one hundred sixth story
「・・・・・・カオル。早苗・・・。」
「なっ・・・、なんで?」
逆光の中のあの人の顔を見ながら、お袋はボスッとベットに座り込んだ。
その顔にはどう見ても、困惑が表れていた。
「すまなかった・・・・。」
あの人は、そういいながら俺たちのほうへ近づいてくる。
「・・っや。・・・・やだ・・。今更・・・・、せっかく・・・。」
ゆっくりとあの人が近づいてくるにつれて、お袋の目はうつろになり、手が震えだしていた。
「・・・・何のようだよ。今更・・・、何しに来たんだよ!!」
俺は、とっさにお袋とあの人の間に入る。
声の大きさにビックリしたのか、あの人の動きは止まった。
「・・・、お前達を・・・迎えに・・・。」
あの人は、ロクに俺の目も見ないままそう答えた。
ムカエニ?
ふざけてる。
俺の脳裏にあの時の電話の会話が浮かび上がる。
コイツは、お袋が大変な時・・・、女と会っていたんだ。
思い出せば出すほど、憎しみが込みあがってくる。
殴ってやりたい。
そういう衝動を必死に抑えながら、あの人に向かっていった。
「すみませんけど、帰ってください。あなたはもう・・、父親でも夫でもないですから。」
静かに言い放つと、あの人は目を見開いて呆然と立っていた。
「帰ってください。」
立ちすくんだまま、一向に動こうとしないあの人を俺は、無理やり部屋の外に出す。
「カオル・・・。」
「もう・・・、来ないで下さい。」
あの人を部屋の外に出すと、すっとドアを閉めた。
あの人が悲しそうな顔をしてたのは・・・・・、気のせいだ。
「っぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・」
振り向くと、お袋がベットに横たわっていた。
過呼吸を起こしていたのだ。
「お袋!お袋!?」
苦しそうにしているおふくろの体をゆさゆさと揺らす。
「龍崎です!お袋が過呼吸を起こしました!!すぐ来て下さい!!」
俺は必死にナースコールをした。
「せっ・・・・かく・・・、せいっ・・・っりが・・・はぁ・・・・ついた・・・のに・・・。」
お袋は、そう何かを呟いてもがいていた。
苦しそうに。
泣きながら・・・。
3分ほどして、主治医の先生とナース数名が病室に到着した。
医者は、お袋の様子を見て、ナースに何かを伝えると、処置をし始めた。
「馨君。今から、処置をするから廊下で待っててください。」
ナースはそういって、俺を部屋から出した。
廊下にはもうあの人の姿は無くて、俺はいすにボスッと座り込んだ。
「なんなんだよ・・・・。クソッ。」
どうすればいいんだ?
こうゆう時・・・、俺は何をすればいいんだ?
思い出せ。
お袋が倒れた時を・・・・。
「・・・・・かんだぁ・・・・。」
俺は無意識のうちに呟いていた。
無意識のうちに求めていた。
そうだ。あの時はずっと傍に、あいつが居た。
だから・・・、迷うことが無かったんだ。
やっぱり、俺にはあいつが・・・・・―――
俺はその続きを考えるのをやめた。
だって、そう思ったってどうなる?
アイツが戻ってきてくれるのか?
無理だ。
そんなこと。
俺は、アイツを傷つけた。
それに、もし・・・万が一戻ってきてくれたとしても、俺はあいつを守れない。
「・・・・どうすれば・・・いいんだよぉ・・・。」
俺の声がむなしく響いた。