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ep2

翌日、午後二時。


 魔王城、地下99階。

 『魔王マート』の前にある広場には、異様な緊張感が漂っていた。


「来たか……魔王」


 勇者レオは、愛剣『エクスカリバー(仮)』を抜き放ち、静かに告げた。

 昨日の疲労は十分に癒えた。

 今日はコンディションも万全だ。

 世界を救うための戦いが、今度こそ始まるのだ。


 対する魔王は、漆黒のマントを翻して現れた。

 その威圧感は昨日と変わらない。

 だが、何かがおかしかった。


「……ふぉうだ(そうだ)。約束通り、きひゃ(来た)ぞ」


「……あ?」


 レオは思わず聞き返した。

 魔王の声に、いつもの覇気がない。

 というか、滑舌が壊滅的に悪かった。


「おい、どうしたんだその顔。左頬がパンパンに腫れてるぞ」


 よく見ると、魔王の左頬はリスのように膨れ上がっていた。

 冷えピタのような何かが貼ってある。


「……ふぁいしゃ(歯医者)に行っふぇきひゃ(行ってきた)。

 麻酔が、まだ効いふぇふ(効いてる)」


「……」


 レオは剣を下ろした。

 戦意が急速に萎えていくのを感じた。


「いや、お前……そんな状態で戦うのかよ」

「ふぁんけいない(関係ない)! 余は魔王だぞ!

 これくらいの痛み、どうッふぇこふぉない(どうってことない)!」


 魔王は強がって杖を掲げた。

 禍々しい魔力が集束し始める。


「見よ! これが余の真の力……!

 『暗黒の業火よ、全てを焼き尽くせ(ヴォルカニック・インフェルノ)』!!」


 と、叫ぼうとしたのだろう。

 実際にはこうなった。


「『あんこくのぎょうかよ、すべふぇを……いひッ!?』」


 ズキリ。

 魔王が言葉の途中で顔をしかめ、頬を押さえてうずくまった。

 集まっていた魔力が、プスン、という情けない音と共に霧散する。


「……」

「……」


 沈黙。

 コンビニの自動ドアが開くウィーンだけが響く。


「……おい、大丈夫か?」

「うう……痛む……ロキソニンが欲しい……」


 魔王は涙目だった。

 世界の敵が、虫歯(の治療跡)ごときに敗北していた。


「あー、もう! 分かったよ! 今日は中止だ中止!」


 レオは剣を鞘に収めた。

 こんな状態の相手を倒しても、

歴史書に『勇者は歯痛の魔王を虐殺した』と書かれるだけだ。

 末代までの恥である。


「……すまぬ」

「いいってことよ。ほら、コンビニ寄ってくか?

 なんか冷たいもんでも食って冷やせよ」


 ****


 十分後。

 二人はまたしても、コンビニ前の縁石に並んで座っていた。


「ん……うまい……」


 魔王が食べているのは、とろとろのプリンだった。

 スプーンですくって、腫れていない右側の口で慎重に食べている。

 レオの手には、飲むヨーグルトがあった。


「麻酔切れるまで、固形物はやめとけよ」

「うむ。忠告に感謝する勇者よ……。

 このプリン、カスタードが濃厚で……染みる……」


 魔王は幸せそうに目を細めた。

 昨日の殺伐とした空気(サンドイッチ争奪戦)とは打って変わり、

 そこには妙なほのぼのさが漂っていた。


「で、次の予約は?」

「来週の火曜だ。神経を抜くらしい」

「うわ、キツイやつだな」

「怖いのだ……あのドリル音が……」


 魔王が小刻みに震えた。

 どうやらこの世界の魔王は、勇者よりも歯科医を恐れているらしい。


「じゃあ、決戦は来週の火曜の午後でいいか?」

「……いや、神経抜いた後は腫れるかもしれん。

 念の為、水曜にしてくれ」

「了解。水曜の14時な」


 レオは飲み終わったヨーグルトの容器をゴミ箱に投げ入れた。

 見事な放物線を描いて、ゴミ箱に吸い込まれる。


「じゃあな、お大事に」

「うむ。また会おう、勇者よ」


 手を振って去っていく勇者の背中を、

 魔王は頬を押さえながら見送った。


 世界の命運を賭けた戦いは、

 魔王の虫歯治療が完了するまで、無期限延期となりそうだった。

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