頼み事
「進路状況、異常ありません」
「障害もないです。順調で〜す」
とある宇宙区画を進む少し小型の戦艦。階段を降りれば多数の部屋。そして今声を出した二人の女性がいるコントロールルームという構造だ。
そのコントロールルームの前方はガラス張り。その前に座りモニターを操作しているのが先程の二人の女性。その少し後ろの段差の上で宇宙を眺めている一人の女性。またその後ろには団欒場所、と言うべきだろうか、ソファーが並んでいる。
「それにしても、暇ねぇ〜」
モニターを操作しているイリーナが退屈しているように声を出した。それにつられるように隣にいたマラノアも口を開く。
「そうね。最近ずっと飛びっぱなしだもの。シリア、一回五大惑星に戻る、っていうのはどう?」
マラノアは振り返り、宇宙を眺めていたシリアを見た。シリアも少し考える仕草をする。
「そうね。冷却装置の調子も悪いみたいだし、それもいいかもね」
「やった〜!美味しい物食べまくるぞぉ〜!!」
イリーナは両腕を伸ばし喜びを表した。シリアは苦笑いを浮かべると後ろのソファーに座り、まだ眠たそうに朝食を食べている少年を見た。
「ディオ。レイドは?」
「レイドさんならまだ寝てるんじゃないかな。…起こそうか?」
「お願い」
シリアは笑みを浮かべると、ディオも笑みを浮かべナイフを手に持って階段を降りて行った。
穏やかな眠りを楽しんでいたレイド。だが、ただならぬ胸騒ぎを感じ一気に飛び起きた。さっきまで寝ていた頭の場所には深々とナイフが刺さっている。
「おはよ。レイドさん!」
ディオは扉の前でにこやかに声をかけた。
「ああ……。おはよう、ディオ。ナイフが突き刺さってるのは気のせいか……?」
レイドはナイフを呆然と見つめている。そのナイフをディオが抜いた。
「気のせいじゃないよ」
ディオがレイドを起こす時はいつもこうだ。だが今日は少し違ったらしい。
「確実に人間の急所を貫いているんだけど……、これは夢かな?」
「夢じゃないよ。だって、たまにはこうしないとレイドさん、起きないでしょ?」
「………」
……ハァ。
なんの悪気もない様子のディオに、レイドはため息しか出なかった。
レイドはそのままディオに引っ張られ、コントロールルームへ入って行った。
「起こしてきましたよ!」
そう言ってディオは再びソファーに座り、レイドはシリアに近付いていった。
「おはよう、レイド」
「おはよう、シリア。それより、ディオに起こさせるのやめてくれないかな。……死ぬよ、俺」
その言葉にシリアはクスッと笑う。
「レイドがもう少し早く起きてくれたらね!」
レイドは苦笑いをした後、努力するよ、と言ってディオの隣に座った。そして辺りを見回す。
「そういえば、グラーノとテイルは?」
グラーノとテイルはこの宇宙船を造る時、設計、製造に協力してくれた者だ。その為、レイリアの構造を熟知しているので管理を中心に任されている。
ちなみにこの二人とイリーナ、マラノアは元はジェルラードで働いていた人物だ。
「二人共、動力部の冷却装置が調子悪いから修理に行ってるわ。それと、今からジェルラードに一旦帰ろう、って話をしてたんだけど…」
「いいんじゃないか。一年近く帰ってないからな」
「決まりね」
レイドの言葉で完全に進路を変えたレイリアに通信が入った。
「あら、いいタイミングね!」
その通信はジェルラードからだった。
通信を受けると、モニターにはジーマとグラゼンの姿が映し出された。
「お久し振りじゃのう」
ジーマは本当に懐かしく思っている様子で声を出した。
「ええ、お久し振りね。元気そうで何よりだわ!」
「それはこっちも同じだ。仲良くやってるか?」
グラゼンも笑みを浮かべる。
「それなりにね。ハーリーとダミアはいないの?」
「あの二人はヴァイラへ旅行に行きおった」
「そっちも暇そうね。それより、何かあったの?こっちは丁度良くジェルラードへ戻るところなんだけど…」
シリアがそう言うと二人の表情が少し険しくなったように見えた。
「それは良かった。実は今日の朝方、テトランスの森に小型船が一機墜落した」
「小型船?一体どんな?」
シリアの表情も曇る。
「一人乗りの脱出船じゃ。中に乗っていたのは少女じゃった。その少女を君達にとある惑星まで送り届けて欲しいんじゃよ!詳しい話はジェルラードでしようと思うんじゃが…」
「…分かったわ。とりあえずあと数時間で戻れるから!」
「すまんのう。ジェルラードで待っとるぞ」
通信を切ると、シリアは大きく息を一つ吐き出した。
「イリーナ、美味しい物を食べるのは無理みたいよ」
「まあしょうがないわねぇ。今度にするわ!」
そう言うイリーナだが顔にはショックの色が隠せないでいた。
シリアは苦笑いを浮かべ、レイドに顔を向ける。そのシリアの言いたい事がわかったのか、レイドは首を傾げ、今はまだ何とも言えない、と言ったかのようにお手上げのポーズをした。実際に詳しく聞かなければ分からないことだったので、シリアも深くは考えなかった。
これによって、予想もしない出来事が二人を襲うことになるとは、この時は知る由も無かった。