防衛四十三回目
わき目も振らずに、全力疾走。
ワタクシ、ウェイルズは今全力で走っております。
理由?ははは、木こり小屋の人間を全力でぶん殴りたい。これで状況が伝わってくれることを祈る。
伝わる分けない?しょうがない、少しだけ後ろを振り返ってみよう。
背後には何もいないはずなのに、重々しい足音と、草葉が転々と潰されてながら俺を追跡してくる。
木漏れ日を浴びるたびに、深い緑色の毛皮をした熊のようなものが見えるが、すぐに木陰に入ってしまうため、詳しくは確認できない。
だが、俺の頭には戦ったことのある森熊の姿で補完している。
足音は明らかに1体分ではない。
そこまで詳しく聞き分けなくても、最低4体はいるのは分かる。だが、もしかしたらそれ以上いるかもしれないという考えが、俺の足を全力で前へ前へと進ませている。
その点私はどうでしょう。
今は肩に傷を負い全力を出せない。先ほど回復薬を飲んだためHPは回復しているが、おそらく全力を出せるようになるまでもう少しかかるだろう。
その上、今手元に剣は握られていない。
今俺が森熊に追われているのも、全力を出せる体調ではないのも、全て木こり小屋のクソ兄弟がいけない。
●
「君は自警団かな?他の人はすぐに着くんだよね?」
「いや、俺だけだ」
「ごめん、もう一回いいかな?」
「よく聞こえなかった。もう一回いいかな?」
「だから、今回の人員は俺だけだ」
そう聞き返してきたのは、この木こり小屋で、周囲の木の管理と伐採等を行っている二人の兄弟。
兄の方がベル。弟の方がグラ。
二人とも木陰にずっといるからだろう真っ白な肌をしていて、手入れをしていないのか、豊かなヒゲ面に、髪もボサボサと、少し不健康な感じになっている。
そんな二人が俺を責め立てるように声を荒げる。
「なんで一人だけなんだよ!奴等に殺されろって事かよ!それが町長の考えか?ええ?」
「そうだそうだ、奴等に殺されちまう!」
「いや、俺だけでいいと判断されたからだろ?」
「そんな貧弱な体型で」
「お前が俺たちより強いわけが無い!!」
「とっとと帰って自警団の奴等呼んで来い!!」
あ、一気にめんどくさくなってきた。
「別にどう考えてもいいが、俺が依頼を受けた。という事実に変わりは無い」
「兄貴。どうせ奴等に殺されるのが落ちなんだ。また依頼を出せばいいだけだろ?」
「それもそうだな。じゃあ、俺たちと手合わせしないか?俺たちが勝ったらお前には死んでもらう。そうすればもう一度依頼を出せるからな。変わりに、負けたらそちらの要望には出来る範囲で答えよう。ああ、すまない君には荷が重いことかな?ハッハッハ。すまなかったな」
・・・確かに何も知らない人間が見たら、こういう態度になるのも納得は出来る。
実際に俺も同じような状態になったら、挑発はしなくても同様の反応をするだろう。
しかし、依頼に応じてきたのに、こんな扱いをされるとムカッ腹が立つのも確か。
「いいだろう。そのつまらない挑発に乗ってやるよ。痛い目見やがれ!!」
●
剣を構える。
相対するのは木こり兄弟の二人組み。
兄の方が短弓に矢を番えて、弟の方が大剣と見間違うばかりの大きな鉈を構える。
「さあ、どこからでもかかってくるといい」
「僕らの勝利は揺るがない」
ゆっくりと剣を抜いて構えると、どう攻撃を加えるかを考える。
全力を出したらこの前のダグロのように殺してしまうかもしれない。あの時はダグロが冒険者な上、決闘だったから問題は無かったが、今回は殺してしまうと問題しか見当たらなくなってしまう。
「兄貴、援護よろしく。こっちから行くぜ!!」
「おう、任せろ!」
弟が鉈を振りかぶって迫ってくる。
「隙まみれじゃねえか!」
がら空きの胴体に攻撃を叩き込もうとするが、いつの間に移動したのだろう。兄が持つ短弓から放たれた矢が、弟の脇ギリギリのところを通過して飛んでくる。
反射的に矢を弾くと、グラが勝利の笑みを浮かべながら鉈を振り下ろしてくる。
今までこいつ等が戦ってきた相手は、これで十分に倒せたのだろう。確かに、矢が飛んでくるタイミングが絶妙である。
鉈を優先して捌けば矢に対して無防備になる。矢を捌こうとすれば鉈の一撃でやられる。
割とよくある連携だ。だが、実に効率的。
・・・敵が複数の時はどうしてたんだろうな。
