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第一話 死と出会い

あたしは走ってた。男を追いかけて。

「止まれ!」

そう叫んで手に持った銃を顔の前にかまえた。

白く染まった息が視界を横切り、狙いを定める邪魔をする。

ぐっと呼吸を止めた瞬間、男の足が止まった。

振り向いた!

指に力を込めたそのとき、海風に爆発音がこだました。

同時にあたしは腹に立っていられないほどの衝撃を受けて、倒れた。


痛みで腕にも、足にも、指先にすら力が入らない。

ジャリ……と音がしてようやく目を開くと、あたしが追いかけていた男がいた。

大声を出して罵ってやりたかった。

でもあたしの口から出てきたのは血の混じった咳だけだった。

その男は驚いて、狂ったように叫びながら逃げていってしまった。

右の耳からは地面を伝う男の足音、左の耳にはどんどん遠ざかる叫び声が聞こえる。

『そのまま死刑台まで走っていけ。バカヤロウ。』

生暖かい液体が腹の下に広がっていく感触に、目を閉じた。

1週間と2日ぶりの静かな眠りだった。


「うっわ。いったそー。」

小さな少年らしい声がケケケと笑う。

いてぇに決まってんだろ。触んなよ。

「触っちゃだめー。逃げちゃうでしょぉ。」

少年と同じ年頃だろう少女の声が怒り気味に言った。

逃げる?何が?

一瞬感じた尋常じゃない鈍い痛みに目を覚ます。

「ほらー。起きちゃったぁ。」

少女が少年をカラフルなハンマーで殴った。

ポコッと軽い音がした。

少年はケラケラ笑いながらどこかへ行ってしまった。

「痛っ……な、何だよ。どこだよ、ここ。」

赤と黄色で金網のように描かれた奇妙な模様が壁をすべて覆っている。

家具の類は、少女が座っている木目の椅子と対になっているシンプルな机だけ。

こんな奇天烈な部屋でも、あたしは何か懐かしいと思ってる。

その感情の意味がわからなかった。

下を見ると、部屋にとても似合わないピンクのレースで覆われたベッド。

あたしはその上にずっと寝かされていたらしい。

「あたいのお部屋だよぉ。さくらこちゃん。」

さくらこ。そう呼び間違われるのは初めてのことではない。

「それは桜子って書いておうじって読むんだよ、お嬢ちゃん?

 あんたは誰なんだ?」

「あたいはね。らいほ。信頼のライに稲穂のホ。あっちの人はむそう。」

頼穂が指差す方向に目を向けると、天井スレスレにつけてある黄色のハンモックに揺られている男の子の姿があった。

壁の模様のせいで浮いているように見える。

「夢に奏でるって書くんだよ。」

へぇ、と気のない返事をしながら桜子は首を傾げた。

この部屋には出入りするためのドアがない。窓はとりあえずついている。

ベッドから降りて外を見るとビルの上の方らしい。

地面は遥か遠くにあり、見知らぬ街が一望できた。

「ここってさ、どういうとこなの?」

桜子は聞きながら窓を開け放った。

風が通り抜け、手のひらほど大きな真っ黒の蝶が一羽飛んできた。

「あー!だめぇ!逃げちゃうでしょぉ。」

頼穂が慌てて走ってきて窓を閉めた。

「あぁ、ごめん。」

蝶は軽やかに舞って、私の腹にとまった。

服の破れ目から見える腹には傷があったはずだが、今はわずかに出血の痕跡だけが残っている。

「ここはねぇ、あたしたちのおしごとするトコなの。」

頼穂はあたしの腹にとまった蝶をうっとりと眺めながら言った。

「仕事?」

蝶がゆっくりと羽を広げたり閉じたりしている。

「らいむっていうの。知ってる?」

私は首を横に振った。

仕事柄、あちこちの企業の名前を調べてきたけど、そんな名前は聞いたことない。

ただ単に自分の担当外の会社なのかもしれない。

「人の願いを叶える仕事。非合法なこともやるから刑事は知らないかもね。」

夢奏が小さな声で言った。

「人の願いをかなえるの。いいお仕事でしょ?」

小さな告げ口を無視するように頼穂が笑った。

そんなことどうでもいいというように顔を歪めて、窓の外を見た。

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