通学路と駆ける猫
クリスマスソングが流れ、イルミネーションが光り輝き、関東は冬ど真ん中だ。朝は霜が降りたち、吐いた息が白く染まる。巻き付けたマフラーは通学路を様々に色づかせ、それが小さく震えるように揺れながら同じ道筋をたどっていく。
「おはよう」「おはよ、今日も寒くない」「寒い、もうホント無理」
ソプラノが通り過ぎるたびに、どことなく寂しい青い景色がなお一層透明度を増していく。一人の朝は、どこか切ない。
猫が駆けてきた。一匹の細身な猫が。
青い世界が急に温かな色合いに変わる。隠れた太陽が目覚めるように雲から抜け出して、猫を照らしているからだ。
「おはよう」私は声をかける。酷く震える声をごまかすように「今日も寒いね」と付け足した。
猫は乾いた唇を開いてぎろりとこちらを見つめると、立ち止まり歩み寄ってきた。「おはよ」そして「走ってると寒くない」と、息を吐き出しながら言った。
「朝から元気だね、今日テストなのに憂鬱じゃないの? 」
疲れがこみ上げたのか、息をぜぇぜぇと吐きながらも、その白さに見とれるように視線は動かさずに、猫はそっと呟いた。
「テストか」それは嫌そうでも、かといって嬉しそうでも、勿論切なさもなくこぼれ落ちていった。
「自信ある? 」
「そうでもない。でも大丈夫」
頭の良いこの猫は、本当にどうとでもないと言うように答えた。
「汗かいたから寒い」
不意に猫が顔を上げる。
「今日は家から学校まで、何があっても走りきって寒さを感じないようにするつもりだったのに。お前のせいで予定狂ったよ」
黒い瞳をぎょろりと動かす。
「なにそれ、それなら無視して走って行っちゃえば良かったでしょ」心にもないことだった。
バツが悪そうに、猫は髪を掻いた。黒髪がパラパラと揺れる。
「そういうわけにもいかないだろ」
そう言うと猫は寒そうに体を丸めた。たいして高くない身長が余計に小さく見え、細い腕を抱きかかえている。細めた眉は不機嫌そうにしわが寄っていて、首を守るように足元ばかり見つめている。
「マフラー、貸そうか?」
女子中学生にしてはどこか地味な色合いの緑色のマフラーを自分の首から巻き取った。
「それ、あったかい?」「多分ね」
物欲しそうに猫はマフラーを見つめ続けた。いるのかいらないのか。気分屋な猫はマフラーをそっと手に取ると、遠慮がちに細い首に巻き付けた。
「普通、マフラーって人に貸したり借りるものじゃないよね」
私がそう言うと、猫は微かに頷いた。
「遅刻するから俺、走るよ」そう呟いたかと思うと、上へ跳ね上がるように猫は前へ前へと走っていった。
マフラーを失った私は通学路の彩りから外されてしまったけれど、遠くに小さく見える私のマフラーが、猫に降り注ぐ日の光を浴びてキラキラと輝いている。すると、マフラーを巻いていないはずの首が温かさに包まれた。くすぐったいような、痛みにも似た、微かな熱。それは頬に伝わり、そして、寒さで赤く色づいた耳をなお一層赤く染めた。
教室で猫に会ったら、私は何を話すだろうか? きっと「今日はあったかいね」と話しかけ、猫は「あつい」と答えるのだろう。
一人の朝、冬の通学路で、私は猫が首に巻くマフラーを想い浮かべながら軽い足取りで歩を進めた。
END