矢を弾いた剣を翻し、振り下ろされる鉈を防いで鍔迫り合いに持ち込む。
グラの目が驚きで大きく見開かれるが、俺には関係ない話。
強引に剣を跳ね上げて、両者ともに胴体ががら空きの体勢にすると、グラの腹に蹴りを打ち込む。
グラが倒れこむことで開いた空間に矢を放たれていた。
がら空きになっている俺の胴体を狙った物だ。
グラを蹴った反動を利用して、体を限界まで逸らして矢を回避。そのまま勢いに乗って手を地面につき、跳ね起きる。
お互い得物を構え、仕切りなおす。
おそらくだが、単体の強さはダグロの方が強いと思うが、この兄弟とダグロたちのコンビが戦ったとしたら、負けるのはダグロたちであろうことは分かる。
連携があの二人とは段違いに上手い。
「兄貴、コイツ意外と強い」
「そうだな。だが、我々兄弟の連携から逃れられると思うなよ!」
「そうかい。じゃあとっとと続きをしますか!」
そう言って、次は俺のほうから仕掛ける。
●
苦し紛れに繰り出された鉈が、俺の肩口を切り裂き、どこかに隠し持っていたのか、ベルが投擲した短剣が、俺の握力が低下した一瞬を狙い、剣を弾き飛ばす。
苦しそうな顔をしつつ、笑みを浮かべたグラの頭を掴むと、地面に引き倒してベルがいるほうへと蹴り飛ばす。
無慈悲にも、ベルは飛んできたグラを、下から救い上げるように後方へと投げる。
その隙にベルへと肉薄すると、側頭部めがけて回し蹴りをぶち込む。
ベルは弓を取り落としながらも、自分から後ろに飛ぶことで衝撃を緩和していた。その際、右手でガードをしてダメージを減らすことも忘れていなかった。
その間に、投げられていたグラが復活。鉈を横なぎに振るってくる。
それをしゃがみ込むことでかわすと、左手でグラの足を払って転倒させる。倒れこんだグラを、両手で自分の頭上へと放り投げる。少し力を入れすぎたため、予想よりも高く飛んで行ってしまった。
これでグラの方は戦闘不能かな?
「残りはお前だけだな」
「無茶苦茶する奴め。弟が死んだらどうする気だ!」
「あ~、ダイジョブダイジョブ。きっと死んでないよ」
うん。その辺考えてなかったな。次はもう少しうまくやろう。意識の外で、何かが落ちた音がしたが、気にしないようにしよう。何か固い棒のようなものが折れる音がしたが、何も聞いていない。聞いていないって言ったら聞いてないんだ!!
「・・・よっしゃ、続き行くぞ!」
「いや、俺の弟がお前の背後で痙攣してるんだが・・・」
「じゃあさっさと決着つけようじゃねえか!」
「お前メチャクチャだよチクショウ!!やってやんよ!」
そうヤケクソ気味に叫んだベルは、懐から一本の短剣を取り出した。
その短剣は不思議なことに、刃の構造がのこぎりと同じ物となっている。
対して、俺は素手。直接刃を掴むわけにもいかないので、回避を前提とした戦闘になりそうだ。
先手を打ってきたのベルからだ、接近と同時に咽元を狙って短剣を突き出して来たのを、顔を逸らしながら短剣を持っている手に、下から上に掌底を当てておく。
逸らした顔に、跳びあがってきたベルの膝蹴りが直撃した。
意識を手放すことは無く、HPの減りも目に見えるほどのものではなかったが、蹴られた衝撃でそのまま背中から地面に倒れこむ。
顔めがけて、体重を乗せた踏みつけが来るが、横に転がることで躱す。
「くそ、ちょこまかと。図体のデカいやつが何でそんな動きできるんだよ!」
何やら言っているが、ベルの追撃を躱すのに集中しているので、取り合っている暇はない。
斜めに振られた短剣を、余裕をもって避けると、振りぬいた後の手を、足で抑えて攻撃ができないようにする。
攻撃手段を封じたベルを、俺は躊躇することなくベルの顔面を殴った。
しかし、片足を上げたままだと思った以上に威力がでず、ベルは2,3歩後退するだけに留まった。
そこに追撃で、体重を十分に乗せた一撃を打ち込む。
顔に当たる寸前に拳を止める。
「続けるか?」
「わかったわかった。降参だ。俺の負け」
「そうか。俺としてはもう少し続けたかったんだがな」
「勘弁してくれ!!」
心にもないことを呟き、ベルの悲鳴のような声があたりに響き渡った。
●
「アンタが俺たち兄弟に勝っちまうほど強ければ、少しぐらいあいつらが群れてたって絶対勝てるってもんよ」
「そうだよな兄貴!」
「いや、それは分かったから、剣を回収させてくれ」
