表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第五話 家族

「いつから……わかってたの?」

桜子は桜の花が揺れる外をじっと眺めていた。

今、直輝の顔を見ると嬉しくて泣いてしまいそうだったから。

「最初のほう。窓から姉さんが外を眺めてたとき、そうかもしれないって思った。」

「信じる?あたしが桜子だって。」

「もちろん。姉さんのことがわからない弟なんか、いるわけないよ。」

母さんにそっくりな、直輝の口調。

顔を歪め、涙が出てしまわないようにずっと堪えていたが、結局、直輝の腕に縋って大声を出して泣いてしまった。

小さな子どものように泣きじゃくる桜子の髪を撫でながら、直輝は言った。

「どんな姿でも帰ってきてくれて、うれしいよ。」

桜子はしばらく泣いて、その後は少し黙ったまま静かな時を過ごした。

直輝が湯呑におかわりを注いで、桜子がそれを受け取った。

「直輝。」

「ん?」

「父さんは?ここに来てからずっと見かけないんだけど……」

直輝は一瞬、少し驚いたような顔をして、すぐに困惑したような表情に変わった。

「父さんは……姉さんが死んでから部屋の外に出てない。」

「一回も?食事とか……」

「朝食と夕食は渚馬兄が部屋の前まで運んでる。でもいつもほとんど手付かずだよ。」

「そう……。」

雅樹と渚馬のことも気になったが、桜子は口にしなかった。父親のことがただ頭の中に広がって、急に心細くなってしまったのだ。この気持ちが、父親を心配しているのだと気が付くまでにしばらくかかった。

「食事、あたしが作るよ。」

自分の鈍さに苦笑いを浮かべながら桜子は立ち上がった。

「そう?兄さんたちも喜ぶよ。きっと。」

「知ってるの?」

「一応言ってみたけど……半信半疑って感じだね。」

「あの二人はあたしと似てるからね。疑い深くて臆病で。」

古びた台所から二人の小さな笑い声が響いた。いろいろな野菜を軽く茹で、桜子は大きな鍋を用意した。

桜子と父親は、母親の遺品を燃やしてしまったあの日からぎこちなかった。嫌いだったわけじゃない。

母さんを愛していた父さんが、あんな行動を取ったことを責めるつもりはない。

きっと、幼い頃から顔がそっくりだった桜子さえも見たくはないはずだ。

だからこそ、あまり近くにいたくはなかった。苦しんでほしくなかったから。何よりも桜子自身が苦しんでいる父親を見ていたくなかったから。

出来上がったカレーのいい香りが辺りを漂っている。一応味見をしてみたが、味はわからなかった。

「あたしが持っていくよ。」

「大丈夫かな。」

「食べてないんでしょ。空腹ならカレーのこの匂いに勝てるわけないって。」

そう言って笑いはしてみたものの、正直、自信がなかった。中身は同じでも見かけはまるっきり他人である。

父親の部屋の前、所々に穴が開いている襖の前に座った。まだ、湯気が立ち上る皿をそっと置き、

「父さん。」

ただ、優しく声をかけた。返事こそなかったが、反応があったことはわかった。襖を一枚隔てたそこには自分の父親がいる。

「ごめんね。」

今更、自分が言うべきことはそれだけのような気がした。

「ここに置いておくから。ちゃんと食べてね。……元気でね。」

襖を小さく開いて部屋に皿と水のコップを押し入れて、桜子は部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