったのだ。



 政府はどうするべきだろう?

 助ける? 誰を?

 ──そして誰が!?


 この状況においては、全ての存在が等しく被災者であった。


 民衆──つまり一般人だけではない。

 政治家達も、軍隊も、そしてテロリスト達も……である。


 そう云った意味では、誰も安全な場所から助けるために手を差し伸べることなどできなかったのだ。



 そして、それはその時進行していた戦争についても同じことが言えた。

 国連軍とテロリスト軍は、ボクシングで言う“ダブルノックダウン”の状態であったと言える。


 ダブルノックダウン。

 ──リングで二人共が相打ちで倒れ、両方にカウントが入っている状態。


 それは言い換えれば、早く体勢を立て直した方が相手にトドメを刺せる状況だったと言い変えることもできるだろう。


 これがその当時の世界情勢だったのである。


         (異世界人用小冊子「第三次世界大戦を紐解く」より抜粋)


   ◆◇◆◇◆



 彼ら7人が、行動を起こそうとしていたのはそんな状況下であった。


 彼らは政治家だったヒルダの得てくる情報と説明から、まずはテロリストとの戦争を終わらせることが第一だと考えた。


 当時ヒルダはドイツ連邦議会の議員だったのだが、その時の国防大臣が女性でヒルダが初当選した時から目を掛けてくれた恩人だったこともあり、そちら方面のコネクションが強力に育っていた。


 また国防大臣の彼女も、聡明なヒルダを普段から頼りにしているという仲だったため、軍事関係の情報は比較的手に入れることが容易だったのだ。


 確かに──。

 目の前で苦しんでいるたくさんの人達を放置するのは彼らも心が痛んだ。

 しかし彼らを助けようにも、そのために必要な無尽蔵とも言えるほどの物資を供給する手段がまず無かったのだ。


 ましてこの大戦がそのまま長引けば、政府方面は民衆を助けることに力を割かなければならない一方でテロリスト側は攻撃だけに全てを傾けられる。

 そうなった場合、オリバーの予知でもかなり暗く悪い未来が長引くことになるとのことだった。



 この予知というものは、完全に確定した形で未来がひとつだけ見えるわけではない。

 まったくない訳ではないがそういうことは非常に少ないのだ。

 しかし、印象に近いそのビジョンを少しでも明るく良いものにする方向を模索し、彼らは来る日も来る日もディスカッションを重ねた。


 その結果──。


 彼らが下したのは “このままの社会体制では明るい方向の未来を築くことは困難だ” という結論であった。


 そして、少しでも早く戦争を終わらせると同時に、国家間の戦争が起こり得ない地球単一国家を築くことが急務だと結論付けた。



「その時の私達は、自分達を神の使者だと思おうとしていた。だから結果さえ上手く行けば、全ては後から正当化できると考えていたんだ。そこで計画したのが後に言う“殲滅作戦”なのだよ」



 苦いものを思い出すようにエリックがそう言った。


 殲滅作戦……表向きはテロリストをおびき出して“殲滅”する。

 そういう含みがあるように名付けられた作戦名だが、そこにはもうひとつ意味が隠されていた。


 トーマスが陰鬱に口を開く。



「当時の先進国首脳も同時に一掃する。そういう作戦だったんだ」



 それを聞いて、その場に居た全員が流石にギョッとしてしまう。


 『殲滅作戦』の概要はこうである。

 このまま政府が普通にそれぞれの国の国力が回復するのを待ってから、テロリスト達の捜索に入って討伐したのでは時間的には間に合わない可能性が高い。

 それまでに生き残っているテロリスト達は、総攻撃をかけてくるかも知れないからだ。


 そこでテロリスト達の要求を全面的に受け入れた形で、彼らに有利な講和条件を全世界に告示して、ニューヨークの国連本部での講話を持ちかける。


 そうすれば──。

 もし上手く行けば、そこには先進国のG7プラスロシアの首脳陣が全員。

 それに加えて餌に釣られて出てきたテロリストのリーダーグループ。

 それだけの要人を一箇所に集めることができる。


 場所はニューヨーク。

 そして来ているのは先進国8カ国の首脳陣。

 当然テロリストのリーダー達も、万が一に備えて対人的な防護さえしておけば、自分達がそこで大量破壊兵器などで消される可能性は低いと考える。



「つまり私達は、当時の世界のトップ達を囮に使ったの」



 そういうヒルダに。



「ヒルダ。それは間違っています。あれは生贄いけにえというのですよ」



 黒崎が毒をたっぷりと含んだ声で訂正する。



「そうね……」



 ヒルダも俯いてそれに同意した。

 その声は暗い。


 つまりこういうことだ──。


 テロリストのリーダー達を高い確率でおびき寄せるために、彼らに極めて有利な条件で講和を呼びかけ、ニューヨークの国連本部で先進国8カ国の首脳陣を集めて餌にする。

 そういう交渉のテーブルを設定することで彼らを信用させるというわけだ。


 果たしてその目論見は的中した。


 世界中に布告されたこの申し出を聞いて、どうやら当時テロリスト達は自分達が実質的には勝利したと考えたらしい。


 世界中がこうなってしまっては、長期戦になって泥仕合になればなるほど今後テロリスト達が有利になることは必然。

 だからこれまでの言い分と出していた条件をほぼ認める形になってでも、ここで一旦戦争を終わらせようとしているのだ、と。


 ──そしてテロリスト達にそう思わせること。

 思わざるを得ない状況を作ることこそ、が。


 正に彼ら7人の意図だったわけなのである。



 かくして、新しい世界再建の象徴として再建設が進んでいた国連本部に集まった先進国の首脳達とテロリストのリーダー達。

 彼らが、始める前から結果が決まった予定調和の──そういう形だけの交渉を行っている……丁度その時に。


 その国連本部の上空で5キロトンの小型核弾頭が炸裂したのである。

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