海の華
十二月の気温は極めて寒い。それが何かと言われても何もないから何とも言えない。ここが海に面したがけというのは寒い理由の一つになるかもしれない。私は名探偵の真似をして、目の前の彼女に指を突きつける。
「島田浪一郎さんを殺したのはあなたですね。瀬戸井さん」
そういうと彼女はうっすらと笑った。彼女の外見は日本美人というのが相応しい。パーツパーツが子顔にきれいに収まっており、長く腰まで伸びた髪は黒く海風になびいていた。年齢は私の二つ下だった。
「ふふ。なぜあなたにそんなことがわかるのですか?」
そう聞いた様子はどこか艶かしい雰囲気を醸していた。海から反射した光が瀬戸井小守の顔を死人のように白くしているのが彼女の美しさに磨きをかけているのだろうか。しかし、私は怯むことなく、淡々と誰に話すでもないように推理を述べた。
「動機は痴情のもつれ。島田浪一郎さんはあなたともう一人仲のよい女性がいた。ある日、それを知ってしまったあなたは彼に問い詰めたのでしょう。なぜ私以外の女と付き合ってるの。と。そしたら彼は言った。彼女を愛しているんだ、と。それで許せなくなってあなたは殺人を犯した。
「ええ。その通り」
「あなたの犯罪は完全でした。誰一人気づくことなく、事故死を事実にしてしまったのだから」
警察でさえも気づくことはなかった。彼女の犯罪。
「呼び出すのは簡単でしたでしょう。なにせ被害者はあなたととても仲が良かったのですから。あなたは被害者を自らの家に招きいれた。そこであなたは被害者に酒を飲ました。それも致死量に至らない程度に。酒の種類は日本酒でないといけませんでした。一緒に飲む振りをするには日本酒と水が一番区別しにくいですからね」
「ええ、その通り」
「後は簡単でしょう。あなたは被害者の振りをして車を運転してこの崖まで運ぶ」
「でも、それでは家などに証拠が残るのでは」
「家は燃やしてしまえばいい話です。ちょうど冬ですから多少は事故だと思われるでしょう。それにそっちのほうが都合も良かったのでしょう」
「ああ。そういうことだったの」
「それからはあらかじめ細工しておいた車に彼女だけ乗せて海に落とせばいいだけ」
「そんな簡単なことでよかったの」
「遺体は警察が発見し、飲酒運転での事故死だと思われる。あとはあなたは家に帰り、自分の家に火をつけるだけ」
事実を述べ終わった私は彼女に一言言った。
「私の勝ちですね」
「舞香。そんなところで寝てると風邪引くぞ」
目を開けると辺り一面には海が広がっている。
「おっと。ごめんね、浪一郎。もう用事は済んだの?」
「悪いな。こんな寒いところまで連れてきて」
「ごめん。寝ぼけてるみたい。なんかフラフラ、する」
でも、大丈夫だ。邪魔な女はもういない。
彼に迷惑をかける奴はいない。
「こっちこいよ。海がきれいだぞ」
「うん」
彼は私一人のもの。それでいい。それがいい。
「浪一郎、これで二人きりだね」
「ああ、お前と。二人きりだよ」
――青い景色の中には花束が二つ揺れていた。