one hundred twelfth story
『イヤァァァァァ!!放して!!触らないで!』
きっちりと閉じたドアの外からでも、早苗さんの叫び声が聞こえる。
耳をふさぎ、パニックを起こした早苗さんが、頭の中にフラッシュバックされる。
『いやよ!何!何なのよ!!!』
早苗さんの声を聞きながら、そっと、叩かれた手に目を向ける。
手には、赤いあとが残っていた。
「何しに来たんだろう?私は・・・。」
呟く自分の声が、むなしく響く。
こんな騒ぎになっているのに誰も集まらないのは、周りの部屋には誰もいないからなのだろう。
その証拠に、お昼近くのお見舞い時であるにもかかわらず、私がいる廊下は不気味なほど静まり返っていた。
完全に隔離された空間。
そんなところに、早苗さんは居た。
確かに、早苗さんの今の状態では、周りの患者さんに迷惑がかかるのは目に見えてる。
でも、なんだか悲しくなった。
泣けてきた。
「っ・・・・、うっく・・・ひっ・・。」
私はソファーの上で、早苗さんがしてたように体操座りの足の間に顔を埋め、泣いた。
暗く、寂しい泣き方だった。
「・・・、何してんだよ。」
上から聞こえる、聞き覚えのある声に、私はハッと顔を上げる。
「りゅっ・・・、龍崎・・・。」
そこには、龍崎が居た。
「何してんだって言ってんだろ。」
冷たい、悲しい目で私を見る龍崎。
それは、とても悲しかった。
その目に負けてしまいそうだった。
「・・・龍崎の・・・、お母さんの・・・、お見舞い・・。」
スッと、その冷たい目から目をそらす。
見て・・・いられなかった。
「何で?お前には関係ないだろ。」
間髪をいれずに返された。
低い、冷たい声に、私の肩はビクッと震えた。
龍崎からは、前と同じように警戒心しか感じられない。
でも、少しだけ。
少しだけだけど、悲しみを感じることが出来た。
それが、早苗さんのことでなのか、私の事でなのかは分からない。
「私は・・・、龍崎が好き。」
ゆっくり、声を絞り出す。
心なしか、私の声は震えていた。
「・・・・。」
沈黙が・・・、苦しかった。
「俺は・・・、お前が嫌い。もう、関わるなよ。」
冷たい、刺すような声だった。
どこかで覚悟はしてたはずなのに、私の中で何かが潰れかけていた。
ボロボロッと、さっきより沢山の涙が出てきた。
オレハ、オマエガキライ。モウ、カカワルナ。
悲しかった。
覚悟をしてたのに、私は弱かった。
ズボンに、いくつものしみができる。
頭が痛くなってきた。
ほんとに、私は何をしに着たんだろう。
直哉さんに、あんなこと言って飛び出してきたのに。
何ができた?
何が変わった?
静かな廊下に早苗さんの叫び声と、私のすすり泣く声だけが響く。
泣いても、変わんないのに。
涙はとどまることを知らない。
「・・・、ごめんね。私・・・・今日はかえるや。でも、龍崎のことは好きなんだ。」
龍崎のほうを見ずに、立ち上がる。
涙で、上手く前が見えない。
「じゃぁ・・・、また・・・、今度。」
私は走った。
カンカンと靴の音が響く。
病院からでるまでに、何人かにぶつかった。
でも、それを気にする余裕は私の中には無かった。
病院を出た。
後ろを振り返る。
かたく閉ざされたガラス張りのドアがあるだけだった。
「うっ・・・、うわぁぁぁぁぁぁ。」
私は、しゃがみこんで泣いた。
小さな子どものように、泣きじゃくった。
周りの人々が変な目で私を見てくる。
それでも、私はなくことをやめなかった。
いや、止めれなかった。
私はどこかで期待していたのだろう。
いつかのように、龍崎が追いかけてきてくれることを。
地面の冷たさが、私の体を徐々に冷やしていった。
明日は、終業式だ。