防衛五十三回目
「勇人。歯を食いしばりなさい」
そう笑顔で言った姉さんのこぶしが僕の頬に突き刺さる。
僕は頬に生まれた痛みの熱を感じながら弧を描いて自分の部屋のベッドの上へと落下して痛みに呻く
「なんで僕は姉さんに殴られなきゃいけないのかな?」
あの後町で情報収集をしていると夕食の時間になってしまったので一度ログアウトしたんだけど、ベッドから立ち上がるとほぼ同時にノックもせずに部屋に入ってきた姉さんに殴られた。
殴られた理由がいまいち分からないけど、姉さんのことだ、どうせゲーム内のことを引きずっているのだろう。イライラしていたから多分それが理由だと思う。まあ、実際のところは分からないんだけどね。
「決まってるじゃない。ムシャクシャしたからよ」
「風紀委員長様がそんなんでいいのかな?」
「風紀委員長である前に一人の人間よ。ストレス発散も必要よ」
「それで人を殴るのは犯罪じゃないかな?」
「大丈夫。私がこんなことするのは勇人だけだから」
・・・その言葉は身内以外の女の子から言われたい。
「そんなことより、晩御飯よ。早く来なかったら勇人の分は無いものと思いなさい」
「ねえ、理不尽すぎない?」
「ゲーム内ではあんたのほうが理不尽の塊なんだからいいでしょ」
「僕は弱いんですが・・・」
「何?弱いあんたに負けた私は雑魚だとでも?」
「PvPならね」
「どうやらもう一度殴られたいようね」
そう言って指をパキポキと鳴らし始める姉さんに、僕は暴力には屈しないとは言い放ったが、その返答が
「そう。じゃああんたの性癖をマドイさんにばらすわね」
脅迫って酷く理不尽だよね。
「本当に止めて下さい」
僕はプライドを投げ捨てて土下座をした。
「うん。満足したから顔を上げていいわよ」
もう泣いてもいいよね。
僕は心の中で静かに泣きながら、心なしか少し塩気の強い晩御飯を食べていた。
しょっぱいなー・・・。
●●●
「よし、それじゃあさっさとクエスト終わらせちまおうぜ」
「そんなに長くなるクエストとは思えないんだけどな」
「他にも行方不明者がいる」
「町の人もそんなこと言ってたね。やっぱりこれってイベントだよね」
「受けた時にイベントクエストって書いてあったじゃない。あんたの目は節穴なの?・・・ごめんなさい」
「僕の目は節穴じゃない!それとなんで謝るのさ!そのタイミングだと悪意を感じるよ!」
姉さんはいちいち人に悪口を言わなきゃ話が進められないのか!こんなのが風紀委員長でうちの学校は本当に大丈夫なの!風紀委員長の座からだれか引きずりおろしてくれたほうがもっとよくなるんじゃないの!」
「・・・へえ、いい度胸してるわねヤマト」
「・・・へ?」
「私を引きずりおろした方がいいか~、なるほどね、じゃあ風紀委員長権限でヤマトを一週間停学にしちゃおうかな♪」
え?なんで僕の考えていたことが・・・。
「ヤマト君。声に出てた」
「あ、停学期間中は大量の課題をやってもらおうかな?なんたって学校を休むんだからね。その分の授業の遅れはちゃんと補わなきゃ。弟が学校の授業に遅れないように配慮する。うん、姉の鏡だわ私」
最近姉さんの戯言が酷くなってる気がするんだよね。夏休み前まではケイに関して以外は、まだまともな発言をしていたはずなのに・・・。
このゲームを始めてから酷くなってきたんだよね。
気のせいかな?
「それはやりすぎ」
「マドイさん、やりすぎではないわよ。ヤマトは昔からすぐに調子に乗るの。この意味分かるわね?」
「待った姉さん。何時僕が調子に乗った!?」
「今だって乗りに乗ってるじゃない。私に勝ったとかで」
「それに関しては既に制裁を受けた気がするんだけど!マドイさん、僕調子に乗ってないよね?」
僕はそう言いながらマドイさんに視線を向けた。
そこには首を一回傾げたあと、ゆっくりと縦に顔を動かすマドイさんの姿が・・・。
メッチャ可愛い!!
