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幻想剣客伝~白刃之舞~  作者: コウヤ
姫鶴白刃
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姫鶴白刃 肆

 微睡まどろむ意識が甲高い鶏の鳴き声によって引き裂かれ、瞼を開けた刀哉は妙な違和感を覚えた。妙に体が温かい。何かと首を傾げたが、すぐに自分の体が柔らかい布団に包まれていることに気づいた。


 確か縁側で飲み明かしていたところまでは覚えているのだが、一体いつの間に布団に入ったのだろう。慧音が運んでくれたのかと上体を起こしてみれば、刀哉の隣で眠っていた白刃がゴロンと転がった。余程熟睡していたのか、壁に頭を打ったのに眠り続けている。


 こみ上げてくる笑いを堪え、おもむろに手を伸ばして彼女の頬を指で突いてみた。


「うにゅぅ……ハッ! お、お、おはようございまする! 殿!」


 慌てて跪く白刃に対し、刀哉は軽く手を上げて挨拶を送った。


「うむ、おはよう。俺を運んでくれたのはお前か?」


 刀哉の問に不安を覚えたのか、白刃は少し上目遣いで応えた。


「はい……お風邪を召してはいけないと思いまして……余計でしたか?」


「まさか。ありがとうな。今は何時だろうか」


「ええと、七時前と心得まする。すぐに朝餉の支度を致しますので、殿はごゆるりとお寛ぎ下さいませ」


「朝に寛いでいられるか。気が弛んだら一日に響く。すぐに顔を洗って朝稽古だ。お前はどうする?」


「無論、お供させていただきます!」


 裏手にある井戸から水を汲み上げて顔を洗い、さっぱりしたところでいつもの服装に着替え、とりあえず里の周りを軽く走った。


 里の反応は様々。ひそひそと何かしら噂する者や、微笑ましく見守る者などなど、人妖を問わず注目を集めている。目立つことが好きではない刀哉は挨拶を返しつつも辟易していたが、逆に白刃は何故か誇らしげにほくそ笑んでいるではないか。


「くくく、民草どもめ、よほど殿に心酔しておるようだな。天下を掴む日もそう遠く無さそうだ」


「何か言ったか?」


「いえ何も」


 走っているうちに、いつの間にか道場の門下生たちもどこからともなく加わってきた。殆どが元気の良い子供ばかりで、中には刀哉に負けじと全力疾走する子もいる。


「こらこら、あまり無理をすると息が切れるぞ?」


「先生には負けないもんっ! って、うわっ!」


 走ることに夢中になり過ぎた童の足元が縺れ、勢い余って地面に顔面を打ち付けかけたとき、咄嗟に踏み込んだ白刃が童を抱きかかえて受身を取った。


「いたたぁ……お主は大事ないか?」


「う、うん。大丈夫……ありがとう、お姉ちゃん」


「全く、師匠の言うことを聞かぬからだぞ? このおバカ」


 軽く童の額を小突いた白刃はニコリと笑い、それに連れて童も楽しげな笑い声をあげた。


 里を十周もすれば体も温まり、寺子屋に戻ると今度は木刀での素振りを繰り返す。単純な鍛錬だがこの動作が全てを決める。

 基礎を怠った者に上達など有り得ないのだから。

 既に素振りは百回を超えているが、刀哉に疲れた様子はない。


 傍らで彼の日課を伺う白刃は本体である小太刀を逆手で構え、小柄な体躯を駆使した機敏な剣舞を披露している。特に逆手から順手への切り替えは華麗で、例え槍を用いたとしても懐へ入り込まれるだろう。流石に刀の精というだけあって、小太刀の手数の多さを良く把握しているようだ。


「刃も峰も備えた奴だな」


 武の心得もあり、それでいて慈悲を弁えている彼女の姿は見ていて心地よいほどに清々しかった。


 朝稽古にも区切りを付け、昨夜と同じように飯と汁の朝餉を向かい合って食む。たまに足を運ぶ市場ではパンという主食も出回っているらしいが、刀哉はあくまでも米食に拘った。


