防衛五十四回目
「・・・それは直線距離なのかしら?それとも道順に行った時の距離なのかしら?」
「姉さん、こういうのは大抵が直線距離だと思うよ」
「ん」
ついうっかり口をはさんでしまった。
姉さんは納得したような表情を浮かべたが、マドイさんは先ほどまでの明るい感じはどこへやら。一転して不機嫌なオーラが漂い始めた。
それでも僕と同じ考えなのか、肯定してくれた。
「やっぱりマドイさんもそう考えたんだね。言わずとも分かる。まさに以心伝心だね」
「・・・」
マドイさんの機嫌を直そうと冗談めかしてそんなことを言ったが、ジト目で見られるだけで終わってしまった。
マドイさんの機嫌は直らないまま、数字の増える方向へと歩き続ける。
僕とマドイさんの間の空気だけがどこか重い。そんな僕達からやや距離を置く姉さんとケイ。
頼む。僕達の近くに来てくれ。そして話を、なんでもいいから話題を振ってくれ!
僕の願いが届いたのか、姉さんがゆっくりと近づいてくる。助かったと思ったのもつかの間、姉さんの顔には悪い笑みが・・・。
マドイさんと肩を組んだ姉さんは僕にも聞こえるレベルの声量で耳打ちを始める。
「マドイさん。ヤマトの性癖を知ってチクチク一緒に詰らない?」
「ノオオオオオオオオオオ!!」
これは耳打ちなのか?と疑問を抱くよりも早く姉さんを離せない体にするべく飛び掛かり、杖を頭目がけて思いっきり振り下ろす。
これを姉さんは、マドイさんと肩を組んだままゆっくりと動いて躱す。
「何よ、急に奇声あげながら実の姉に殴り掛かってくるなんて。そんな子にお姉ちゃんは育てた覚えありません!!」
「原因を作ってるのは姉さんだぁぁぁぁぁぁぁ!!それに、ただの友人の性癖を暴露されてもマドイさんは迷惑なだけだ!ついでに僕の精神にも優しくない!」
「えー、あんたの精神はどうでもいいけど、マドイさんは迷惑に感じてないはずよ」
「嘘だ!!告げられた瞬間からどんな顔して話せばいいか分からないじゃないか!!」
「きっと蔑んだ目で見てくれるわよ。ヤマトにはご褒美でしょ?」
「それは一部の奇特な精神の持ち主だけで、僕は至ってノーマルだよ!」
「じゃあバラしても問題ないわね」
「問題しか見当たらないよ!!」
「聞く」
「ほら、マドイさんだって聞きたいって・・・へ?」
僕の聞き間違いだよね?マドイさんが僕なんかの性癖に興味あるはずが・・・。
「聞く」
聞き間違いじゃなかった!?でもなんで・・・ハッ!まさか、さっきからどこか不機嫌だったから、姉さんみたいにストレス発散で!?
嘘だ!!マドイさんがそんなことをするわけがない!
「じゃあちょっと耳を貸してね~」
「待てこら」
マドイさんの耳元に口を寄せる姉さんを、背後から杖で一突きして体勢を崩したところに足を払って地面に転がす。
「何をするのよ」
「それ以上余計なことを言ったら、姉さんの実態をケイに全部ばらして距離を置くように言っちゃうよ?」
ぶっちゃけもう気が付いてるとは思うけどね。
僕のその発言を聞いた姉さんは、無表情になると手を突き出してくる。
「停戦しましょう。今後この話題は出さないようにしましょう」
「・・・わかったよ」
お互い顔に笑みを貼り付けて手を握り、握手をする。
はた目から見れば仲直りしているように見えるかもしれないが、握られている手はリアルだったら相手の手がへし折れているであろう程力を込めている。
パーティーじゃなかったり、フレンドリーファイアがありだったらとっくにお互いのHPが削れ始めているであろう。
「マドイさん、さっきの話は忘れて探索の続きをしましょう」
「ん」
若干不服そうな表情が気になるけど、一応頷き探索を再開してくれた。
目の前は行き止まりである。
後ろを振り返ると今まで僕たちが歩いて来た道が続いている。さっき姉さんと仲直り(苦笑)をした所から分岐はなく、一本道であった。
そして、クエストのパーセンテージは99になっているので、目の前の壁の向こう側がイベントが発生する場所だろうけど、行き方がわからない。
「・・・この壁の向こうだよな?」
「ん」
「ぶち破ればいいんじゃない?」
「無理」
「無理だな」
「無理だよ姉さん」
「・・・」
皆して否定しなくてもいいじゃない。と言いながら壁に手を当ててショボンとしてしまった。まあ、姉さんだからすぐに立ち直るだろうから放って置いても大丈夫。
「でも、大抵こういうのって仕掛けがあるよな?」
「まあ、確かに多いよね」
「じゃあさ、叩けば開くんじゃね?」
「考え方がアレだけど、可能性としては無くはないね」
僕がうなずくと、ケイはゆっくりと壁に近づき、一度強く殴った。
