突撃! 隣の嘘ご飯
「突然すみません! 『突撃! 隣の嘘ご飯』です! 今日の嘘ご飯を見せてもらえませんか?」
とある休日の昼下がり。インターホンのモニター越しに、大きなしゃもじを抱えた女性タレントの溌剌とした声が聞こえてきた。玄関を開けると、そこにはモニターに映っていた女性タレントとカメラマン、そしてディレクターと見られる中年の男性が立っていた。
女性は自己紹介をしつつ、あらためて番組に趣旨を説明してくれる。なんでもアポ無しで一般人の自宅に伺い、その自宅で作られた『嘘ご飯』を紹介するという番組らしい。
こんな一般人の嘘ご飯を取材して何が楽しいんだろうと思いつつも、なかなか取材OKが出ずに困っているとのことだったので、人助けのつもりで引き受けることにした。
部屋に通すと、三人は手際よく位置を決めた。カメラマンはカメラを構え、女性タレントはリビングの中央に立つ。ディレクターはカメラの後ろで腕を組んでこちらの様子を眺めている。私に対して特に指示はなかったが、なんとなく、いつも座っている椅子に腰を下ろした。
「ありがとうございます。それでは早速、嘘ご飯を作っていただいてもよろしいでしょうか」
すでにカメラは回っているらしく、カメラマンがレンズ越しにこちらを見ていた。
「……わかりました」
立ち上がり、キッチンへ向かう。何を作るかは決めていなかった。キッチンに立ったまま、少しだけ視線を泳がせる。
まず、壁際の棚に目が止まる。しゃがみ込み、下段の角に指を当てると、ネジの頭が少しだけ浮いているのに気がつく。リビングの引き出しからドライバーを取り出し、棚が崩れない程度にネジを数本抜いていく。掌の上でネジを転がすと、重さと冷たさが均一で、扱いやすそうだった。
ドライバーを戻すついでに、リビングの机からティッシュを一枚抜く。四つ折りにし、厚みを出す。ドライバーを入れていた棚の一番下を開けると、そこには衣料用洗剤のストックが置いてあった。少し迷ってから、それを手に取る。
そこでようやくキッチンへと戻る。鍋にぬるめの湯を注ぎ、続けて衣料用洗剤をキャップ半分ほど回しかける。それから火をつけ、四つ折りにしたティッシュとネジを鍋に入れる。青白い液体がティッシュに染み込み、ネジの表面にも薄くまとわりつく。
沸騰してから火を弱め、数分ほど煮込んでから火を止める。
「一品目が完了したようですがこれはなんでしょう?」
「ネジとティッシュの衣料用洗剤スープです」
女性タレントの質問に答えながら、次の料理に移る。材料を探しに玄関へ向かうと、靴箱の下段に、あまり履いていないスニーカーを見つけた。紐を指で引き、ゆっくり引き抜いてポケットに入れる。
次に洗面台へ行き、歯ブラシ立てから、使い古した歯ブラシを手に取る。キッチンへ戻りがてら、テレビ台の横に置いてあった貯金箱をひっくり返し、十円玉と百円玉を数枚ポケットに入れる。
キッチンに戻り、鍋に水を張って火にかける。沸騰を待つ間に、靴紐をまな板の上で伸ばし、曲がり癖を取る。湯が沸いたら、円を描くように沈め、箸で軽くほぐす。
靴紐を茹でている間、別のフライパンでソースを作る。オリーブオイルを入れ、まずは弱火で小銭を炒める。その後、生クリームを入れて、煮立たせると、ちょうどいいタイミングで靴紐が茹で上がるため、鍋から引き上げてソースと絡める。
皿に盛り、中央に高さを出す。最後に歯ブラシを斜めに立てかけ、完成。
「小銭クリームの靴紐パスタ、歯ブラシ添えです」
続けて、冷蔵庫を開ける。昨日から奥に入れていた消しゴムがあったので、包丁で薄く削ぎ、皿に並べる。均一になりすぎないよう、角度を少しずつ変える。
ここで一度、ベランダへ出る。ベランダには家庭菜園で育てているミントのプランターがあった。これだと思い、その根元の土に指を差し入れる。表面は乾いているが、少し下は湿っている。指先で軽くすくい上げ、ボウルに移し、室内へ戻る。
消しゴムの上に、培養土を指先でつまんで散らす。皿の縁を軽く拭き、余分な土を落とす。
「冷やし消しゴムの培養土がけです」
三皿を並べ、少しだけ距離を取って眺める。どれも無理のない形に収まっている。そう判断して、軽くうなずいた。女性タレントが一歩前に出て、皿の並びを見渡した。
「わー、すごーい! どれも、とても美味しそうですね」
女性タレントは大きく目を見開き、大袈裟なリアクションを取りながら話を広げていく。
「まずはこちらのネジとティッシュの衣料用洗剤スープ。何かポイントはありますか?」
「混ぜすぎずに、ある程度ティッシュの形を保たせていることですね。混ぜすぎちゃうとティッシュがバラバラになって、見た目が悪くなってしまうので」
カメラマンが無言で一歩寄り、レンズをスープの表面に近づける。
「こちらの靴紐パスタも美味しそうですね。特にこだわった点はどこでしょう?」
「食感ですね。柔らかく茹でた靴紐に、硬い食感の歯ブラシと小銭を合わせることで、楽しい食感になるように意識しました」
女性タレントがなるほどとうなずく。
「最後にこちらの冷やし消しゴムの培養土がけですが、土の散らし方がとても綺麗で、まるで芸術作品ですね」
「ありがとうございます。もう一品何かできないかなと思っていたところ、たまたま冷蔵庫に消しゴムを入れていたことを思い出して作りました。即席で作った割にはよくできたかなと思います」
カメラが皿全体をなぞるように動く。消しゴムの白と、ミントのプランターから持ってきた土の暗い色が、はっきりと対比を作っている。
しばらくして、ディレクターが一度だけ小さくうなずいた。それを横目で確認した女性タレントがこちらを向く。
「とても素敵なお料理、本当にありがとうございました」
女性タレントがお礼の言葉を述べ、それからカメラの方へと向き直る。
「それでは今日の嘘ご飯は以上となります。各ご家庭それぞれに違った嘘ご飯が見られてとても楽しかったですね。次はあなたのお家にお邪魔するかもしれません。それでは、また来週〜」
女性タレントがカメラに手を振り、私もなんとなく彼女に合わせて手を振る。ディレクターと思われる人物が手を叩き、空気が一段だけ緩む。
「撮影は以上となります。本日はご協力ありがとうございました」
ディレクターのお礼が深々と頭を下げる。カメラマン手早く機材をまとめ始め、女性タレントは顔に張り付いていた営業スマイルを解き、肩に手を当てながらため息をつく。機材が片付くと彼らは改めてお礼の言葉を述べ、そのまま帰ろうとする。
玄関の方へ向かう背中に、少しだけ間を置いてから声をかける。
「……えっと、食べないんですか」
女が振り返る。少し困惑した表情で答える。
「はい。大丈夫です。画が撮れましたので」
そのまま、特に迷いもなく続ける。
「こういうご飯って見せるために作るものですし、食べるものではなくないですか?」
そう言って、ドアの向こうに消える。ドアが閉まる音が、思ったよりも軽く響く。
部屋に戻ると、三皿がそのまま残っているる。しばらく立ったまま眺めた後、スマートフォンを取り出して一枚だけ写真を撮る。
その後、私は昼ごはんのカップラーメンを作るために電気ポッドに水を入れるのだった。




