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幻想剣客伝~白刃之舞~  作者: コウヤ
姫鶴白刃
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姫鶴白刃 壱

 暗闇に包まれていた視界が、コメカミの痛みによって光が差し込んできた。閉じていた瞼を開いて傍らを伺うと、何処からか飛来した石礫が転がっていた。指先でコメカミを擦りながら辺りを伺うと、周囲は鬱蒼と生い茂る新緑の木々に覆われ、肝心の我が身は苔むす大岩の上で座禅を組んでいる。


 別に眠っていたわけではない、断じて無い。


 深く息を吐き、再び瞼を閉じた彼の耳を、風に揺れる木々のざわめきがくすぐった。山に篭ってすでに一ヶ月程。この大自然の中での生活にも随分と慣れてしまった。否、慣れることこそが修行であった。


 道場も寺子屋も長い夏休みに入り、自主鍛錬以外に己を鍛える術が無かった彼は、膝を叩いて立ち上がり、慧音への書き置きを残して守矢神社へと脚を運んだ。


 山の神である八坂神奈子も洩矢諏訪子も、先の異変では妖怪の山の一勢力として刀剣たちの怨霊を蹴散らし、巫女である東風谷早苗共々に刀哉とは非常に昵懇であるが、今回の訪問では珍しく二柱とも居住まいがどこか堅苦しい。


 それもそのはず。彼女らの前に腰を下ろす青年は、肉体こそ人間なれど、その魂はれっきとした神の其れ。しかも神奈子や諏訪子といった大地の神、すなわち国津神などではなく、天上の高天原に武名を轟かせた刀神なのだから、如何に半人とはいえ格上の神格を前にしてどう接して良いものか決めかねていた。


 神奈子は不敵に笑いつつも口元が引きつり、諏訪子に至っては視線がどこか泳いでいる。そんな彼女らの態度に刀哉は不満げであった。


「勘弁してくれ。中身がどうあれ、俺は外来の剣客だ。ただの人間と同じように接してくれればいい。むず痒くて落ち着かないから止めてくれ。別に俺自身が経津主神になったわけじゃない。あくまでも俺は器なのだから」


「う、うむ。刀哉がそう言うのであれば、そうしよう。なあ、諏訪子」


「ふぇ!? う、うん。そうだね! あはは……」


 ぎこちない二柱とは対照的に、早苗は以前と変わらない態度と仕草で刀哉に茶菓子を勧めてくれている。


「かたじけない、早苗」


「ふふ、刀哉さんなら大歓迎です。そうだ、ご飯も食べていってください! 大勢で食べたほうが美味しいですからね!」


 早苗が食事の支度をすすめる間に、刀哉は本題を切り出す。


「実を言うと、修行をしようと思う。出来れば鞍馬天狗の下で」


 すると二柱はきょとんとした顔を浮かべた。


「修行って……ねえ?」


「うむ。私も異なことを聞いた。刀哉、そなたは刀神の片割れ。いや、ただの人間として勘定しても十分な腕前。それでもまだ足りないというのか?」


「無論だ。如何に半身が刀神であろうと、俺はまだその神域にまで達していない。第一、せっかく経津主神が俺に宿ってくれたというのに、肝心の俺が未熟なままでは魂に申し訳が立たない。この世に再び生を受けたのならば、天下一を目指すのが道理ではないか?」


 前々から律義者で真面目であると思っていたが、噂通り、己を鍛えあげることに全く余念がない。ここまでくると頑固も通り越して清々しいほどで、呆れ返る諏訪子の隣では神奈子が膝を叩いて笑い始めた。


「あっはっは! いや、誠にそなたという男は愉快な奴だ。よろしい、天狗には私が掛け合ってやろう。鞍馬も大層そなたを気に入っているようだったので、快く引き受けてくれるだろう。それにしても、ある程度予感していたとはいえ、まさかそなたが半神であったとは……人里では窮屈ではないか?」