すると、洞窟とは思えない重々しい機械音がしたかと思うと、ガバッと音がして開いた。
壁際に立っていたケイと姉さん、比較的壁の近くに立っていたマドイさんの足元が。
開いた穴の奥は、周囲が暗いのも合わさって奥がまったく見えなくなっている。
僕は咄嗟に、手の届きそうな位置にいたマドイさんの腕を掴む。
姉さんとケイは悲鳴を上げながら穴の中へと落ちていく。
それを僕たちは見ていることしかできなかった。
約5秒前後立つと視界の端のケイと姉さんのHPバーが、一瞬でなくなり、『プレイヤー:烏丸が力尽きました』『プレイヤー:ユイシロが力尽きました』という表示が出てきた。
マドイさんを安全な場所に引き上げると、ゆっくりと穴が閉じ、何事も無かったかのように変哲もナイ普通の地面を装っている。
僕とマドイさんは顔を合わせると、ほぼ同時に戻ることを提案。町に戻り始めた。
●●●
結果から言わせて貰おうかな、僕とマドイさんは死にました。
ぶっちゃけると、あのレベルの洞窟で後衛二人だけと言うのは無理ゲー過ぎる。
あの後蜘蛛型のMOBに襲い掛かられ、最初に僕が、その後すぐにマドイさんのHPを0にされてしまった。
ファルフラムの町から転移石経由でメタルガドの戻った僕達を待っていたのは、にこやかな笑顔で指をパキパキと鳴らすケイと、槍をクルクルと回している姉さんだった。
この後僕はログアウトする時間帯まで追い掛け回されることとなってしまった。二人とも酷くない?僕が何をしたっていうんだ!!
「ああ、そういえば言わなきゃいけないことがあったんだ」
思い出したかのようなケイの呟きが、うつ伏せで地面に転がされている僕の耳に届いた。
何でかって?決まってるじゃないか!全ての元凶は姉さんとケイだ!
てか、マドイさん助けて!!
「言わなきゃいけないこと?」
違う、そっちを拾うんじゃなくて僕のこの現状から救い出してくれ!
「ああ、さっき俺とユイシロさんは一緒に落ちただろ?」
「ん」
「そんとき地面に叩きつけられる直前に横穴から光が差し込んでんのに気が付いたんだよ。気のせいかもしれないけど、確認する価値はあるんじゃないか?」
「まあ、そうだね。それより姉さんはいつ僕の上からどいてくれるの?」
「今日はもう遅いから明日行きましょうか」
「ん。賛成」
「じゃあ今日は解散ね」
姉さんはそう言うとログアウトしていった。おかげでようやく体を起こせるよ。
ゆっくり体を起こすと、ちょうどケイがログアウトしていくのが見えた。
こうして残ったのは僕とマドイさん。最近こういうのよくあるな。偶然かな?
僕もログアウトしようとメニュー画面を弄っていると、トコトコとマドイさんが近づいてきて話しかけてきた。
「聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「ん。さっきなんで私を助けたの?」
「さっき?なんかあったっけ?姉さんに踏まれてた気しか・・・。」
「落とし穴」
ああ、やっぱりさっきの罠のやつか。追求されたくないからとぼけてみたけど、やっぱりダメだったみたいだ。
「えっと、一番近くにいたのがマドイさんで、手をつかめたのは偶然だよ」
「あの壁の魔法使えば皆助かった」
「・・・気が動転してて」
「だったら私の手もつかめなかった筈」
「咄嗟に・・・」
「だからその理由を尋ねてる。なんで私?」
実際なんでマドイさんを優先的に助けたんだろうか?
近かったから?仲がいいから?好きだから?
自分でも理由が分からないから追求されたくなかったんだけどな・・・。
「・・・冗談」
「え?何?」
「冗談。けど他にも聞きたいことが」
「もう勘弁してください」
僕が頭を下げると、不服そうな顔をしつつも、今度聞かせてもらうと言ってログアウトしていった。
それを見届けると、しばらくメタルガドの町をうろついて掘り出し物がないかを確認しながら、どうして咄嗟に助けたのがマドイさんだったのかを考え続けた。
確かに姉さんは色々酷いことをしてくるとはいえ、家族である。助ける理由は十分。
ケイは僕の数少ない友人、僕からだと親友と言っても過言ではないほど仲がいい。
マドイさんは話も合うし、一方的だけど恋愛感情も持っている。
・・・姉さんはともかく、ケイを助けることもできたはずだ。それこそマドイさんが言ったように魔法で助けられる可能性があったはず。
ログアウトした後もずっとそのことばかりを考えていて、結局碌に眠れなかった。
眠い目をこすりながらリビングに下りると、なぜか姉さんが台所に・・・何事!?あの姉さんが母さんの手伝い以外で台所に立って料理だと!?
