防衛七十八回目
「さあ、あなたの答えを聞かせて頂戴」
フードで隠れていない口元が弧を描いている。スタリブは俺がどんな回答をするか予想しており、俺がその回答を言うことを確信しているみたいだ。
「・・・俺は断る!」
やっぱり予想はしていたみたいだ。口元の笑みが一切崩れていない。
「理由を聞かせてもらえますか?」
「教えるわけ無いだろうが」
「でしょうね。では残念ですがあなたには自我を失ってもらいましょう。辛い記憶を捨てて、元のように動き続ける存在になれるのです。嬉しいでしょ?」
「ふざけ「じゃあお願いしますね。出来るだけ体は傷つけないようにしてください」クソ!」
こちらの言葉を遮って、クズ野郎へと声をかけた。かけられたクズ野郎はめんどくさそうに頭をかきながら返事をする
「それは保障しかねるよ。少し体を弄る必要があるからね」
「・・・しょうがないわね、改造の場には私も立ち会うことにするわ」
「仕事があるのでは?」
「そんなもの後でどうにでも出来るわ。それより、あなたが変な事をしでかさないかの方が心配よ。彼は私の大切な人なのだから」
「・・・現場見ても何も分からない素人のくせに」
「何か言ったかしら?」
「はいはい。仰せのままに。これで十分かい」
投げやりに答えたクズ野郎に、不機嫌そうな顔を向けながらも頷く。
クズ野郎は嬉々とした表情で人形女に俺を引きずって運んでくるように指示を出し、テンション高く一人で色々と叫びながらついて来る。叫んでいる内容にいくつか深いになるようなことがあったが、ここは耐えるしかない。
「あはは、しっかしなぁ。これがファルフラムの町の最強って・・・最強弱すぎるだろ。笑いが止まらねえよ。こいつが必死に守ろうとしてるのもこの程度で守れるレベルのちんけな物なんだろうな・・・・・・お前、何睨んできてんだよ」
「・・・」
「ハッ!気持ち悪い野郎だ。おら!とっとと歩け」
こいつは絶対に殺そう。
下手な冒険者連中よりムカつく。
人形女に引きずられてからだのあっちこっちがぶつかって地味に痛いが、怒りを籠めてクズ男を睨み続ける。
「さあ、着いたぞ。ここがそのクソ生意気な態度を修正する実験場だ。ククク。その生意気な面が従順なものに変わるのが楽しみだ。おい、そいつをさっさとこの台に乗せろ」
「ハイ・・・?」
「グフ」
1度台の上に乗せようとした人形女だが、俺の足をうまく乗せられなかったようで、可愛らしく首を傾げた後に、俺をブンブン振り回してから遠心力を利用して台に叩きつけてきやがった。
痛む背中に呻きながら人形女を睨むと、どこか満足そうな雰囲気をかもし出だしてやがる。
今自由に動けるのであればぶん殴ってるとこだよ!
「よし、お前は邪魔だから下がれ。こいつの改造が終わったら呼ぶからそれまで適当なところをうろついてろ」
「ハイ」
「さあて、これで心置きなく改造ができる。人間ベースのままだとつまらないから、別の種族を合わせてあげよう。あはは。僕って優しいな」
「優しいの意味を一度じっくりと考えた方がいいな。きっと自分の頭のデキを恥ずかしく思えるようになるはずだからな」
「はぁ?実験動物風情がなに言ってんだ?スタリブの依頼があったから麻酔を使ってやろうかと思ってたけど、やっぱり止めるわ。苦しみながら体が変わっていくのを実感していくといいよ。ああ、その顔が歪む瞬間が楽しみだ」
不愉快そうな顔をしたあと、狂気の笑みを浮かべ、両手に刃物を持ってクルクルと高笑いしながら回るクズ野郎の姿に唾を吐きかけたい。
クルクルと回りすぎたせいで吐き気を覚えたのか、口元を押さえながらふらつく。やっぱりこいつバカじゃねえの?
