5話「なんとか価値を見極めたい」
「さっきは見苦しいところを見せたわね」
「いえ、お気になさらず」
エイはこほんと咳ばらいをし、ロンが用意した紅茶をすする。そんな師匠の姿をロンは苦笑しながら見ていた。時刻は昼を過ぎようとしており、外ではさわやかな風が木々を揺らしている。
「連絡もなしに参上したこと、お詫び申し上げます。マムル様から急ぐようにとのことだったので...」
「ああ、それは全然大丈夫ですよ!」
ロンは手を横に振る。確かにいきなりの訪問には驚いたが、別に都合が悪かったわけではないのだ..エイを除いて。
「お気遣い感謝いたします。それと、マムル様からロン様へ伝言を預かっています」
サラはそう言うとマムルの真似をしているのか、低い声で伝言を伝え始めた。
「ロンへ、まずはお疲れ。疲れているところ悪いが、もう一度騎士団に来てほしい。仕事内容とかいろいろ話したいこともあるしな。...追伸、君の師匠に対するねぎらいの言葉がないのはわざとだから、指摘しなくていいぞ。...とのことです」
「最後の一言はいらなかったわよね?」
「ここまで伝えろと言われましたので」
エイは舌打ちをする。やはり二人の関係は最悪らしい。
「ええと、じゃあ僕行った方がいいですよね?」
サラがこれ以上いらないことを言って、師匠の機嫌が悪くなるのを防ぐため、ロンは出かけようとする。
「あと、これをお持ちください」
サラはポケットから一枚のカードを取り出し、ロンに渡した。カードは厚めの紙でできており、表には鷹の紋章と彼の名前が書かれている。
「騎士団の団員証です」
「それ便利よ。レストランとかで団員割がついたりするし」
エイがロンの持つ団員証を見て、懐かしそうに言う。師匠も同じものを持っていたのか。
「師匠もこれ持ってたんですか?僕見たことありませんけど...」
「そりゃそうよ。支給された服もカードも騎士団やめると同時に燃やしたんだから」
騎士団時代のことは、彼女にとって忘れたいことなのだろう。終わりと同時に、すべてを灰に帰すほどに。
「ロン様、もうそろそろ行かれた方がよろしいかと」
「そうですね!じゃあ師匠行ってきます!サラさんもよろしくお願いします!」
ロンはそう言うと近くにあったカバンを手に取り、飛び出していった。エイは手を振りながら見送る。ロンもそれに手を振り返しながら山を下りて行った。普通の親子なら、子供の成長を感じ、涙ぐむ場面かもしれないが、エイは違う。
(これで私の命が脅かされる時間が減る...)
エイは深呼吸をしてみた。するとどうだろう。今までなんとも思っていなかったものがより美しく、より鮮明に感じるではないか!鳥のさえずり、風に身を任せ互いにささやきあう木々、生命の営みを感じる川のせせらぎ....
「エイ」
いきなり名前を呼ばれ、エイは振り返る。
「どうしたの?ていうか、なんで私は呼び捨て?」
「マムル様からの指示です」
あのちょび髭、どこまで私に嫌がらせをすれば気が済むんだ。エイは再び不機嫌になるが、サラは気にせず続ける。
「エイにはこれからプランを決めていただきます」
「プラン?」
「はい、一つは洗濯と料理のみのプラン。こちらは一週間2000ポロとなっています。二つ目のプランは掃除付きのプランです。こちらは...」
「ちょっと待って!メイドの給料は払わなくていいんじゃないの?」
エイは昨夜の会話を思い出す。確かに、マムルはメイドの給料は彼が負担すると言っていた。そう、メイドの給料は...
「...もしかして、給料とは別に、プランの料金がいるの?」
「はい、そうです」
サラは当たり前のように答える。またマムルに騙されてしまった。しかも、こんな居酒屋のような商売方法に...
エイは顔をゆがめ、脳内で自分の貯金額を思い出しながら、マムルへの復讐の気持ちをさらに強くするのだった。
その男は路地裏を歩いていた。けがをしているのだろうか、左足をかばうように歩いている。路地裏は狭く、好んでそのような場所を通る人間はいない。だが、蜘蛛の巣に引っ掛かり、ゴキブリが足もとをかすめても男は気にせず歩き続けた。そして、あるドアの前にたどり着くとそこで立ち止まり、ノックをした。
「....何者だ」
「語る必要はない。すべては夜へ消えるのだから...」
扉からの問いかけに男が答えると、鍵が開いた。男はそれを確認し、中へ入っていく。建物の中は酒場のようになっており、カウンターの席には数人の男女が座っていた。だが、話をしているわけでもなく各々で好きなことをしている。そんな中、一人の少年が入ってきた男に声をかける。
「災難でしたねえ、ギルバーツさん。まさか爆発事故に巻き込まれるなんてえ」
その言葉とは裏腹に、白髪の少年はにやにやしながら先ほど入ってきた男、ギルバーツを見つめる。
「上っ面の心配などいらん。それよりグリルはどこだ?あいつに話さなければいけないことがある」
ギルバーツは少年の言葉を軽く受け流すと、カウンターの奥へ入ろうとする。
「辻斬りがうまくいかなかったからって、怒らないでくださいよお。やっぱりい、複製じゃなくて自分で行った方がよかったんじゃ...あ!でもその足じゃ行けないか!」
「...何か勘違いしているようだが、俺は爆発事故に巻き込まれたんじゃない。魔法で反撃されたんだ」
「は?あんなサイズの炎出せるわけないじゃん!そんな言い訳誰が...」
少年は突然話すのをやめ、カウンターの奥を見つめる。そこにはいつの間にか、シルクハットをかぶり、コートを着た初老の男が立っていた。
「ギルバーツ君の言っていることは事実だ」
「グリルさんまで何いってんのお?ボケちゃったあ?」
グリルと呼ばれる初老の男は、シルクハットを脱ぎ、カウンターに乗せる。
「君も、私の魔法は知っているだろう?私は実際に”見た”んだよ」
「グリル、やはりあの少年が」
ギルバーツがグリルに近づく。その姿はどこか興奮しているようにも見えた。グリルはギルバーツからの問いかけにうなずく。
「調べる価値はあるだろうね」
「じゃあ僕に行かせてよ」
少年は相変わらずにやにやしながら言った。その目には、半分の好奇心と半分の自信が混ざっている。
「この僕、稀代の魔術師ザイン・アルバートが直々に、そいつに“価値”があるのか見極めてやる」
白髪がランプの光に反射し、鈍く光っていた。