「いや、里では今までどおり過ごしている。俺自身、自分のことを神などと考えたことなどない。それは増上慢だ。俺はただの外来人。それで、十分じゃないか」


 事実、そうだった。里人の中で彼の正体を知る者は、博麗の巫女や慧音、そして稗田阿求くらいのもので、ほとんどの人間は彼を外来人として認識している。刀哉もそのように振舞った。


 おかげで妙な噂や押しかけが来ることもなく、平穏な毎日を過ごせている。これから修行をしようとしている者が言うのもおかしいが、とにもかくにも天狗と話せるのならば好都合。


 久方ぶりの守矢神社での食事は実に美味かった。


 話題も様々。主には先の異変についてで、各々が語る武勇伝を自慢しあい、神社自慢の風呂に入る。今度ばかりは早苗に背中流しはさせなかった。


 また気絶されてはたまったものではない。


 何故か二柱は残念そうにしていたが……。


 夜も更け、白い寝巻きを着込んだ刀哉は縁側に腰を下ろし、空に浮かぶ白い月を見上げていた。傍らには古の神刀が置かれ、月明かりを妖しく反射し、穏やかな雰囲気に包まれている。


 ある意味で神々しくもあった。

 故に神も自然と集ってくる。

 最初に彼の隣に腰を下ろしたのは諏訪子だった。


 見た目こそ幼いが、持ち前の無邪気の中にもしっかりと威厳が備わっている。彼女は足をパタパタと上下に動かしながら笑いかけた。


「君も大概、不器用だよねぇ」


「器用な世渡りが苦手だからな。外の世界に居た頃も、多分、そうだったのかもしれない」


「まだ自分の記憶を探し続けているの?」


「……半神のおかげで多少の記憶は取り戻すことが出来たが、断片的なものしかわからない。結局親の顔は思い出せなかった」


「親かぁ……羨ましいなぁ」


「諏訪子には親がいないのか?」


「神サマだからね。といっても土着神だから、大地から生み出されたようなもの。そういう意味では、この大地が私の親ってことになるのかもしれないね。ま、今では可愛い子孫にも恵まれたし」


 自慢げに笑う彼女の顔を見ていると、何故か早苗が浮かんだ。


 諏訪子はとかく早苗に甘い。それは神奈子も同じだが、諏訪子の場合はただ愛らしいという意味ではなく、一種の母性を匂わせる愛で方であった。答えは考えるまでも無かった。


 俯いて思索に耽る刀哉に盃が差し出され、白く濁った酒が注がれていく。


「過去を求めるのもいいけど、執着したら未来を失うよ? 特に私たちみたいなのは、過去が長すぎるし、これから迎える未来も長すぎるのだからさ。でも、本当に知りたいのなら……黄泉の国にいくしか無いと思う。私は」


「黄泉の国か。閻魔にでも教えて貰えと?」


「正解」


 あまりにもあっさりとした、それでいて真面目な返事に危うく持っていた盃を落としかけた。諏訪子はグイグイと美味そうに酒を飲みながらにこりと笑う。


「この前は何も教えてあげられなかったからねぇ。だから今回は、確実な方法を教えてあげたの。あの時は君のことを人間だと思っていたから黄泉の国へ行け、なんてとても言えなかった。でも今は違うでしょ?」


「なぜ、そこまで俺に?」


「さあ、何でだろうね。気まぐれかもしれないし……早苗の友達、だからかな」


 亡者のみが逝くことを許される黄泉の国。三途の川を渡り、閻魔の前に立つことが果たして叶うのかどうかはさておき、異変以来己の記憶探しを忘れていた刀哉の胸に再び情熱の炎が灯った。


 ともあれ、今はそれに見合うだけの剣技を身につけねばならないと平手で頬を打ち、グッと酒を飲み干して床に就いた。


 翌朝。朝餉を胃に詰め込んだ一行は、一路天狗の里を目指した。


 前回訪れた時は射命丸の一件もあって非常に剣呑な空気だったが、今回は一転して、烏天狗や白狼天狗が整列して一行を出迎えているではないか。あまりに態度が違うものなので、刀哉だけでなく山の二柱までも呆気にとられている。


