来訪者
季節は、夏真っ盛り。
森の至るところからセミの大合唱が聞こえ、人里では農作業を終えた人間たちが冷たい西瓜を食べ、風鈴の音色に耳を傾けながら、思い思いに照りつける暑さから逃れていた。
子供たちで賑わっていた寺子屋も今は夏休み。
慧音は歴史書の編纂に追われながら、ふと、縁側の向こうに佇む離れの小屋に視線を向けた。
外来の剣客こと経津主刀哉がこの世界に訪れて、もう一年が経とうとしている。
体育の一環として始めた道場も、今となっては寺子屋から独立して営んでおり、子供たちだけでなく大人たちまで門下生に加わって、人里の名物の一つとなりつつあった。はじめは刀哉のことを外来人と警戒していた者も少なくなかったが、先の異変……美術品と成り果てた刀剣たちの無念が蜂起した「刀魂の乱」を解決した功労者ということもあり、博霊の巫女と並んで人里の用心棒としても信頼を置かれていた。
手に持つ小筆を硯に置き、腕を伸ばして一息入れる慧音はさも可笑しそうに微笑む。刀哉のことだ。世間が夏休みだというのに、道場主である彼はある日を境に家を出てしまった。
「一身上の都合につき、武者修行の旅に行く。心配無用なり」
という申し訳程度の書き置きを残し、今頃は妖怪の山あたりで木々の間を駆け巡っていることだろう。並みの妖怪では相手になるまい。
と、さしたる不安も抱かずに慧音が茶でも淹れようと立ち上がったとき、不意に寺子屋の門に人影が現れた……。
「たのもう! 我が主君は何処にありや?」