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幻想剣客伝~白刃之舞~  作者: コウヤ
地獄の都
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地獄の都 参

 彼岸と呼ばれる其の地に佇む黄泉の裁判所は、ある意味で豪華絢爛な造りでもあり、ある意味でおぞましい造りでもある、何とも荘厳な建物だった。朱色の柱に翠の瓦屋根と、どことなく和の中に中華の雰囲気も交じっていた。


 船着場から上陸すると、小町の案内で閻魔の御前まで歩く。見た目は巨大な裁判所も、中に入ってみればひどく簡単な構造で、ただ閻魔の玉座まで廊下が続いているだけだった。別に裁きを受けるために訪れたわけではないが、やはり、閻魔の前にいると思うと身が引き締まる。


 映姫は高所の玉座から三人を見下ろした。


「この場で生者と対するのは何時以来でしょうか。ともあれ、よくぞおいで下さいました。協力を受け入れてくれたこと、感謝します」


「閻魔の頼みとあれば如何ともしがたい。こちらとしても己の過去を教示して貰えるならば是非もなし。それで、何処へ行けばいい?」


「地獄の旧都です。かつては罪人たちに仕置きをする場だったのですが、新たな地獄が出来たので切り離しました。今は鬼や妖怪が住み着いていますが、先日からそこに性質の悪い霊が現れたのです。あなたにはその調査を。ただ、その腰にある神刀はなるべく使わないで頂きたい。その力は地獄の者たちにはあまりにも強すぎます」


「承知した」


 一礼して裁きの間から立ち去った三人は、旧都へ続く街道をひた歩く。地獄というだけあって非常に殺風景だ。空は灰色に染まり、踏みしめる地面も荒廃としていて、草一本生えていない。


 辺りをきょろきょろと見渡す両枠の女子は、心なしか刀哉に身を寄せている。まことに歩きにくい。


「何やら陰鬱とした場所で御座いまするな」


「地獄というくらいだからな。針山やら血の池やらあるのだろう」


「あまり驚かれないのですね、お兄様は」


「いや、十分に驚いている。なにせあの世にいるのだからな。滅多に経験できることではない。生きている間にあの世を下見出来るのだからな」


 にやりと言った刀哉の言葉に、白刃も妖夢も腹を抱えて笑った。


 だがあながち冗談とも言えなかった。生きとし生ける者、いずれは等しくここへ辿り着くことになるのだから。


 神ではなく、人として生きることを選んだ彼にとって、人生などせいぜい五十年。下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。


 だからこそ、ひたむきに己を磨き上げて一事を成し遂げ、あとはサッパリと退場することこそが彼の理想とする生き方なのかもしれない。


 やがて街道の彼方に淡い橙色の灯りが見えた。


 提灯のようだ。都というだけあって人里よりも家屋の数は多く、長屋だけでなく二階建ての家々や店舗が立ち並んでいるが、その殆どが酒家や賭場といった欲望と堕落に満ちあふれた繁華街であった。


 これには三人も思わず閉口した。成る程地獄の都とはここまで堕ちたものなのか。都を行き交う者たちの顔も何処と無くだらしない。


 しかも数が半端ではなかった。


 試しにあたりを適当に歩き回ってみると、賭場で大負けした者が身ぐるみを剥がされていたり、酒に酔って喧嘩を始めたり、暗い路地裏から女の嬌声が聞こえたり、まあ騒がしいことこの上ない。


「くっ、この人たちを見ていると腹立たしくなります」


「落ち着け、妖夢。下手に騒ぐわけにもいかん。白刃、警戒だけは怠るな? 妙なのに絡まれても困る」


「承知しております」


 白刃は腰の小太刀に意識を傾けていた。

 すると、刀哉と視線の合った女郎が艶やかに近づいてきた。


「あらぁ、お兄さん良い男ねぇ。安くしておくから、あたしと楽しいことしなぁい?」


「ええい、殿に近づくでない! お主如きに筆おろしなどされては殿の生き恥だ! 去らぬと斬るぞ!」


「同感です! 妹分として見過ごせません!」


 刀を構える二人の剣幕に、女郎も忌々しげに吐き捨てた。


「ちぇっ、連れがいたのかい」


 遊郭の中へ消えていく女郎の背に溜息が漏れた。


 このままでは埒が明かないので、一先ずまともな宿を探すことにした。果たしてこの繁華街の中にあるのかと首を傾げる三人であったが、宿場町にて何とか見つけることが出来た。


