情報コウカン
「私は下條さと美。服装で分かると思うけど、高校生よ」
ベージュのブレザーを羽織り、それと同色のスカートを穿いた栗色髪の三つ編みメガネっ子は、そう括る。
声が震えることも無ければ、慌てた様子もない。誰もがこの状況に怯えているのに、下條にはそれが感じられない。
「じゃあ、次お願いね」
そうして淡々と先へ進める。
「じ、じゃオレが。オレは和泉真一《いずみ-しんいち》。歳は25で、もうすぐでオレの子どもが生まれる」
光のともった部屋ではよく分かる。身長は190センチ近くあるだろう。その上、目鼻立ちのくっきりした顔立ちだ。
良くも悪くもよく目立つ男が、このゲームに対する恐怖からか、怒りからかは分からないが、涙を浮かべながら言葉を紡いだ。
和泉の話したことは、誰の心も動かすのに充分だった。父親のいない子ども、母親。それがどれほどに苦しいか、想像に難くないからだ。
「ボ、ボクは一ノ瀬時雨《いちのせ-しぐれ》。歳は40」
先ほど発狂した中年太りのサラリーマンだ。一ノ瀬と名乗ったその男は、取り乱した自分を詫びるように、深々と頭を下げる。
「私は森下茅依《もりした-ちい》よ。歳は言いたくないけど、26よ」
ため息混じりにそういう。胸元のざっくり空いた赤の服を着ており、そこから覗く谷間と言えば絶景のナニモノでもない。
男の男が反応してしまうのも無理ないほどであろう。
「俺は斉藤海人《さいとう-かいと》だ。歳は19」
ポリポリと頭を掻きながら斉藤は告げる。
「ウチは重盛育美《しげもり-いくみ》。歳は23で女子大生よ」
先ほど発狂した一ノ瀬を一蹴した彼女だ。
「で、あなたは?」
ずっと黙りこけている、このゲームに関わりがあると思われる瀬戸野崎中学の生徒と思われる女子中学生を指さし、下條は訊いた。
「わ、わたしは……。わたしは木下穂乃果《きのした-ほのか》……です」
怯えた様子を人1倍濃く見せ、木下は告げる。
「で、あなたがここに私たちを集めた犯人?」
そんな木下に、下條は容赦なく詰め寄る。
「ちッ、違いますッ! それにわたしなんかじゃ、みなさんをここに運んで来れませんよ!」
両手をパタパタとはためかせながら、早口でまくし立てる。
「それも……そうね。じゃあ、自己紹介の続きをしましょう」
相も変わらず手がかりはゼロ。その状況にため息を付きながら、下條は告げた。
「あっしは、相川ミク。歳は30よ」
主婦なのだろう。普通の無地のTシャツの上にエプロンを巻いた姿だ。
その隣にいるのが背の高い和泉だからだろうか。相川が小人のように感じる。
「おれは川崎進《かわさき-すすむ》。18だ」
上下共にジャージ姿の川崎は、ガッチリとした体躯で何かしらスポーツをしているのだろう。
それから、このゲームの最長老で62歳の植村忠一《うえむら-ただかず》、男子大学生の橘光輝《たちばな-こうき》、自称作家の桜田雫《さくらだ-しずく》、OLの早川リホ、サラリーマンの生田賢治《いくた-けんじ》、坂本龍《さかもと-りゅう》と続いて自己紹介をした。
「残りは5人ね」
まだ自己紹介の終わってない人たちを一瞥し、下條は述べる。その時──
「残リ時間ハ、18時間59分ダヨ」
天井より機械の声が流れた。自己紹介をしているうちに、1時間が経過したようだ。
「まじかよ……」
誰かがこぼした。
この時間がゼロになった時、嘘か誠かは分からないが、誰かが死ぬ恐れがあるのだ。
怖くない方が嘘であろう。
「私は見たことある人はあるかもだけど、AYU。苗字は中学生の子と同じ木下で、AYUは漢字だと『歩』って書く。一応、モデルやってます」