 特に余計なおかずを取り除いた粗食に美学を感じている節がある。


 まるで寺のようだと白刃は食べながら内心苦笑いしていると、不意に家の戸が叩かれた。刀哉が応答しつつ戸を開けると、真っ白な半霊がふわりと彼の頬に擦り寄り、銀色の髪を風に揺らし、楼観剣と白楼剣を携えた幽界の庭師、魂魄妖夢が礼儀正しく頭を下げた。


「お早うございます、刀哉お兄様」


「おう、妖夢だったか。久しぶりだが如何した?」


「幽々子様から言伝を。上がっても宜しいですか?」


「構わないが、アレについてはもう知っているのか?」


 すると妖夢は深く考え込んだ。おそらくはまだ耳に入っていないのだろう。初めて出会った時も彼女は道場のことを知らなかったのだから、無理はない。なにせ昨日始まったことなのだから。


 一先ず妖夢を居間に通し、咳払いの後に切り出す。


「話の前に紹介しておく。此奴は姫鶴白刃。昨日から此処に住み込むこととなった。信じられぬかもしれないが、あの乱で俺が討ち取った、かつて亡霊であった者だ」


「経津主家が家臣の姫鶴白刃と申す。以後、お見知りおきを」


「こ、魂魄妖夢です! こちらこそ……ご昵懇じっこんに」


 従者同士、互いに礼を尽くした挨拶を交わしているが、少なからず衝撃を受けた妖夢の手は微かに震えていた。あるいは乱の首領であった過去への驚きかもしれないし、またあるいは兄と慕う刀哉に従者が出来たという驚きであったのかもしれない。


 が、そんな妖夢の憂いを他所に、彼は茶を啜りながら本題を問うた。


「して、言伝とは?」


「はい……実は今、白玉楼に閻魔様が滞在されており、幽々子様がぜひお兄さまにも来て欲しいと」


「ははぁ、スキマが言っていたのはこのことか。やはり一枚噛んでいるな? 食えん奴だ。ところで白刃、何を不満げな顔をしている?」


 見れば白刃は妖夢の顔を厳しい剣幕で睨んでいた。


「いえ、妖夢殿が殿のことを兄君と慕うことが解せなかったもので」


「私は以前に刀哉殿に刀術を教授してもらい、以来、兄妹分としてお付き合いしているだけです。やましい考えなどありません」


「ほほぅ。しかし家臣として、殿への馴れ馴れしき無礼は見過ごせない」


 腰の小太刀に手を掛ける白刃に、妖夢も瞳を鋭くして対峙した。


「どう見過ごさないと言うのですか?」


「知れたこと」


 双方ともただならぬ殺気を放ち、腰の物を構えるものだから、刀哉も黙っているわけにはいかなくなった。古の神刀である「布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ」の鯉口を切り、氷のように鋭い気迫で二人を圧す。


「黙れ。座らんと縁を断つぞ」


「ひっ! も、申し訳御ざりませぬ!」


「私も熱くなりすぎました。面目ありません」


 妖夢はシュンと顔を落とし、白刃は渋々といった風に腰を下ろした。刀哉も気を落ち着かせて妖夢の話を噛む。白玉楼に閻魔がいるというのならば話が早い。呆れるほどに真っ直ぐな生き方を歩む彼が唯一執着とも言うべき感情を抱く己の過去への欲求、それが満たされるのならば、たとえ地獄の釜の底だろうと迷わず飛び込む覚悟すらあった。