 それでも一階の食堂は酒場と変わらず、明らかにろくでもない死者たちが飲み明かし、人前でも憚らずに女を抱いている。


「こんな宿で大丈夫でしょうか?」


「見たところ、ここが一番マシだ。念のために部屋は一つにしよう」


「御意」


 仲居に案内されて二階の部屋に入った三人は、荷物を部屋の隅に放り投げ、ようやく腰を落ち着かせることが出来た。


 障子を開けて外の様子を伺うと、繁華街の騒ぎが聞こえてくる。

 聞くに堪えなかったのでぴしゃりと閉めた。


「まったく、大変なところに来てしまったな」


 妖夢が淹れた茶を啜りながら苦笑し、今後の方針を話し合う。


「まずは件の連中を探さねばな。やりたくはないが、町に出て聞き込みでもするしかあるまい」


「同感です。なるべく人が集まっている場所といったら……」


 妖夢の視線が外の騒ぎに向けられ、露骨に嫌な顔を浮かべた。


 しかし、そこしかないのも事実だ。この宿場町には浮浪者かヤクザ者しかいない。といっても地獄なので堅気のほうが希少といえるのだが、ともかくも再び繁華街に赴くことにした。


 特に財布だけは懐の奥深くへ仕舞った。

 いざというときは地獄でも銭がモノを言う。


 命綱となる己の刃をしっかりと整え、繁華街の喧騒の中へ潜った三人は早速道行く者たちへ最近の状況を問うた。


 が、どいつもこいつも袖の下を求めるばかりで一向に教えようとしてくれない。やはり地獄は地獄だった。話し合いで何とかなると思っていたのが間違いだったのだ、と、刀哉の呟きに妖夢は嫌な予感がしてならなかった。


「もし、そこな御仁。ちと物を尋ねたい」


 刀哉は先ほどと変わらない口調で目つきの悪い男に話しかけた。


「あぁん? なんだってんだ、テメェ!」


「最近、妙な霊を見なかったか? 何か悪さをするような」


「ぺっ! テメェらに話すことなんて何にも――っ!?」


 唾を吐き、刀哉の胸倉に手を伸ばした途端にその男は全身を鋭い殺気で貫かれた。神刀の鯉口を切り、後ずさる男の胸倉を逆に掴みあげた。


「言い方を変えようか? 俺は妙な連中を見なかったか、と聞いているんだ。生憎と俺はさっきから機嫌が悪い。どいつでもいいから素っ首を刎ねたくて仕方がないんだ。とっとと答えろ!」


「ヒィ!」


 あれほど威勢を張っていた男も刀哉の殺気によって塩をかけられた青菜のように萎えてしまい、大声をあげながら逃げ出してしまった。それと同時に一部始終を見ていた喧嘩腰の酔っ払いやヤクザ者たちが刀哉を取り囲んだ。


「おう、兄ちゃん! この繁華街で随分とでかい顔をするじゃねぇの! ちょっと俺たちと運動してくれや!」


 男たちの手にはドスやら刀やら包丁やら、とにかく物騒な武器が携えられていた。すぐに妖夢と白刃も助太刀に入ろうとしたのを刀哉は手で制した。


「無用だ。ちょうどいい、さっきからムシャクシャしていたんだ。こういう連中には腕っぷしで言い聞かせるに限る。白刃! ちょっと小太刀を貸せ!」


 腰の愛刀は使わないという約束だったので、刀哉は白刃の小太刀を強制的に借り受けた。


「さあ、どこからでもかかってこい!」


 彼らが不幸だったのは、黄泉の国故に刀哉の評判がまったく伝わっていなかったことだろう。一斉に襲い掛かった三十人ほどの悪党たちは、縦横無尽に小太刀を振るう彼の前に次々と倒された。


