防衛十三回目
俺はろくに眠れなかった寝不足の頭を抑えながら、夜明けを確認すると、装備を整え、ヘイストリムの町へ行くことを決めた。
壊滅状況になっても、もしかしたら誰か生き残っているかもしれない。という、淡い期待にしがみ付きながら準備をしていた。
町長は昨日届けられた情報の整理や、統合。町民が混乱しないように、情報操作をするために一晩中走り続けていたため、今はぐっすりと寝ている。
町長を起こさないように町長宅を出ると、地図を購入して、ヘイストリムへと走り出した。道中何体かのモンスターと遭遇したが、走る速度を落とさずに、すれ違いざまに切り伏せていく。こんな雑魚に時間を食っている暇はない。
しばらく走ると、さすがに疲れてきたため、速度を落とし、普通にゆっくりと歩くことにした。
ゆっくり歩こうが走ろうが、モンスターに補足されたら戦闘になってしまう。
さっき走っていたときよりかは、落ち着いて相手をして、確実に屠っていく。やはり走りながらだと、確殺できないから、後ろから襲われるかもしれないと思うと不安になる。
そのまま歩いていくと、日が高く昇ったあたりで、一軒の小屋を発見した。近くに畑があることから、何かを栽培していることだけは分かる、だとすると、住人がいるということになる。
俺は、その小屋に立ち寄ることにした。もしかしたら、何か情報を持っているかもしれない。
しかし、小屋の扉をノックしても反応がない。怪訝に思って扉の取っ手に力を少し加えると、抵抗もなく開く。家主は出ているのかと思いながら扉を開くと、中には俺のほうに矢を構えた少女がおり、今にも矢を放ちそうな険しい表情でこちらを見ていたが、入ってきたのが俺だとわかると、安心したような、しかし、何でこんなところにいるのかと、問いたげな顔をしている。
「ウェイルズさんでしたよね。なんでこんなところにいるんですか?」
結局聞いてきた。まあ、ごまかす必要も感じないから素直に答えることにした。
「町が滅んだって聞いてな、知り合いが住んでたから、ちょっと探し…に……!?」
会話しながら小屋をざっと見回していたが、足元に二人の人間が転がっている。
片方は生気の抜けた、人形のような顔で、目を閉じて倒れている。冒険者が町の外で送還されているときは、こんな感じになる。
そしてもう一人は、どこからどう見ても小さな女の子にしか見えなくて、中々出回っていない装備の、ホットパンツを履いている。
しかも、大の字で寝ていて、女性とは思えないほどの、豪快ないびきを掻いている。
「どうしましたか?」
「・・・・・」
俺は寝ている少女、ササのところへ歩いていき、その頭を足で小突いた。
もちろんそんなことしたら、ササは怒り狂いながら起きるだろう。それが普段の行動だ。逆にここで普段通りの反応を見せなければ、何かしら精神的に負担があることになる。
「おらの客人になにしとっか。この悪人め、成敗しちゃるぅぅぅ!!」
反応は確かにあった。しかし、それはササではなく、この小屋の元々の持ち主と思しき人間が、聞きなれない口調と共に、上段に振りかぶった手斧を振り下ろしてくる。
あまりに予想外の反応だったため、回避が遅れてしまい、俺の鼻先を斧が掠めていく。そのまま体勢を崩して尻餅を着いてしまう。
「なんでおらが抑えられなきゃいかんか!?」
「その人安全。敵じゃない」
弓を構えていた少女が、再び斧を振り下ろそうとしている男を必死に押しとどめている。そこに、人形のようになっている冒険者に、光が集まり一際強く輝くと、冒険者の少年が起き上がる。
「マドイさんお待た…せ?」
目の前のなにやら分からないやり取りに、目を白黒させている。
「なにこれ、どういう状況?」
「抑えるの手伝って」
「あ、うん」
おっさんを抑えるために、少年が戸惑いながらも近づいていく。おっさんは何やら抑えられながら、やはりお前たちはおらの敵だったべかぁぁぁぁ!!なんて叫びながら暴れている。必死に少女が説得しているが、聞く耳を持たない。起き上がったササも、鉄槌を振り上げ、迷いなく俺を追い掛け回す。
さて、この状況どうしようか…。
「って言うこたぁ、そこの金髪のあんちゃんは、嬢ちゃんの知り合いってことかい」
ようやく説得に成功したのか、先ほどよりも落ち着いた感じの、小屋の主のおっさんがそう聞いてくる。
「そうだよ。まったく、いきなり襲いかかってきやがって」
「スマンスマン。嬢ちゃんを蹴ってん、つい外敵かと思いこんでしまっちょった」
「分かりにくいから普通に話してくれないか?」
「なにおう、こっちはキャラづくりに必死なんねん」
「こっちからもお願いする」
「で?どうして嬢ちゃんたちの知り合いさんが、こんなところにいるんだ?」
…変わり身早すぎるだろ。銀髪の少女が、一言言った瞬間にこの掌の返し具合。たぶん女に弱いんだろうなぁ。
「ああ、ササのいた町が滅ぼされたと聞いてな。それで安否の確認だ」
「なんだ?私のこと心配してたのか?」
ニヤニヤしながら俺に問いかけてくるササ。なんでこんなニヤニヤしてるんだ?