「まあまあ、これから昼なんだ。お前も食っていけ」
「俺たちは歓迎するぜ」
「だから剣を回収させろ!どこに落ちたか分からなくなったらどうする気だテメエら!!」
先ほどグラが目覚めてからこの調子である。
黙って武器を拾いに行こうとすると、兄弟のどちらかがすがり付いてでも阻止してくるのだ。
何かあると勘ぐりたくなる。
「お前ら俺が剣を回収したら困ることでもあるのか?」
俺が二人の様子を観察しながらそう問うと、
「そんなことあるわけ無いじゃないですか~」
ベルはへらへらと笑いながら否定してくる。
「そ、そうすっよ。まさか俺たちが、あわよくば回収して使ってやろうなんて考えるわけ無いでしょ」
・・・グラの発言は完全にアウト。黒だなこりゃ。
「おいバカ、これじゃあ筒抜けじゃねえか!」
「え?兄貴、俺なんかミスった?」
俺は二人の肩をやさしく叩く。
大げさに反応して振り返る二人に、俺は笑み――本人は優しげな笑みのつもり――を浮かべて、
「詳しく教えてくれるかな?」
と、問うと、二人は涙を流し、化け物と遭遇したかのような顔で詳しく話してくれた。
「へえ、なるほど、君たちの使っている武器の耐久が、もう殆どないから、代わりに俺のを奪おうってことだったと」
「はい・・・そうです」
「俺たちは町に行く機会なんてまるで無いから、修復方法がないんだよ。だから俺たちは悪くない!!」
グラ、手前は俺の怒りの炎に油を注いだ!絶対に許さん!!
グラに制裁を加えるために、自分の剣を拾いに行く。
もちろん、勝手に動いたら草の葉をかき分けてでも見つけ出して、予定している制裁の十倍は火力を上げたものを叩き込むと脅してあるので、動く気配はない。
しばらく探していると、地面に刃の三分の一程が刺さっている剣を発見することができた。
剣を見つけたことで少し気の緩んだ俺の耳に、何かの唸り声が聞こえてきた。
それと同時に、後ろで待機していたはずの兄弟が動き始める。
唸り声のことを頭の端に追いやり、反射的に振り返ると、一目散に俺とは反対方向に駆けているベルとグラの姿。
動くな。の指示を破った二人を追いかけようと一歩踏み出すと、髪の毛を数本巻き込みながら、つい一瞬前まで俺の頭があった位置を何かが通り過ぎ、すぐ脇にあった木を大きく抉る。
嫌な予感しかしない。
背後にある剣を抜いて反撃に出れるかを考えると、敵の数にもよるが、2体以上だったら絶対に倒しきる前に手痛い反撃を受けることが考えられる。
素早く考えをまとめると、後ろを振り向かずに走る。
背後で響く破砕音と共に、獣の雄叫びが複数。
こうして冒頭の状況に追い込まれていると言うわけである。
ベルとグラ?知らないよ。
あの後どこに行ったのかまったく分からないんだからさ。
大きく円軌道を描きながら、元の位置に戻るように逃げていると、最初は数匹だった森熊が、どんどん集まってきて、ついには十数匹の集団となってしまっている。
手ごろな餌と認識されたみたいだな・・・。
しかしな・・・。
「なんで速度が上がってんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
「ガァァァァ!!」
アレですか?森の中は私の庭です。だからお前ごとが逃げられるわけ無いだろ!って事なんすか!?
もう円軌道もクソも無くガムシャラに走っているため、もう自分がどこを走っているか分からなくなってきている。
木の根に足を取られないように走っているからか、どうしても速度は落ちる。
そして、とうとう捉えられてしまう。
突然回転する視界。
回転する視界の端に、木こり小屋のような物を捉える。
一縷の望みをかけて、空中で体勢を整えると、着地と同時にそちらに向けて走る。
走った先には、ベルとグラの木こり小屋があった。
小屋の前で俺の剣を抱えて喜んでいるクソ野郎共がいるが、俺が接近していることに気がつくと、顔を引きつらせ、さらに俺の後ろに森熊がいることに気がつくと、顔を蒼白にした。
「その剣を返せ!!」
「「りょ、了解しましたボス!!」」
なにやらふざけたテンションに鳴っているみたいだが、ちゃんと剣を投げてよこした。
飛んでくる剣の柄をつかむと、足の裏で地面を滑りながら振り返る。
そこには20体ほどに増えている森熊。
「よし、ここからは俺のターンだ」