じゃなくて、
「僕は調子には乗ってない!・・・はずだよ」
「今は乗ってない。でも、調子に乗りやすいのも事実」
「うぐっ」
「フラグをすぐに回収する腕も素晴らしい」
「ぐふっ」
「いろんな意味で好感が持てる」
・・・マドイさんってサラッと酷いこと言ってくるんだよね・・・でも大抵が的を得てるから反論もしようがない。
「マドイさん、実は俺もフラグを「そろそろ行こうか」・・・」
ケイ、哀れだな。
落ち込むケイの肩を軽く叩き、町の外に出るべく動き始めた。
外、とは言ったものの、このメタルガドの町は全ての出入りできる場所が洞窟と繋がっているため、洞窟探索となっている。
探索に出た僕達は、運悪くメタルガドの向かうときに追い掛け回された狼型のMOBと遭遇してしまい、戦闘を余儀なくされてしまった。
このまま戦っても囲まれてやられてしまうため、ゆっくりと逃げながらこっちに都合のいい場所を探して移動した結果、一度道幅が狭まり、広くなる地形を発見することができた。
今はそこで敵の迎撃をしているというわけである。
「この、いい加減にしつこいのよ!」
姉さんの突きだした槍が、狼型のMOBの喉元を貫いてHPを0にする。
消滅していく仲間の影から飛び出してきた狼を、同じく姉さんの影から飛び出したケイが切り裂き、蹴り飛ばして距離を無理やり開いて体制を立て直す。
MOBも体勢を立て直そうとしたが、マドイさんの正確に射られる矢と、僕の魔法でそれを妨害していく。
「敵は大分減ってきたみたいだが?」
「このままいけるかな?移動してるときにMP消費しすぎてそろそろ無くなっちゃいそうなんだ」
「ペース配分を考えないからだ!!」
「ホイホイ敵に向かって突っ込んだ奴の援護で無くなったんだよ!」
ケイは買ったばかりの剣の性能を試したかったのか、場所を移すと言っているのに襲い掛かってくるMOBに切り込んでいっていた。
そのたびに僕は狼との間に壁を張り、姉さんがケイを回収するハメになった。
まあ、姉さんは嬉しそうだったけど。
あんまり前に突撃するもんだからマドイさんからのケイ捕縛指令が下り、姉さんの耳元で一言、ケイをお姫様抱っこで運んであげて、と言ったら嬉々としてケイを抱き上げて全力疾走し始めた。その速度たるや全力で走っている、手に獲物しか持ってない僕達の前を走り続けることができたほどである。
それを見たとき、僕はここが本当にゲームの世界か疑問を抱いてしまうほどだ。
普通人を担いだのなら、ステータス的な問題で速度が遅くなることはあっても早くなることは決してない。
それなのに上がった速度。普段無表情のマドイさんもポカンとした表情をしていたのは印象に残った。
そんな表情も可愛らしかったので、そのままの勢いで心のキャンパスに焼き付け、永久保存する。
と、MPのなくなりそうになった理由を考えていると、姉さんの振るった槍が2体の狼のHPを無くし、消滅させていく。
「これであと5体!烏丸君!今度は打って出るからサポートよろしくね」
「え?逆じゃ」
「それじゃあよろしく」
僕の中で話を聞かないことに定評が出来始めた姉さんが、ケイの言葉すら無視してMOBへと槍を携えて突貫していく。
ケイはそれに舌打ちを一つしながらも追いかけ、姉さんを追い抜いて最初に群れに一撃を加えてかく乱する。
「やああぁぁぁぁ!!」
姉さんの掛け声のタイミングでケイは素早く離脱し、開いたスペースに姉さんが飛び込み、勢いそのままにケイが最初に切り付けた狼に走った勢いと体重を籠めた一突きを放ち、流れるように引き抜き、別の狼に突きこみ、刺さった状態のまま鈍器として思いっきり振り回す。
巻き込まれた狼は鳴き声を上げながら壁に叩きつけられ、その中の1体と、まだ姉さんの槍に刺さったままの個体が光を放ちながら消滅していく。
「これで残り3体」
「いい加減俺も前で暴れたい!」
「烏丸君は投擲で援護ね」
「え?ユイシロさん?」
「ムシャクシャしてるからストレス発散したい気分なの」
「・・・はい」
姉さんの凄味のある横顔を見たケイは、そのままおとなしく、震えながら引き下がった。よっぽど怖かったんだね、僕もイラついてる姉さんにそんな顔で睨まれることがあるからよくわかるよ・・・。
僕に負けたことにまだ怒ってるのかな?