「あら?起きたの勇人。朝食はテーブルの上にあるわよ」
「姉さんどうしたの?おなか痛いの?変なもの食べた?」
「私が朝食を作るのはそんなにおかしい?」
「うん」
「あんたが私をどうみてるか良く分かったわ。後でよく話をしましょう」
姉さん。朝からそんなに怖い顔をしてたら、あっという間に老けちゃうよ。まあ、口には出さないけどね。出した瞬間に僕の精神が酷い目にあいそうだしね。
「軽野君のために花嫁修業を始めたのよ。それに、今日は朝から母さんと父さんがいないから、代わりに朝食を作ってあげてるのよ。感謝しなさい」
ああ、なるほど。だから姉さんが作ってたのか。始めからそう言えばいいのに。
朝食が用意されているというテーブルを見ると、なぜか僕の席にはバナナが一本と、生卵、お茶碗がひっくり返されて置いてあるだけであった。
・・・へ?
「姉さん。これって・・・」
「朝食よ。あんたの」
「・・・今姉さんが作ってるのは?」
「私のに決まってるじゃない」
極上の理不尽を見た気がする。
姉さん。食べ物の恨みって怖いんだよ?その身に叩き込んであげるよ。ゲームでね!
とりあえず僕は、姉さんが調理を終えた後に、自分の分の朝食を作り直した。
簡単に作れるものだったけど、姉さんの出した生卵とバナナよりかはずっとマシであることをここで言っておく。
後片付けに洗濯掃除といつも通り押し付けられた家事をこなすと、早速ログインした。
一度暗くなった視界が明るくなるとそこは昨日ログアウトした地点。フレンドを確認するとまだ皆ログインしてないみたいなので、昨日は考え事をしていて碌に見ていなかった町を、再度探索することにした。
うん?あれは・・・。
僕はあるものが目に留まり、それに近づいて行った。
それは、金属製の筒状の棒で、先端数センチのところがL字に曲がっている。
僕にはどこからどう見ても鉄パイプにしか見えないものがショーウィンドウの中に飾られていた。
それだけなら別に近づいてまで見るものではない。ただ、珍しい武器があるなー程度で目に留めないだろう。しかし、扱っている店が問題だった。
なぜなら、その店は武器屋なんかではなく、魔具屋と書いてあり、ショーウィンドウに張ってあった説明には杖の表記がしてあったのだ。
吸い込まれるように僕はその店に入っていった。
「ほれ、俺の言ったとおりだったろ」
そう言ってケイが指し示す先には奥に続く横穴と、その置くから揺れるたいまつらしき光。
うん。確かに昨日ケイが言ったとおり道が続いてるね。
僕達は今礼の落とし穴の所にいる。
ここまで来るのは大変だった。
だって、最初は転がっていた石を思いっきり壁に叩きつける事で安全に罠を作動させようとしたんだけど、どうやら上に誰か乗っていないと作動しないようで、念のために買っておいたロープが大活躍した。
ロープを伝って下まで降りると、横穴があることが分かったのだ。
「そうだね。じゃあ慎重に進もうか」
「慎重に行く意味あるのかしら?」
「ユイシロさん。こういうのって大抵二重三重の罠があるもんなんだぜ。だから慎重に行かないと全滅してしまうかもしれないんだ」
「それならゆっくり慎重に行きましょうか。烏丸くん無茶はしないでね」
「僕は、罠の察知、解除に無茶もクソもないと思うんだ」
「ヤマトは少し黙ってなさい」
しばらく姉さんと言い争いになったけど、マドイさんの仲裁で程なく収束した。
ケイを先頭に、次に僕、マドイさん、姉さんの順番で昔のRPGよろしくと言った感じで一列になって光が揺れている方へと進む。
だが、拍子抜けすることに罠は設置されておらず、あっさりと小部屋に到着した。
小部屋にははしごがかかっていて、このまま上に上れるようになっている。
ここでも同じ順番ではしごを登っていく。
ここにはいくつか罠があったみたいで、時折ケイの動きが止まっていた。
はしごを上りきると、そこには巨大な空間が広がっていて、ドワーフだろうか。小さい人影が忙しそうに走り回っている。
あれは一体なんだろうか・・・。




