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ディアーマミー

 六月九日

 目が覚めると、枕元に四葉のクローバーが置かれていた。たぶん昨日遊んだ公園で朱里が見つけたものだろう。キッチンにいる朱里に「ありがとう」と言うと、「しーらない」と言って、逃げるように私の前から去った。あのしてやったりと言わんばかりの笑顔が見れてうれしい。さあ今日も仕事だ。


 六月十三日

 コンビニの仕事が五時に終わったとき、朱里がランドセルを背負って入り口で私を待っていた。好物のポテトを食べたかったのだろう。安売りしていたのを覚えていたらしい。帰り道に朱里が入り口にあった旗には何が書いてあるのかときいてきた。「自給七百円、アルバイト募集って書いてるのよ」「じきゅう?」「一時間働いて、もらえるお金が七百円ってこと」「ふーん」朱里の顔は何かをたくらんでいるようだった。


 六月十四日

 朱里が私の部屋にあるお気に入りの時計を壊してしまった。わざとではないのはわかっているが、ちょっとショックだ。その日朱里は私と口をきいてくれなかった。帰りが遅い、何をしているのだろう。




 七月十四日

 朱里が入院してからもう一か月が経つ。目覚めるのはいつだろう。仕事は当分の間休職することにした。最悪の誕生日だ。



 十二月二十四日

 クリスマスを祝う気にはなれなかった。この日は旦那も有休を使ってそばにいてくれた。あのしてやったり顔が、また見たい。






















  六月十四日

 あれから三年がたった。医者にもう目覚めないかもしれないといわれた。轢逃げをした犯人への怒りは、最早諦めに代わっていた。

 旦那は今日家に帰ってこなかった。携帯にも出ない。部屋に行くと「さよなら」と書かれたメモと離婚届が置かれていた。


  二月十三日

 朱里に今日は何を話そうかと思ったが、何もな浮かばなかった。ただ黙って朱里を見ていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。目が覚めると、コンビニのマネージャーの福ちゃんがきていた。コンビニに戻っておいでと言われた。今の自分の状態がよくないのはわかっている。そんな簡単に逃げ出していいのだろうか。レジ袋の中のおにぎりはおいしくて、不思議と涙がこぼれそうになった。髪はいつから切ってなかっただろうか。




 二月二十日

 久しぶりのコンビニの仕事は、すべてを忘れて自分を殺すにはもってこいの仕事だった。前の店とは違うところだが、なんとかなりそうだ。




 三月三日

 働く店舗をいくつか増やした。福ちゃんには止められたが、知ったことではない。何かをしていなければ、自分が壊れてしまいそうだった。不思議なことに、福ちゃんから誘われた最初の店にいると、心が安らいだ。



 五月八日

 数日同じ値のレジマイナスが出ていることを、生意気なバイトの男の子が言ってきた。幽霊の仕業だと言い出す始末だ。なかなか面白い話だけれど、勘弁してほしい。けれど監視カメラで、一部の時間帯だけにノイズが走るのは不気味だ。万引きがこの時間帯に発生したらどうしようか


 五月二十日

 バイトの子が例の件は解決したと言ってきた。それならそれに越したことはないが、なぜこの時間帯だけ映らないのだろう。修理を業者に頼んだが、原因はわからなかった。


 六月十三日

 商品の陳列が最近きれいだ。バイトの子は仕事が雑なのがキズだったのに、珍しい。


 六月二十日

 バイトの子が店舗を変えたいと言ってきた。理由ははぐらかされた。とりあえず明日には山西店の小西に言っておこう。断る理由もないはずだ。


 六月二十一日

 強盗が店に押し入った。監視カメラは起動していたが、その光景は無残極まりなく、見ているだけでつらかった。バイトの子はあれを見越していたのだろうか。


 六月二十九日

 バイトの子のお見舞いに行く。ぐっすり寝ていた。腕の包帯が痛々しい。とりあえずおにぎりをいくつか置いておいた。強盗の事件から、カメラの異常はなくなった。その代り、店に漂っていた奇妙な居心地の良さが薄らいだ気がした。

 そしてまさか娘の部屋の向かいに入院するなんて皮肉な話だ。娘はいつものように、今日も目覚めない。

 娘が死んだらどうなるのだろう。人が死んだらどうなるのだろう。

 もしも天国があるのなら、そこに身内がいないのはさみしいだろうか。


 七月一日

 縄を買ってみた。白くて太い丈夫な奴だ。ドアノブにひっかけ、首に巻いた。そしてそのまま体を前に思い切り傾けた。苦しくて思わずのけてしまった。死ぬのは難しい。首に縄の跡がついてしまった。 


 七月二日

 家中の風邪薬を混ぜて飲んでみた。意識を失った。目が覚めたのは朝だった。


 七月三日

 練炭を買ってみた。部屋にバーベキューのセットを設置し、そこに練炭を入れる。さて、いつ死のうか


 七月十二日

 いつ死のうと考えながら今日になった。娘が倒れてから五年。私も五つ年を取った。死ぬなら今日がいいかもしれない。そう思っていたらバイトの子がプレゼントをくれた。それはあの日娘が壊した時計だった。

 バイトの子は、「娘さんからです」と言った。素直に時計を受け取った。カチカチと針が動く音がする。ぎゅっとそれを抱きしめた。心の中にあった氷が溶けていくような気がした。久しぶりに誰かに笑顔を向けた。笑うのは何年ぶりだろう。その日私は、練炭と縄をごみ箱に捨てた。




 七月十三日。

 プレゼントを寝ている朱里に見せてあげようかと思った。

朱里は二年ぶりに目を開けた。

私の顔を見て、私の抱える時計を見た。

 娘はにやりと笑った。またあの日のように、してやったりと言わんばかりのものを。

「ありがとう」と私は言った。娘はかすれた声で「しーらない」と言った。いつの間にか二人とも涙を流していた。

 私は仕事を再び休職することにした。

 とりあえず、明日は髪を切りに行こう。




 八月一日

 なんとなく新しい髪形を見せつけるため、お店に顔を出した。バイトの子に「似合ってます」といわれた。プリンをおごってあげた。



十一月四日

 娘はもう歩けない体になってしまったが、車いすでの生活訓練を続ければ、なんとかなりそうだった。今日は自分でハンドリムを動かし、廊下を横断できるほどになった。こん睡状態の中、娘は夢を見たといった。「どんな夢?」ときくと、「ないしょ」と言った。



 十二月三日

 熱心に車いすのリハビリを続ける娘に、どこかに行きたいところはあるかときいたら、「コンビニ」と言った。「どうして?」ときくと、顔を赤くして「ないしょ」と言った。


 十二月五日

 土曜日の午前中のフリーターの人に、今度お店に行くことを伝えたら、日にちを指定してきた。どうしてだろうか。


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