 問題は、如何に白玉楼まで脚を運ぶか、である。


 以前は魔理沙の箒に跨って天を昇ったが、今回はどうやって空の彼方へ行けば良いのか。その答えは妖夢が出した。


「ところでお兄様、以前よりも体に妖力が貯まっているようですが、何かあったのですか? その、なんというか、ちょっと妖怪じみているように感じられるのですが……」


「む? そうだったのか。山ごもりをしていた時に妖怪を食っていたから、おそらくその所為かもしれない」


「その妖力を使えば、お兄様も空を飛べるかもしれませんよ?」


「俺が空を? 信じられんな」


「元より殿は刀神様を宿した半人半神。不可思議な話では御座いませぬ。殿は、ご自身が人間であることに拘り過ぎている節が御座います故、力を出し切っていないものと」


 腕を組み、瞼を閉じて二人の言葉を聞いた刀哉は大きく首を傾げた。どうにも空を飛ぶという行為そのものがピンとこない。


 もちろん魔理沙や霊夢が空を飛ぶ姿は何度も見た。

 幻想郷の住人はそういうものなのだと割りきって考えていたが、まさか己が飛べるなど夢にも思わなかった。第一、烏天狗のように翼があるならばまだしも、彼女たちのようにふわりと浮けるものなのだろうか。


「白刃、お前は飛べるのか?」


 茶を濁すように問うと、彼女は頷いた。


「一応は飛べまする。拙者は人間では御座いませんので」


「ははは、尤もだ。成る程二人の説明は分かった。しかし俺はどうにも、天を飛ぶというものが分からない。仮に飛べたとしても、飛ぼうとは思わない。俺はあくまでも、人間でありたい」


「この世界では、人間も空を飛びますよ? 霊夢さんのように」


「俺はこの世界の人間ではないからな。地を歩くことも、また修行のうち。といっても、白玉楼には行けないがな。どうしたものか」


 悩む刀哉を見た妖夢と白刃は互いに顔を見合わせた。


 障害の多い地を歩くよりも、何もない空を飛んだほうが余程効率が良いはず。行動速度も段違いだ。生まれた時から空を飛んで過ごしてきた彼女たちからすれば、彼の悩みは少々理解に苦しむものだったに違いない。


 しかし白玉楼には行かねばならない。


 気まずい沈黙が流れる中、刀哉は膝を叩いて立ち上がった。


「妖夢、白刃……飛ぶには、どうすればいい?」


「殿? 宜しいのですか?」


「この際俺の我儘は良い。今回だけだ。知ることは罪ではない」


 指先で頬を掻き、二人から視線を背けながら言う刀哉の姿に白刃も妖夢もこみ上げてくる笑いを必死に堪えた。頑固で生真面目な彼は時に近づきがたい雰囲気を出すこともあるが、時たまこういう可愛さを見せることもあるのかと、二人は顔を微かに赤く染め、小刻みに震えながら小屋の外に出た。


「えぇと、まずは精神を集中させて妖気を高めて下さい」


「ふむ。妖気云々は自覚が無いが、要するに気を高めるようなものか。やってみよう」


 瞼を閉じ、息を整え、神経を研ぎ澄ませて全身の気を練り上げていく。この手の技は山篭りの間に鍛え上げた。その成果は文字通り白刃と妖夢の目に見えていた。


 刀哉の四肢から青白い輝きが溢れ出し、辺りに漂い始めている。


「これは……妖気ではない? どちらかといえば神気だ」


「中身が中身ですからね。肉体に宿っていた僅かな妖気が吹き飛ばされてしまいました。まあ、妖気も神気も霊気もあまり変わりませんが、ここまで精錬された気は余程のものです。おそらく、博麗の巫女や八雲紫に並ぶかもしれません」


 本来、気とは不可視のもの。それが目に見える程に高められているとなれば、幻想郷の実力者の中でもほんのひと握りしかいない。


「流石は殿! 我ら刀剣の頂点に立つ御方だけのことはある」


「褒めても褒美はやらんからな……で、このあとは?」


 瞼を閉じたまま唇を開いた刀哉に、妖夢が少し慌てて言葉を紡ぐ。


「次に、高めた気を地面に向けて放ってみてください。一気にやると飛び上がってしまいますので、少しずつで」


「こうか?」


 言われるままに青白い気を足の裏から放つと、巨大な土煙を巻き上げた刹那、刀哉は空の彼方へ吹き飛んだ……。

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