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コミュニケーション

 翌日。毎日の出費の件もあり、本格的に店長に相談することにした。

「で、つまり三上君が言いたいのは」

 店長は足を組みながら、貞子のような長い髪を指先でいじる。顔のしわが老化の経過を暗に示しているのがおしいところだ。特徴的な大きな目のクマは労働時間の過酷さを物語ってくる。

「三上君一人で入っているシフトの間、お化けが一緒にシフトに入って、その時間分の給料を盗んでいる、だからその分の給料を出せ、ということ?」

 口調は軽いのに、声のトーンはそれに見合わないほど、重い。

「まあ、そういうことです」

 自分で言っておいてかなり気違いじみた発言に思え、嘘です、と訂正したくなる。まあ事実なわけだけど。

「今までの千四百円は、そのもう一人が二時間シフトに入った分の給料で」

 店長が俺の言葉をさえぎり、代わりに続けた。

「昨日のマイナス千五十円は、田川さんが三十分お店にいたから、お化けちゃんがシフトに三十分入ってなかった。つまり七百円の半分を残して三百五十円ってこと?」

「察しが良くて助かります」

 そこまでわかってくれるのなら、俺の要求をのんでくれてもいいだろう。

「それで。証拠は?」

「証拠ですか」

「そういうのは結構好きなんだけど、三上くんが自分のミスをそんな下手な嘘でごまかすなんて」

 嘘なんてとんでもない。なんだこの年増は、聞く耳も持たないのか。しかも四年も働いているアルバイトを疑うなど、理不尽にもほどがある。

「監視カメラで俺の働いている時間帯を見てください」

 論より証拠だ。

「全く、私も暇じゃないのよ」

 トントンと指で目のクマをアピールする店長。

「働きすぎですよ。今何店舗で働いてるんですか」

 労いの意味も含めながらそう言う。

「いいじゃない、何店舗でも」

 そう冷たく言いられる。相変わらずこの人はほとんど自分のことを話さない。

「私にだって稼がなきゃいけない事情があるの」

「なんですか、それって」

 そんなにお金が必要な事情があるのだろうか。子供がいるとかいう話は、あまり聞かないが。おそらくなにか知っているとしても仲の良いマネージャーくらいだろう。

「女の秘密を詮索しない」

 答えにならない答えを返し、店長はパソコンを操作する。マウスの動きは遅く、どことなく気だるげだ。監視カメラの映像へと画面が切り替わる。とりあえず時間を昨日の午後八時三十分にまでまきもどしてもらった。

「あれ?」

 店長がマウスを動かす手を止めた。

「どうしました?」

 手が止まっている店長の横に立ち、パソコンの画面を見る。映っていたのは砂嵐のような灰色のノイズだった。いつからノイズが走ったのか確かめるため巻き戻していると、田川さんが店を出るところで、ノイズは終わっていた。田川さんが店を出た瞬間に、ノイズが走り、それは増岡さんが来たところで画面はまた正常になった。

 ……これでは証拠にならない。

「ほら、ホラー映画とかでよくあるでしょ」

 苦し紛れの苦笑いを浮かべながらそう弁解する。

「いやよくあるけどさー」

 店長も負けないほどの苦笑いを浮かべてきた。気まずい沈黙が流れる。お客様ご来店の音が店内から聞こえた。

「出せませんか? 幽霊の給料の、千四百円」

 店長は無言で首を横に振った。



「というか時給を要求する幽霊ってなんなんだよ!」

 後輩の山下にも事情をあらかた説明し、お客さんの姿がないことを確認してからそう声を荒げた。

「なんだかギャグ漫画みたいですね」

 山下は面白そうににやにやと笑いながら、揚げたてのチキンをショーケースに入れた。相変わらず指示する前にやることをやってくれる。

「フィクションなら笑えるけどさ、現実に起こったら気味が悪いよ」

 もともと幽霊とかそういうオカルトじみたものはいまいち好きになれない。テレビとかの心霊特集も、夢に出てきそうでついチャンネルを変えてしまう性分なのだ。

「まあ、僕もそんなの怖くて店から逃げちゃいますけど」

 山下が幽霊を見た瞬間にバイクのヘルメットを持ち、エンジン音とともに店を後にする姿は容易に想像できた。さすがに職務放棄をする気はない。これでも給料はもらっているんだ。

「どうせならコミュニケーションとっちゃいましょうよ」

 揚げたチキンの数をチェックシートに記載しながら、山下は言った。

「コミュニケーション?」

「先輩ならできるでしょ。現にその幽霊さんも、先輩のお手伝いをしているんですから」

「怯えるよりも利用しろと」

 幽霊をこき使うバイトなんて聞いたことない。それこそ世にも奇妙な物語だ。

「先輩の教育的指導をやっちゃってくださいよ」

 愉快そうにそう言いながら、山下はタイムカードを押した。

 山下がバイクのヘルメットを持って、そそくさと店を後にしてから、店に妙な静けさが漂う。店内にかかる人気アーティストのラジオが、心なしか小さく聞こえる。コミュニケーションをとる。確かに幽霊が本当にいて働く気があるのだとしたら

やってみる価値はあるのかもしれない。

「おい」

 なんと言えばいいかわからず、とりあえず呼びかけることにした。この声かけは無慈悲に店に響くだけだった。

「いるのか」

 ダメもとでもう一度声をかけた時だった。がたっと煙草の棚が動く音がした。振り向くと煙草の棚のうち一つだけが突き出ている。その棚の番号は、八十一番だった。

「……八十一」

 まさか。八と一。『は』と『い』

「はい? ってこと?」

 また八十一番の棚が動いた。あいた口はふさがらなかった。感じたのはすでに恐怖でなく、おかしさだった。それはじわじわとこみあげてきて、それに耐えきれず、くすりと笑った。俺の中の、止まっていた歯車が動き出す。人生という俺の物語に、色がつき始めたような気がした。とりあえず名前を聞くべきなのか? いや、それよりなんで死んだかとか、いろいろ聞きたいことが頭にあふれてきて、どれから言えばいいかわからなくなった。

「えーっと」

 言葉に詰まりながら視線を泳がす。

「お金は返すつもりない?」

 また八十一番が元気よくがたっと動く。そこまで自信満々な返事は求めていない。

「ここで働きたいのか」

 がたっと八十一番が動く。

「じゃあ、質問に答えてもらえる?」

 今度は動かない。独り言になってしまった。

「……」

 とりあえず面接をしよう。

「名前は?」

 何も反応なし。

「住所」

 反応なし。

「年齢」

 これも反応なし。

「履歴書はある?」

 今度は七十一番が動いた。七と一……ない?

「答えられるじゃねえか」

 無反応である。実態があったらぶんなぐりたくなる幽霊だ。器用なまねはするくせに自分勝手なやつだ。

いや待てよ。反応がないってことは、まだ解釈の仕方がある。

「……答えたくない?」

 何も動かない。

「わからないってことか?」

 八十一番が動く。なるほど。自分のことがなんでも理解できているわけじゃないのか。もしかしたら自分の状況も、いまいちわかっていないのかもしれない。本人の志望動機が明確ではないのは不安だが、意欲の有無くらいは確かめさせてほしい。

「とりあえず、ここで働きたいってことか?」

 煙草は相変わらず動かなかった。ため息をついて次の質問を考えていたところ、レジのほうから音がした。どうしたのだろうかと覗き込むと、おでんの餅巾着が注文されていた。

「……」

 餅巾着。餅。もち。もちろん。

「だじゃれかよ」

 煙草の棚の八十一番がまた動いた。


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