「お久しぶりです。白狼天狗頭、犬走椛です」


 凛とした笑みを一行に向けて跪く椛を刀哉は立ち上がらせた。


「出世したのだな、椛」


「はい。先の戦での功績が認められました。でも刀哉さん、いつだかの約束は忘れていませんからね?」


「無論だ。手合わせを楽しみにしている。ところで、鞍馬殿は?」


「天守にてお待ちです。天魔様もことのほかご機嫌が良いので、今回は大丈夫だと思います。多分……」


 彼女の案内によって山城の天守に登った一行は、上座に腰を下ろす巨大な天魔と、傍らに控える八人の大天狗らに挨拶を済ませた。


 その中で一番ふんぞり返っている鞍馬天狗が、刀哉の顔を見るなりにやりと笑った。大体の事情は察している様子だ。


「お久しゅう御座る。天魔殿」


「む? む? そのような堅苦しい挨拶、此度は無用。先の戦では大いに武威を示されたと聞く。射命丸めの失態以来であるが、息災のようで安堵しておる」


 この態度の変わりようである。こと天狗は強者に対して寛容であるが、どちらかといえば彼の正体を知って対等に扱わねば我が身が危ないという、一種の保身も伺えた。


「して、此度は何用であるか?」


 供された茶を飲みつつ、鞍馬へ深々と礼をする。


「つらつらと我が身を省みるに、未だ剣の頂きへ達するに程遠く、また教えを乞うべき師を考えた結果、鞍馬天狗殿こそがふさわしいと悟り、不躾ながらお願いに罷り越した次第」


「ほう。鞍馬めに修行を。どうじゃ? 鞍馬よ」


「カッカッカ! ようやく来たか、と待ちわびておったところで御座りまする。されど小僧、拙僧の修行はちぃと辛いぞ? 果たしてお主に耐えることができるかのぅ?」


「是非もなし」


 かくして鞍馬天狗に弟子入りした刀哉は、早速妖怪の山に篭ることとなった。天狗は元々山の中で修練を詰む山伏の成れの果て。


 曰く、剣術の腕は申し分なく、精神では大いに申し分ありと言われてしまい、暫くの間は誰の手も借りることなく山で生き延びるように申し付けられた。


 日中は瞑想を繰り返し、少しでも迷いがあればどこからともなく石礫が飛んでくる。


 夕方になれば寝床と糧を探さねばならない。


 ここのところ白米など全く口にしておらず、見つかるものといえば小動物や川魚、他にも木の実などで、いざとなればそこいらにいる獣のような妖怪をとっ捕まえ、串に刺して焼いて食った。


 近くにいるはずの鞍馬は全く気配を感じさせなかった。


 天狗の宝物の一つに隠れ蓑があるが、あるいは隠れ蓑というのは彼らの仙人じみた隠密や気配遮断のことをいうのではないだろうか。


 夜になれば辺りを暗闇が覆い隠す。夜行性の肉食獣も徘徊し、下手に眠ればあっという間に餌食になってしまうので、寝床は決まって木上だった。恐怖を感じたことは、無い。むしろ闇に包まれると神経が研ぎ澄まされた。獲物を捕る以外に愛刀を抜いたことはないが、いつでも抜けるように眠る時も抱いている。


 かといって熟睡することは叶わなかった。

 眠っている時でも隙あらば礫が飛んでくる。

 一体鞍馬は何時眠っているのだろうか。


 妖怪ウサギの肉を焼いている焚き火の傍に腰を下ろし、頭上に広がる星空を見上げると、ふと諏訪子の言葉が脳裏に浮かんだ。


 黄泉の国に行けば自分の記憶を取り戻せる、と。閻魔というのはやはり恐ろしい顔をしているものなのだろうか。そして自分の記憶を取り戻した時、自分は自分でいることが出来るのだろうか。


 そんなことを考えているうちにも、闇の彼方から礫が飛んできた。

 微かに頭を動かしてそれを避ける。

 そう簡単に当たってなるものか。


 鼻を鳴らした刀哉は串を取ってうさぎの肉を平らげ、早々と眠りについた。

 

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