十倍の悪魔
ある夜、私の前に悪魔が現れた。
「お前の願いを十個まで叶えてやろう」
「十個までなんて気前がいいのね。でも願いを叶える代わりに、私の魂を奪うんでしょう?」
悪魔はサメのような皮膚を引きつらせ、サメのようなギザギザの歯を見せた。もしかしてニヤリと笑っているつもりなのかも。
「いいや、お前へのデメリットは何も無い。ただし願いを叶えると、お前が世界で一番嫌いなやつに、叶えた願いの十倍の恩恵が与えられる」
「え? どういう事?」
「お前が一億円欲しいと願うとする。それを叶えるとお前は一億円、嫌いなやつが十億円手に入れる」
「……なるほど? それって税金は?」
「宝くじが当たるから、税金の心配は無いな」
ふむ。嫌いなやつに十億円あげといて、後から税務署にタレこむって方法は使えないのね。
……まあ、そこまでして陥れたいほど嫌いな人もいないんだけど。
「じゃあ美貌を手に入れたいって言ったら」
「嫌いなやつがお前の十倍美しくなる」
「モテたいって言ったら」
「嫌いなやつがお前の十倍モテる」
「スパダリが欲しいと言ったら」
「嫌いなやつが十人のスパダリに溺愛される」
「小説家になろうで総合ランキング1位を取りたいと言ったら」
「嫌いなやつが書籍化して『このノベルがすごい!』の1位になる」
「そこはなろうじゃないんだ」
うーん、なかなかめんどくさい条件だなぁ。
……あ。
「嫌いなやつを消すのは?」
「十倍に出来ない願いは叶えられないな」
「やっぱりそうかぁ」
私が悩んでいると、悪魔の皮膚の引きつりが一層ひどくなってくる。
はは~ん、これ『願いを叶えたいけど嫌いなやつを幸せにはしたくない』というジレンマで悩む人間の姿を見たいから、こんな事をしてるんじゃないの?
流石は悪魔。悪趣味。
「ん?」
私はここで気がついた。こういう系で定番の質問を、まだしていないことに。
「ねえ『自分が世界で一番嫌い』って思ってから願いを言ったらどうなるの?」
「さあ? そもそもお前はそこまで自分を嫌いではなかろう」
「ちぇっ、まあね」
尖ってた思春期は、自分がキライとかあの子がキライとか、思ってた時期もあった。
だけど大人になったら、自分のことはそれほど嫌いじゃないし、仕事も割と頑張ってて偉いと思う。他人を妬む時間や脳味噌が勿体ないので、そこまで誰かを嫌ったり憎んだりするより、距離を置く方が賢いとも知った。
だから私にとって『世界で一番嫌いなやつ』って、過去の大嫌いだった子か、あるいは現在ならば、うっすらと、ぬるーく「アイツめんどくさいなぁ」と思う程度の相手かもしれない。そいつが幸せになっても、まあ良いんじゃないかとも思える。
……いや、思える、か?
ああ、悪魔のやつ、ますます顔が引きつってきたわ。めんどくさい。今この瞬間なら『世界で一番嫌いなやつ』は悪魔かもしれない。
ここで私は、ハッとある可能性に思い当たった。それを確認するためにも、別のタイプの定番の質問をしてみる。
「ねえ、願いを増やす願いはできるの?」
「それは出来ないな」
「じゃあ、等倍ならできるわよね?」
サメ、じゃなくて悪魔がニイッと口を吊り上げて見せる。
「そんなに早くこの考えに辿り着いたのはお前が初めてだぞ。気に入った」
「あ〜はいはい。そういうことね。じゃあひとつめのお願い。私を嫌ってるやつトップ10を今すぐ見せて」
「良かろう」
私の前に透明なアクリル板のような画面が現れる。そこに私を嫌っている人リストが表示された。当然、真っ先に1位に目が行く。
1位は会社の同僚で、やたらと私に張り合ったり、私の真似をしたり、妙な噂を流そうとする、めんどくさい女だった。
へー、予想はしてたけど、私って結構嫌われてるのね。
名前を見た以上、きっと私のなかで『世界で一番嫌いなやつ』は彼女で上書きされただろう。今頃あの女の目の前にはズラズラと「自分を嫌ってるやつトップ100」のリストが現れている。突然そんなのが目の前に来たら、嫌な気持ちだし邪魔だしで、さぞかし困るでしょうねぇ。
「ふふっ、じゃあふたつめのお願い」
「もう決まったのか」
「ええ、もう十個目まで考えてるわ」
「随分と決断が早いな」
吊り上がっていたサメの口が逆にへの字になった。私がもう悩まないからつまらないらしい。
「そんな顔しないでよ。前の依頼者は、これからすっごく怒ってイライラして、そして悩むことになると思うわ」
そう言ったら悪魔はご機嫌になった。
◆
私はささやかだけど、普段はなかなかできない幸せを願った。
「ミシュラン三ツ星のフレンチの、メインディッシュが一口だけ食べたい。私の口のなかに直接放り込んで」
お行儀悪いのは承知の上でべーっと舌を出してみたら、そこに一口分の料理がパッと現れた。
ジューシーな牛ヒレ肉と、濃厚なフォアグラ……ロッシーニ風ってやつか。うわぁ、こんなの食べたことない! 美味し〜い!
