one hundred eighth story
自分を抱きしめるかのように腕を掴む。
その手に力が入りすぎて少し痛かった。
「ごめん。急ぎすぎたかな?奈緒ちゃんの気持ちが落ち着いたら、また・・・遊んでやって?」
直哉さんは固まったまま動かない私の頭を、軽く自分の胸の中に包み込む。
直哉さんの胸は、車の中と同じにおいがしてとても落ち着いた。
お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうな・・・。
私は直哉さんの胸の中でそんな事を考えていた。
「よし、かえろっか?遅くなったらお母さん達心配するしね。」
直哉さんは私の腕を軽く引っ張って、車に乗せた。
「龍崎・・・、家ではどんな感じなんですか?」
薄暗くなった町の中を走る車の中で、私は窓の外をぼぉっと眺めながら言った。
「・・・・・、やっぱ・・・、なんか変だな。昔に戻りかけ?みたいな?・・・・てか、今日、お母さんのお迎えにおいて行かれたしっ」
直哉さんはハハッと笑う。
その姿からは、隠しても隠しきれてないほどの心配が溢れていた。
「・・・・昔に・・・、戻りかけ・・・?」
直哉さんに聞こえない声で呟いた。
暗くなった町に浮かび上がる光が、ぼやけて見えた。
「学校・・・、行きたくないなぁ・・・。」
直哉さんとドライブをした次の日の朝、第一声がそれだった。
「学校・・・・・、行きたくないなぁ・・・・。」
ベットに大の字になって、もう一度呟く。
ボスッッと寝返りをうって、二度寝の準備を始めた。
「な〜お〜!!遅刻するわよ!!」
少しうとうとしだした頃、二度寝はお母さんの大声によって防がれた。
「・・・・・・はぁぁい・・・。」
お母さんを騙すのは・・・気が引ける。
私は仕方なく、のそのそと準備をしだした。
「・・・、いってきます〜。」
ご飯や身支度を済ませて、家を出た。
それでも、学校に行く気は全くでなくて、私はポケットから携帯を取り出した。
学校の電話番号を押し、深呼吸を一つ。
通話ボタンを押した。
trrrrr
「・・・・は〜い。先生ですよ?」
・・・・・誰だよ。
いきなり、浮かれた男の声が聞こえた。
この声は、多分数学の斉藤先生だろう。
「・・・、斉藤先生ですか?・・・神田です・・・。今日・・・熱っぽいので休ませてください・・・。」
できるだけだるそうに言う。
「は〜い。神田さんっと・・・・。・・・・、サボりもほどほどにな。」
・・・ばっ、ばれてる?
先生の意地悪な笑みが目に浮かぶ。
「・・・・・はい・・・。」
ガチャンと早々に切った。
・・・・・まっ、いっか・・・・。
私は画面を少し見つめてガチャンと閉じた。
「あ〜・・・。制服、着がえた方がいいかな?」
私は、家に戻って服を着がえた。
忍び足で行くと、意外と気づかれなかった。
大丈夫か?この家のセキュリティー・・・・・・。
私服に着がえて家を出る。
昨日ふってた雪がうっすらと道に残ってた。
さぁ・・・、どこに行こう。
ただ、学校に行きたくないだけで、行きたいところはあまり無かった。
・・・・そうだ。龍崎のお母さんに挨拶に行こうかな・・・。
この時間なら・・・、いないよね?龍崎・・・。
腕にかかってる時計は、9時10分を指していた。
雪を踏み潰しながら龍崎の家までゆっくり歩く。
「ジングルベール ジングルベール・・・・鈴が・・・な・・・るぅ〜」
声が小さくなる。
今年のクリスマスは、最悪だった。
家族でお祝いはできたけど、本当に一緒にいたい人とはできなかった。
なんなんだろう。
そんな風に考えていると、また泣けてきた。
私は急いで上を向いて、涙を止めた。
考えることをやめるために、龍崎の家まで走ることにした。
冬独特の鋭い空気が肌を刺す。
私はそれを防ぐことも無く走り続けた。
「はぁ・・・っ・・・」
龍崎のうちにつくにつく頃には息が上がっていた。
私は息を整えて、インターホンに指を向けた。
『どうしたんだよ!昨日!!』
『何でもねぇって言ってんだろ!!』
ん?
龍崎の家の中から、声が聞こえる。
間違いない。
龍崎と、直也さんの声だ・・・。
懐かしさを感じるその声に、私はしばし固まってしまった。
『何でもない分けないだろ!!お袋さんは?何で戻ってこないんだよ!』
『何でもねぇッッ』
・・・・龍崎のお母さんが戻ってこない?
何で?
ガチャっ
ドアノブに手をかける音がした。