この状況だと言うのに淡々と自己アピールができる当たり、人を潰し自らをアピールすることで人気を博する芸能界を生き抜いているだけはある。
手足が長く、一言で表すなら綺麗以外有り得ない。ただの白無地のTシャツにその上にジージャンを羽織り、ジーパンを穿いただけの姿にも関わらずそれだから、お洒落をしたものならば、手をつけられないだろう。
そして目が合う度に、微笑むその顔はやはりそこらにいる人とは別次元だと言える。
「わしは鈴木宅《すすずき-たく》。決して家のことでは無い。悪しからず。歳は31だ」
風変わりな話し方をするのは、着物に袖を通した、いかにも日本を愛しているような男性であった。
スキンヘッドでいかつさ全開であるために話しかけずらったらあらしない。
「僕は堀一《ほり-いち》です。歳は27です」
アニメキャラがプリントされたTシャツを着ているも、筋骨隆々であるために違和感しか感じない堀。その割に、声は高いときている。正直いって……、ギャップだらけだ。
「放送ディレクターをやってる井森おさむです。歳は48です」
テレビ業界で扱かれてきたのだろう。整った礼をした井森。そのためか、スーツ姿がよく似合ってるように思える。
中肉中背という訳でもなく、スラッとした感じは悪い印象を与えない。
「最後だね」
下條は最後のひとりとなった特筆することの無い、至って平凡な男性を見て言う。
「武内宗也《たけうち-しゅうや》、26」
消え入りそうな声量で述べた武内は、顔を真っ赤にしている。
人前で話すことが苦手なのだろうか。
ダボッとしたグレーのTシャツに、ジーパンという格好でモジモジしており、なんだ変である。
「思ったんだが──」
自己紹介が終わった所で、和泉は小さく手を挙げて口を開いた。
同時に皆の視線が集まる。
「携帯持ってる人が、外部に連絡すればいいんじゃねぇ?」
皆の顔が一様に、あっ、忘れてた、と言った顔になる。
中学生は流石に携帯を学校へ持っていてはいなかったみたいだが、その他は皆、ポケットや手持ちのハントバッグの中から携帯を取り出した。
「なっ!?」
鈴木が目を丸くして声を上げる。
「なんで……?」
森下が続き、そこから順に驚きの声が洩れた。
携帯の電源が入らないのだ──
どれほど長く電源ボタンを押し続けたところで、電源が入る様子は皆目ない。
「まさかッ!」
最悪の考えに思考が至った斉藤は、自身のスマートフォンのカバーケースを外し、裏返す。
そしてスマートフォンの裏側ケースを外した瞬間──
「やっぱり……。電池パックが無い!」
斉藤は最悪のシナリオが展開されているのを確認した。
──これは単なる遊びじゃない……。
そした直感的にそう判断した。
「こんなゲーム、くそ喰らえ!」
同じ判断に至ったのだろうか。中年太りの一ノ瀬が右手に拳を作りながら吼えた。
「コレデ分カッタモラエタカナ? コレハタダノゲームジャナイ、ッテコトヲ」
その咆哮に呼応するかのように、天井より機械の声が響いた。辺りは静寂に包まれる。
タイミングを合わせてきたということは、こちらを監視していることにほかならない。
そしてそれは否応なしに、集められた20人を恐怖にへと突き落とした。
「イヤァァァァァァァァ」
部屋の中に耳をつんざく重盛育美の叫び声。つい先程までの余裕はどこかへ消え去り、重盛は絶望に堕ちていた。
「死にたくない! ウチ、絶対に死にたくない!」
「そんなの誰だって同じだよ!」
断末魔の叫びのごとく声で黒のスーツを着込む生田賢治が言う。
混沌が混沌を呼ぶ。
決して広いとは言えないその空間で、集められた男女20人は狂い始めていた。