その素晴らしい味の余韻が残る内に、私は三つ目の願いを言う。
「この料理に合う、最高級ワインを一口だけ口の中に出現させて」
「良かろう」
何年も熟成された赤ワインの芳醇な香りと味が口いっぱいに広がる。
今頃彼女の口中は大変なことになってるだろうなぁ。
どんなに美味しいものでも、心の準備なしにいきなり口の中に現れたら驚くはず。しかも十倍の量だものね。食べきれないかしら。それだったら勿体ないわ。
ま、だからといって手を緩めてあげるつもりは無いけれど。
「次は、銀座の超有名なお寿司屋さんの大トロのお寿司を、一貫だけ口の中に入れて頂戴」
「良かろう」
うーん、濃厚なのに上品な脂が口のなかでとろける〜!!
あとは、港区の高級中華のフカヒレと、超有名パティスリーの一切れ5000円するショートケーキを、それぞれ一口だけお願いしなきゃ。
それを堪能したら一本五万円もする、デパコスの美容液をたっっっぷりと塗ってもらうの。もちろん、顔に直接ね。
それから原宿の一流サロンでしか買えない高級トリートメントを髪の毛に直接塗ってもらうわ。
彼女、口の中にいろんなものが詰め込まれた状態で顔はビッシャビシャに、髪の毛はベトベトになるでしょうね。
仕上げに、美容成分たっぷりの、アホみたいな値段のバスボムを一個だけ、お風呂のお湯に直接入れてもらうの。今夜は最高のバスタイムになりそうね。
……あれ、お風呂に十個も入れたらどうなるのかな? 排水管が詰まらないといいけど。
◆
翌日。
私は仕事をいつもの倍のスピードで片付けていった。
「おおっ、いつも優秀だけど、今日は更に調子いいなぁ!」
肌も髪もピカピカでご機嫌な私は、上司に褒められてニッコリと笑顔で返す。その時視界の端で、例の彼女がこっちを睨んでから自分のパソコンに向かうのが見えた。
今頃彼女は「どうして!?」と不思議に思っているに違いない。
私が悪魔に十番目の願いとして「単純作業の仕事をミスなく倍のスピードで処理できるように」とお願いをしたのに、彼女には何も恩恵が与えられていないのだから。
そりゃあ、昨日はおかげでとっても素晴らしい時間を過ごせたからね。彼女に感謝しまくったわ。心から。
あの人が悪魔に「私の願いをひとつ叶えてほしい」っていうお願い、つまり願いの回数を等倍にしなければ、私のところに悪魔は来なかったんだもの。
だから――彼女のことなんて『世界一嫌いなやつ』じゃなくなったの。
多分今、私の十倍の恩恵を受けているのは、昨日ネットニュースで調べた連続殺人犯の死刑囚ね。
拘置所内での作業がさぞかし捗っていることでしょう。
そして、私の願いを全て叶えた悪魔は、今夜彼女のもとに戻る。
「さあ、願いをひとつ叶えてやろう」と言ってね。
私が何かを願うことで、その十倍の恩恵を十回も受けられると期待していた彼女が、昨日の目茶苦茶な願いだけで全てが終わってしまったと知ったら、どんな顔をするかしら。
きっと悪魔はサメそっくりの皮膚をご機嫌に引きつらせるに違いない。
ふふふ、私にとって彼女は今、『世界一可哀想なやつ』だわ。
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