 後頭部を峰で打たれ、足や手首を切り裂かれ、背後から打ちかかってみても刀哉の脇から飛び出した小太刀の切っ先で貫かれる。


「あ、あいつ、後ろに目でもついてるのかよぉ!」


「女だ! 女の方を狙え!」


 人質にでもしようとしたのか、彼らは白刃と妖夢に標的を変えたものの、今まで地獄で堕落に満ちた日々を送っていた彼らに勝てるはずもなかった。妖夢の二刀が一度に四人を屠り、白刃は残された鞘で三人の急所を打った。


 彼らは既に死んでいるので遠慮がいらない。


 どれだけ傷ついたところでいつかは元の姿に戻るのだから。


「うわぁ! 勘弁してくれぇ!」


 武器を捨てて逃げ出す男の背中を刀哉の視線が貫く。


「何処へ行く!」


 叫ぶのと同時に小太刀を投擲し、逃げた男の背に突き刺した。


 これだけ痛めつければ彼らも流石におとなしくなり、改めて情報を聞き出してやろうと刃を下ろした矢先、突然絹を裂くような悲鳴が路地裏から響き渡り、地面の底から煙のように歪む灰色の霊たちが現れた。


 その虚ろな目は血のように赤く輝き、アメーバが分裂するように次々に増殖していく。


 女郎や関係のない霊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、およそ百を超える数の悪霊に取り囲まれた。


 さすがに多勢に無勢だ。完全に包囲されて身動きがとれない。


「くっ、まさかこいつらが例の! お兄様、どうしますか?」


「ちょうどいい。一度百人切りというのをやってみたかったんだ」


 と、刀を正眼に構える二人の脇では、白刃が不敵に笑っていた。


「くっくっく、殿、ご心配には及びませぬ。この程度の数だけ揃えた有象無象など、殿のお手を煩わせることなどありませぬぞ」


「お前は何を言っているんだ?」


 すると白刃は有象無象たちに向かって一歩踏み出した。


「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 我は一振りの刀なり! 我らは万本の剣なり! あまねく天下を血に濡らし、あまたの主君に天下を授け、遥かなる時の流れに呑まれ、尚も御主がため、いま此処に我らは集わん! いざ括目せよ! 我らが殿に天下をもたらす忠勇のつわものを!」


 白刃が懐から取り出した真紅のスペルカードを高らかに掲げると、突然繁華街の路地の彼方から地響きが轟いた。


騎符「甲州赤備え」


 風林火山の旗印を掲げ、その身に真紅の鎧を纏い、かの第六天魔王や東照大権現をも震え上がらせたと伝えられる黒駒に跨った紅い騎馬武者の亡霊百騎が、刀哉を取り囲む有象無象に向けて一斉に切り込んだ。


 何事が起きているのか理解できない刀哉の脳裏に、先の異変がまざまざと思い起こされる。


 刀たちの反乱によって現れた無数の鎧武者。


 今目の前にいる騎馬隊もまた、数多の刀剣たちが具現化した姿なのだとしたら、白刃は個にして軍。歴史の中に埋もれていった刀剣たちの代表でしかない。


 ならば彼女の号令一下で、どこからともなく百万の軍勢が押し寄せてくるのではないか。


 総身が震えた。これは感動なのか、それとも驚愕なのか、あるいは恐怖なのか。全てが分からなかった。妖夢も騎馬軍団の蹂躙に開いた口がふさがらない。


 もはや勝ち負けなど無かった。相手に勝つ可能性が無いのならば、それはすでに勝負にならないからだ。


 散々に打ち破られた悪霊たちは何処かへ消えてしまった。


 やはり霊の相手は霊が一番なのかもしれない。

 あのままでは腰の神刀で全てを薙ぎ祓っていたかもしれないのだ。

 轡を並べる赤備えたちは悪霊が消えたことを確認すると、一斉に下馬して刀哉に跪く。混乱する彼の代わりに、白刃が言葉をかけた。


「皆、ご苦労であった。下がって休むが良い……と、殿は申されておる」


「承知シタ……白刃……殿ヲ頼ムゾ」


「うむ」


 悪霊と同じく霞のように姿を隠した武者たちを見送ったものの、未だに興奮が収まらず、また白刃になんと声をかけたものか躊躇する刀哉の背を何者かが強く叩いた。


「シャキッとしな! 男だろ?」


 咄嗟に振り返ると、額から立派な一本角を生やした鬼の女がいた……

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