お客様
あれから半年が過ぎた。季節は流れ、制服は長袖になっていた。一人での二時間にはもう慣れた。それでもたまに煙草の棚が動くんじゃないかと期待して、誰もいない空間に話しかけてはみるが、反応が返ってきたことは一度もなかった。
あの子との時間があってから、笑うことが少しだけ増えた。学校でも友達と言えそうなやつもできた。あの子のおかげで、俺は変われたのかもしれない。
店長は誕生日の一ヶ月後、仕事を休職した。家庭の事情とのことだが真実はわからない。心配していたが、二週間後に店長はひょっこりと顔を出した。貞子のように伸びていた黒髪は、セミロングに切られ、栗色に染めていた。おまけにパーマまであてている。若づくりは結構だが、顔のしわは隠せていないのが残念だ。だけど、目元のクマは消えていて、いくらかは美人に見えた。
「似合ってますよ」
そう言うと照れたようにばしっと俺の肩をはたいてきた。でもそのあとにプリンをおごってくれたのはうれしかった。
そんな後日談を田川さんに話す。
「いろんなことがあったんですね」
感慨深そうに、しみじみと田川さんはそう言う。
「はい、充実した時間でした」
お互いお客のいない店内を見た。田川さんはしばらく黙りこんだあと、言った。
「三上君、すみませんがちょっとお願いがあるんです」
田川さんから頼みごとなど珍しい。何なのだろう。
「どうしたんですか?」
「土曜日の午前中に入っているシフトを代わってほしいんです」
とのことだった。理由は家の事情だという。特に用事もなかったので承諾することにした。土曜日の午前中に入っていたのは、研修中のころだけだったので、懐かしさすら覚えた。
普段は見ないお客の接客は、新鮮な気持ちを呼び起こさせる。腕の傷跡を見ながら、あの子のことをまた思い出した。あの子との時間を思い出さない日はない。いつかはひょっこり煙草の棚を動かしてくれる。そんな日が来ることを、ひそかに期待していた。奇跡を起こして、四年越しにプレゼントを渡したのだ。奇跡の連鎖がまだあっても、罰はあたらないだろう。
十時を回ったころ、お客さんご来店の音が鳴る。
「いらっしゃいませー」
煙草の補充をするため、入り口には背を向けながらそう言う。
「ポテトがお安くなっております、いかかでしょうか?」
煙草を棚に入れ、店内を振り返った。