実際に姉さんのストレスは高かったみたいで、ケイが援護することもなく一人で次々と狼を倒していく。
その殲滅速度たるやさっきまで僕たち全員で戦っていた時よりも早いんじゃないかってぐらいだ。大暴れである。
全部倒して、清々しい顔で戻ってきた姉さんは、攻撃だけに集中していたみたいでそれなりに攻撃をもらっていた。だからなのか、表示されているHPバーは真っ赤に染まっていた。
「ユイシロさん。もうちょっと自分のHPの管理をした方がいい」
「マドイさん、これはゲーム。プレイの仕方は人それぞれよ」
「パーティーに迷惑がかかる」
「・・・確かに烏丸君に迷惑をかけるのは・・・むしろ迷惑をかけられたい!!」
両手を頬に当てて、体をクネクネト動かし始める姉さんを見て、僕とケイは軽く引いてしまった。
幸い姉さんはケイに引かれていることに気がついていない。気づかれる前にケイの横腹を肘で突き、普段の状態に戻す。
しかし、姉さんのアレなところがどんどん露見してきているので、ケイと姉さんが付き合うことができる確立はもうほとんどないと言っても過言ではないと僕は思う。
「・・・とりあえず分かってくれた?」
「はあ、正直暴れたり無いけど分かったわ、まだ残ってるストレスはリアルでヤマトに八つ当たりでもするわ」
「え?僕?」
やだ、僕リアルに帰りたくなくなっちゃった。
「それはダメ」
「ま、マドイさん」
そんな、僕のことをそんなに心配してくれて・・・。
「怪我されたらこのゲームをするのに支障が出るかもしれない」
「・・・」
「じゃあ、支障が出ない程度に痛めつけるのは問題ないのね」
「マドイさん!姉さんを止めて!」
「そこは家族の問題」
マドイさん。止めるんだったらちゃんと止めてよ。僕の肉体は守られたかもしれないけど、精神の方が大ダメージ与えられること確定だよこれ。
「おい、しゃべってないで探索を再開するぞ」
「分かったわ烏丸君」
どうやって僕の精神を攻めるかをブツブツと呟きながら考えていた姉さんは、少しイラついたケイの声を聞いた瞬間に、晴れやかな顔で返事をしてその後を付いていく。
頼むケイ。姉さんを貰ってやってください。そして僕から距離を置くように仕向けてください
この僕の考えよ、ケイに届いてくれ。そんな思いを籠めて両手の平を向けていると、何かを感じ取ったのかブルッと一回大きく震えたケイは周囲をキョロキョロと見る。
「どうしたの烏丸君。ハッ、まさか風邪!?すぐに看病に行くから待っててね」
「いや、風邪じゃないです!だから来なくても大丈夫です!」
「でも今一瞬震えた上に、そんなに顔が真っ青じゃない!」
顔を真っ青に染め、姉さんが自分の家に来ることを必死で阻止しているケイだが、その顔色は完全に逆効果だね。きっと顔を青く染めている理由は姉さんの言動のせいだろうに。本人はそのことに気がつかないでケイの家に行こうとあれこれ言っている。
これってストーカー・ヤンデレ予備軍なんじゃ・・・。
僕はとりあえず恐ろしい未来を考えることを止めた。
「そういえばこれって所定のポイントに行けばいいの?それとも散策クエストなの?一応進捗状況がパーセントで表示されてるけど」
「散策じゃないの?」
「だってさ、さっき戦闘の場所移してるときに気がついたんだけどさ、移動中に一回だけだけど、順調に増えてた数字が減ったんだよね」
「どういうことかしら?」
「そもそも俺は散策クエストのシステムを知らないから分からんのだが・・・」
「そこは後で説明するよ。それで、マドイさんはどう思う?」
「・・・」
マドイさんに振ると、首をゆっくりと傾けながら考え始める。
しばらくすると、何かを思いついたのか通路の端に移動してクエスト画面を開き、何かを確認すると。、反対側へと歩いていって、もう一度クエスト画面を開いた。
それを何度か繰り返すと、納得のいく結論が出たのか心なしか表情が明るい気がする。
「何か分かったのかしら?」
「さあ、俺にはわからないな」
隣りで話している二人の会話に耳を傾けながら、マドイさんの行動が納得のいく推測がどういうものなのかを言っている気がする。
あれ?もしかして・・・。
「なら、本人に聞きましょう。マドイさん。何か分かったの?」
疑問が解消されて満足しているマドイさんに、まだ分からない姉さんが尋ねると、普段よりもどこか明るい声で説明を始めた。
「ん。この表示は目標地点との距離をパーセント表示にした物。数字が多くなればなるほど目標地点に近づいてる」




