ep1
「ゼェ……ハァ……ついに、ついに着いたぞ……!」
勇者レオは膝に手をつき、荒い息を吐いた。
魔王城、地下99階。数々の凶悪なモンスター、理不尽なトラップ、
そしてやたらと長い階段を乗り越え、彼はついに魔王の間の扉の前に立っていた。
ボロボロの鎧、欠けた剣、そして空っぽの回復薬の瓶。満身創痍だ。
だが、この扉の前に魔王がいる。世界の敵が待っている。
「覚悟しろ、魔王……! 今日こそ貴様を討ち果たし、世界に平和を……!」
レオは残った力を振り絞り、重厚な鉄の扉を押し開けた。
ギギギ、と重苦しい音と共に扉が開く。
その向こうには、禍々しい闇と、身の毛もよだつ殺気が――
「いらっしゃいませー」
――待ち受けてはいなかった。
待ち受けていたのは、明るい蛍光灯の光と、軽快な入店チャイムの音だった。
そして、冷房の効いた快適な空気。
「……は?」
そこは、どこからどう見てもコンビニだった。
綺麗に陳列されたおにぎり、ホットスナックのいい匂い、
雑誌コーナーで立ち読みする客。
いや、客じゃない。
雑誌コーナーで『週刊少年チャンプ』を立ち読みしているのは、
頭に立派な角が生え、漆黒のマントを羽織った男――どう見ても魔王だった。
「……え、魔王?」
「ん? あ、勇者か。ちょっと待って、今『祝術廻戦』がいいとこだから」
「……」
魔王は視線すら寄越さずにページをめくった。
レオは剣を構えるべきか、財布を出すべきか迷った末に、とりあえず剣を下ろした。
この空間で剣を振り回すのは、なんだかマナー違反な気がしたからだ。
「あの、ここ、魔王の間ですよね?」
「の手前にある、『魔王マート』だ。ダンジョン直営だよ。福利厚生の一環だ」
「福利厚生」
レオは部屋を見渡した。レジにはスケルトンが立っていて、
無感情に「ポイントカードお持ちですかー」と
他の魔物客に尋ねている。
「……とりあえず、腹減ったな」
緊張の糸が切れたのか、レオのお腹がグゥと鳴った。
世界を救う前に、まずはカロリー摂取だ。
レオは弁当コーナーへと足を運んだ。
「お、新発売の『極上・黄金煮玉子サンド』……これ美味そうだな」
棚には、一つだけ輝くようなサンドイッチが残っていた。
レオが手を伸ばす。
と同時に、横から伸びてきた青白い手が、同じサンドイッチを掴んだ。
バチバチバチッ!
二人の視線が交差する。
レオの目の前にいたのは、漫画を読み終えた魔王だった。
「勇者よ……それは余が狙っていたものだ。手を引け」
「断る。こっちは98階層分、何も食ってないんだ。譲れ」
「余だって会議続きで昼抜きなのだ!
その卵の半熟具合、今の余には必要な癒やしなのだ!」
一触即発の空気。
世界を賭けた戦いよりも、遥かに切実な殺気。
レジのスケルトンが、カタカタと顎を鳴らして警告した。
「店内でのお客様同士のトラブルはご遠慮ください。出禁にしますよ」
「チッ……」
「……仕方ない」
二人は同時に手を離した。
「決着は、あれでつけよう」
「ああ、望むところだ……」
二人は向き合い、拳を振り上げた。
「「最初はグー! じゃんけん……」」
****
十分後。
魔王城の入り口(コンビニの前)の縁石に並んで座る、
勇者と魔王の姿があった。
レオの手には『極上・黄金煮玉子サンド』。
魔王の手には『鮭おにぎり』。
「……美味いか?」
「ああ、最高だ。このマヨネーズの酸味が疲れた体に染み渡る」
「……そうか。余の鮭も、塩加減が絶妙だ」
魔王は悔しそうに、しかしどこか満足げにおにぎりを頬張った。
二人の間には、不思議な連帯感が生まれていた。
「なあ、魔王」
「なんだ」
「戦うの、明日にしないか? 食ったら眠くなってきた」
「奇遇だな。余もだ。それに明日の午前中は歯医者の予約がある」
「じゃあ、明日の午後で」
「うむ。14時集合でどうだ」
「了解」
レオはサンドイッチの最後のひと口を飲み込み、立ち上がった。
魔王も立ち上がり、マントを払う。
「じゃあな、魔王。明日は本気でいくからな」
「フン、返り討ちにしてくれるわ。……あ、ゴミは分別して捨てろよ」
「分かってるよ」
勇者はゴミ箱にゴミを捨て、来た道を戻っていった。
魔王はそれを見送り、またコンビニへと戻っていく。
デザートのプリンを買い忘れていたことを思い出したからだ。
世界の平和は、もう少し先になりそうだった。




