プロローグ
目の前でパチパチと音を立てて火が上がっている。
きっとこれがこの町の広場で時折行われるキャンプファイヤーだったら、ただきれいだと思うだけで俺はこうして地面に膝をつけて呆然と目の前の炎を眺めていないだろう。
今目の前で燃えているのは、花屋である。それも、俺がずっと好きで、今日ようやく付き合えるようになったばかりの恋人が切り盛りしている店だ。
燃えているのはこの花屋だけではない。町のあっちこっちから火の手が上がっている。そして、花屋の前には、そこの娘…俺の恋人が、背中から剣を生やしているように見える。しばらくするとその恋人の死体が光を振りまきながら消滅した。この世界での死だ。
そんな。俺はこの人を守りたくて村の自衛団に入って血反吐吐くような努力したのに。なんで俺は目の前で恋人が消滅するのを、こんな風に座り込んでみることしかできないんだ?俺の努力は無駄だったのか?
うつむいて涙を流す俺の周りには、一緒にこの町を防衛した冒険者たちがいる。彼らはこれに嘆くわけでもなく、
「リセットって何が起きるのかな」
「めんどくせえから俺このゲームやめるわ」
「ちょwwもう少し頑張ろうぜw」
「いやいや、こんないちいちリセットされるクソゲーなんてやってられねえよ。少なくとも俺には会わないな」
「じゃあ、俺もやめるわwww」
「おいw」
なんで彼らはこんなに笑っているんだろう。必死になってこの町を守っていたはずなのに。そして、それをゲームと呼ぶ。目の前には無残にも燃えている町があるのに。
きっと冒険者は死に関する感情が曖昧なのだろう。何せ、死んでも生き返るのだから。
涙を流し続ける俺のところに誰かが来た。情けない表情で見上げると、そこに立っていたのは、今回一緒にパーティーを組んで戦った銀髪の女性冒険者だった。
彼女は、泣きそうな表情で俺を見ると、ただ一言、小さな声でごめんねと呟いた。
どうやら他の笑っていたり、落胆はしているがそれが町に向いていない冒険者とは何か違うみたいだ。
俺はそんな彼女に声をかけようとしたが、その前に大きな音が鳴り響いた。それは人を無理やり穏やかな心にするかのごとき鈴の音色だった。寧ろわざとらしさがありすぎて気持ち悪くすらなる。
『半分の町が壊滅しました。これよりリセットおよび、メンテナンスを開始します。プレイヤーの皆様はログアウトをしてください』
突如どこからか無機質な音声が流れ始めた。こんなときでも淡々とした声で話すこの音声が、気持ち悪く感じてしまう。
リセットってなんだ?
周りの冒険者達が次々と淡い光に包まれって見えなくなった。その光が収まるとそこにはもう冒険者はいなくなっていた。見た感じ死んだわけではなさそうだ。
彼らはいったい何者なんだろう。俺達の頼みごとを聞いてくれるときもあるし、パーティーを組んだときも、今みたいに消えたことがあった。多分あるならば、別世界の人間たちなのだろう。だから町を一緒に防衛して、それに失敗してもゲームだといって歯牙にもかけない。
…でもあの銀髪の子はちょっと他の冒険者とは違う気がするな。
俺が思考をめぐらしていると、世界が白く染まり始めた。いったい何が起きてるんだ?それともこれがさっきの無機質な声の言っていたリセットなのか?
俺は白に取り込まれた。自分という存在以外が何もなくなった白い世界で俺は、次があるなら、あの銀髪の少女とパーティーを組んで自分の町を守りたいと考えていると、世界に色彩が戻り始めた。
不思議なことに、壊れたはずの町が元に戻っていく。
この町のシンボルでもある中央広場のやたら高い位置から水の出ている噴水も元に戻っている。
そして、白い世界に取り込まれる前には目の前で燃えていたはずの花屋も元に戻っている。
「そんな格好で何してるの?」
後ろから死んだはずの、目の前で消滅したはずの彼女の声がする。
恐る恐る振り返るとそこには、確かに消えたはずの彼女が立っていた。
「いくら幼馴染だからって、家の前でそんなことをしてたら普通に捕まっちゃうわよ」
彼女はクスクスと笑いながらそんなことを言う。
「そういえばいつの間にあなたはそんなにいい装備できるようになったの?」
その彼女のセリフを聞いたとき、俺は理解した。リセットの意味を。俺と一緒にいろいろ経験した彼女はもういないことを。
そして俺は決意した。
今度こそ殺させない。
絶対に守ると…。
更新は少し遅めです