「当たり前だろ。誰が俺の装備のメンテナンスしてくれるんだよ」
なんか俺とササ以外の三人が、こいつやっちゃったよみたいな雰囲気を出しながら俺を見てくる。なんだよ。俺が何をしたというんだ。
そういえば。俺の回答を聞いて、最初の方は満面の。見た目通りの年齢の笑みを浮かべていたが、後半にいくにつれて、だんだんと不機嫌そうな表情に変わっていったような。
「なんだ?じゃあ、お前はその装備がなきゃ、私のことは心配しなかったと言いたいのか?」
口をとがらせながら、そんなことを不機嫌そうな調子の声で聞いてくる。
「なんで不機嫌になってるんだよ。心配しないわけないだろ。知り合いが滅んだ町にいたら心配するに決まってるだろ」
「…ハァ。まあ、及第点かな。三人とも町までの護衛よろしくな。鉄系の装備のメンテナンスを格安でやってやるよ」
別にそれぐらいはかまわないので、適当にOKと言っておく。しかし、なんで俺はため息を吐かれたのかが分からない。
「そういえば、お前ら二人がササを助けてくれたのか?」
俺はこの場にいる、赤髪の少年と、銀髪の少女にそう問いかける。こいつらは一昨日に散々関わった奴らだ。なんで助けることができたのかは、分からないが、とりあえずお礼をしておくことにしよう。
「何か欲しい物があったら遠慮なく言え。手持ちにあったらやるよ」
二人はピクンと、急に何かが目の前に出てきたかのような反応をすると、二人で何やらコッソリと相談を始めた。しばらく見ていると、相談に決着が付いたのか、少女の方が出てきて、「欲しい物が決まりました」と言ってきた。ようやく決まったみたいだ。要望の品が手元になかったらどうしよう。まあ、取りに行けばいいだけなんだろうけどよ。
「【精霊樹の苗木】って持ってます?」
精霊樹の苗木と来たか。一応手元にあるが、これは、一つ前のリセットが行われる前に手に入れたものだから、ササがどんな反応するか分からない。さて…。
「ああ、コイツはまだウッドロック行ってないから、持ってねえはずだぜ」
「なんでそんな情報知ってるんですか?」
「そりゃあ、たまに情報交換してたからな」
うん。一方的に連絡をよこして、知りたい情報を聞き出し、向こうからは近況を少し知らされるだけのものを情報交換と言ってもいいのだろうか?