「うぷ。それじゃあ始めようか」
覚束ない手つきでゆっくりとメスを突き出してくる姿に、本能的な恐怖が呼び起こされてしまうのはしょうがないと思う。
「あはは。そうだよ、その表情が欲しいんだ。実験動物は皆そんな表情をするべきなんだよ。最後まで抵抗の意思ありみたいな生意気な顔をされると僕がつまらないんだよ。ははは。あははははは・・・うぇ」
「ねえ、さっき私の言った言葉の意味を理解しているのかしら?変な事をしたらどうなるかも」
舌打ちを1つすると忌々しげな顔でスタリブを見やるが、スタリブ本人は涼しい顔で楽しそうに俺の事を見てくる。そんなに俺の改造される様を見るのが楽しみかこの女は。
気を取り直したクズ野郎の握るメスが、俺の体に触れるか触れないかのところで、どこからか微かに怒号や剣戟の音が聞こえてきた気がした。
クズ野郎にも聞こえたみたいで、訝しげな表情で出入り口の方を見やるも、気のせいだとすぐに判断してメスを体に入れようとしてくる。
しかし、ここでもう一度同じような音が聞こえてきたため、今度は苛立ちを隠そうともせずに獣のような声を張り上げた。
「さっきから何なんだ!僕の邪魔をするんじゃない!クソ人形どこだ!さっさと来い!」
しばらく経って人形女が姿を現すまでの数分間の間、ひたすら罵詈雑言を虚空へと吐き続けていた。その様子は見るに耐えないのか、スタリブは完全にそっぽを向いてしまっている。
人形女が入ってクルと、一通り怒鳴り散らして少し落ち着いたのか、荒い息を整えつつも指示を出し始めた。
「たく、今後僕の手を煩うようなことをしたら魚の餌にしてやるからな。分かったらさっさと音の原因を突き止めて全部排除してこい。その際お前が何か音を出したら魚の餌な」
「ハイ」
無表情でうなずくと部屋を出て行ってしまう。
そんな人形女のことをスタリブがどこか哀れみの篭った視線を向けている気がしたが、自分に向いているわけではないので確かなことは言えないな。
しかし、この状況からどうやって脱出するべきか・・・。うん?体に力が入るようになってきた?
「よし、これでじっくりと実験が出来る。全くスタリブが煩いから君ごとき二ここでは貴重な麻酔を使わなくてはならなくなってしまったよ」
そうつまらなさそうに喋りながら注射器を取り出すと首筋に打ち込んできた。
だが、その前に俺は唾を吐いてクズ野郎の行動を一瞬止めると、俺を抑えている高速具を力ずくで引きちぎり立ち上がる。
よし、十全に動ける。スタリブがどれだけの実力を持っているかは分からないけど、あの人形女ほど強くは無いはずだ。あのクズ野郎が従っているのだって、所属している組織の上だからだろう。
「な、お前どうやって」
「今まで散々なことしてくれたな!」
全力で振りかぶった拳を戸惑っているクズ野郎の顔面に叩き込むと、スタリブの横を走り抜けて扉を開いて通路へと飛び出した。
「クズ人形!さっさと戻ってきてあの実験動物を捕らえろ!四肢の1、2本はもいでも構わない!」
「待ちなさい!それは許されないわ!」
「ふざけるな!この僕の顔を殴っていったんだぞ!タダで済ますわけがないだろうが!」
「はぁ、あなたに頼った私がバカだったのね。あの人は私が捕まえます。邪魔されると迷惑なので寝てもらいます」
ドムッ!
何か柔らかいものを勢いよく殴る音がしたかと思うと、クズ野郎の苛立つ声が聞こえなくなり、俺の後を走って追いかけてくる足音がするようになった。
これ完全にスタリブがクズ野郎を殴って気絶させてるよな?
後ろばかりに気をとられてはいられないので視線を前に向けたとこを、エストックを抜いた人形女がこちらに向けて凄い速さで接近しているのが見えてしまった。
今の何も武器を持っていない状態じゃまともに戦えねえぞこれ。
前門の虎(実力はほぼ同じぐらい)後門の龍(実力未知数)な状態に陥ってしまったわけだが、武器無しでどうしろと仰るんだろうなこの野郎。せめて短剣でもいいから何か武器が1本でもあれば凌いで逃げるだけの自信はあるんだが・・・。
前後を挟まれている状態で逃げることが出来るのは、右の部屋に飛び込むか左の通路に逃げるか。さて、どちらの方が可能性が高いだろうか。
普通に考えれば左のほうが逃げ切れる可能性は上がるが、あの人形女の足から逃げ切れるかどうかと問われるとちょっと自信が無くなってしまう。
右の部屋だったら、運がよければ武器の変わりになるような物が転がっている可能性もある。
さて、どうしたものか。
考え込んでいる時間はなさそうだ。
正直、クズ野郎君のセリフを考えているときに自分で考えて苛立ったのは内面に秘めようかと思った。
秘めないけどな!!