「なんでウェイルズさんはそんなに複雑そうな表情しているんですか?」
「気にするな。これは、お前が知らなくてもいい情報だ」
「そ、そうですか」
無事赤髪は引き下がった。これでさらに追求されたらどうしようかと思っていたよ。
「持っていないならしょうがないですね」
少女の方が少々残念そうな表情をしながらも、引き下がった。そんな表情をされると、こっちが困る。
…しょうがないか。それに、俺の知り合い兼、専属鍛冶師を救ってくれた礼だと思えばいいか。
「じゃあ、代わりに「あるぞ」え?」
「えっと、なにがでしょうか?」
「だから、お前らの欲しがってる【精霊樹の苗木】を持ってるって言ったんだよ。まあ、渡せるのは一つだけだがな」
少女の表情が、見る見るうちに明るくなっていく。赤髪の方も少し安堵したような表情をしている。
俺はアイテムの中から精霊樹の苗木を選択すると、それを実体化させ、少女に手渡す。少女はそれをしまいこむと、赤髪と一緒に頭を下げてくる。
「お前らが頭を下げる必要性はねえよ。こっちは俺の大事な知り合いを助けてもらってるんだからな」
「おいこのバカ。こういった誠意は受け取っておくもんだよ」
「お前が頭を下げるべきじゃないのか?そもそもお前は住んでた町が滅ぼされて大丈夫なのかよ」
俺はもっとも意見をぶつける。すると、頭を上げた二人が、ササを少し心配そうに見る。
「大丈夫だよ。薄情かもしれないが、あの町にいたのは、目的のための通過地点に過ぎないんだ。まあ、店が潰されたのは、本当に痛かったけどな」
ササはふてぶてしい雰囲気を出しながらも、表情のほうは虚勢を張っているのがバレバレである。
俺は二人を手招きで近くに来るように指示すると、
「おい、昨日からあんな感じなのか?」
「えっと、見た感じは虚勢張っているのバレバレなんですけどね」
「そうだよな」
「あれは情けない姿を見せられないって言って、泣くのを我慢している」
「なんでマドイさんは分かるの?」
「ヤマト君がログインする前に、本人から聞いた」
少女の方がしっかりと聞いていたみたいだ。ハァ、しょうがないな。
「ちょいそこの二人、一晩泊めてくれたお礼に、外の畑の世話を手伝ったらどうだ?」
俺が提案すると、少女の方が何か感じ取ったのか、赤髪と小屋の主を連れて出て行く。
これで今小屋の中には、俺とササの二人だけだ。
「おいウェイルズ、なんで人払いをした?何する気だよ」
「ああ?俺はウェイルズじゃねえよ。今だけはただの置物だよ」
「お前何言ってんだ?レベル上がりすぎて、頭のおかしさレベルまで上がったのか?」
「ちげえよ。ただ純粋に今この場には何もいないから、泣きたいなら泣けと言っている」
「ハァ?泣く?誰が?」
「お前自覚してないのか?全部表情に出てたぜ?」
ササはハッとした表情で自分の頬をなでる。
「さて、この場にはただの置物が一つある」
「じゃあしゃべるんじゃねえよ」
ササはそう言うと、かなづちを実体化させると投げつけてくる。
置物に扮する覚悟でいる俺には回避のしようがなく、素直に顔面で受け止めるしかなかった。
転倒した俺を踏みつけると、
「見くびるなよウェイルズ。私はこんなところで落ち込むほど柔じゃねえよ。それにな、お前の期待していたようなことは、昨日の夜に散々済ませた。もう私は大丈夫なんだよ」
そう言うササの目には、涙が流れている。隠すんだったらもっと隠せよと思ってしまう。
「ハァ、じゃあもっと隠す努力しろよ」
「何言ってんだお前は、これは単純にアレだよ。そう、虫が目に入ってきたんだよ」
「言い訳もここまで来るとすさまじいな」
「おやおや?私にそんな口聞いてもいいと思ってるのか?ええ?」
まだ少し目の端に涙を残すササがなぜかすごんでくる。正直すごまれても見た目が見た目だからそんなに怖くない。まあ、言ったらキレるだろうけど。
そんな俺の様子を見て、これから悪戯をする子供のような表情で見てくる。
「この状況をアリシアに伝えちゃうか。私を惚れさせようとしたとか、今の状況を丸々伝えるのも楽しそうだ」
「本当に勘弁してください」
「踏まれて喜ぶ変態と伝えるのも面白そうだ」
俺はササの足を跳ね除けると、「俺も手伝ってくるとしよう」と言って小屋を脱出する。
脱出する際に後ろを振り返ると、ササの笑顔が目に飛び込んできた。そこにはもう涙は残っていない。まあ、こうなるんだったら、たまには道化師になるのもいいかな、と思ってしまった。




