100 100話記念閑話 ネコネコパニック
今日も安定のフェニックスさんを引き連れ、アルタイルとアリエス、そして今日は、なな、なんとタウルスとデルフィも一緒にエジプシアンダンジョンを目指している。
なんでもデルフィは神獣様にご挨拶したいんだとか。
この国アストラ王国で、猫神様は他の神獣よりも大切にされる。まだ荒れ果てていた数千年前、初代の王様が使役し共に戦ったのが猫型魔獣だったからって、歴史書には書いてあった。
だからデルフィは準王族として礼を尽くしておきたいんだって。
タウルスは挨拶というよりきっと興味津々なだけだと思う。
交渉術に長けたお父様により晴れてレッドフォードのものとなったエジプシアンダンジョン。
小さなバスケットにいっぱいのヘルシークッキーとマタタビを持って来たけど…一度にあげちゃだめだと思うんだよね。だからやっぱりあげるのは少しにしよう。
それに…今僕の背中にはキャスがへばりついている。
こう見えても魔獣だからダンジョンの二階層くらい全然大丈夫だって、本来の主人であるレグルスも言っていた。
同じ猫だからね。猫の神様なら会っておきたいかな?と思って連れてきたんだけど…まるでネコ型リュックみたいだ。
何事もなくあっと言う間に二階層奥の祭壇に到着。
何事もなく…と言っても洞窟内ではずいぶんたくさんの魔蟲が退治されている。
その魔蟲退治には腕自慢のタウルスも参加して、どうやらフェニックスの戦士さんとその数を競ってたみたい。
「タウルスー、家宝の剣でこんなのぶっ刺していいの?」
「お前を守るための剣にAランクもDランクもないだろう。俺は…気持ちだけはお前の騎士のつもりだからな」
「タウルスってば…」
「テオドール様、二人目の犠牲者ですか?」
「!」
フェニックスのリーダーさん!僕は無実だ!犠牲者とは実に心外だ!
タウルスが騎士の誓いを立てたいと言ったときお兄様は即座に却下した。
何故なら、僕の騎士になっちゃったらタウルスはレッドフォード家の騎士になる。タウルスの目指す、王に仕える聖騎士団ではなくなっちゃうからだ。
こればかりはお兄様が正しいと思って僕からもそう言ったし最後にはタウルスも納得した。
庶民に優しい新たなる第六騎士団が下町で受け入れられるよう、タウルスには頑張ってもらいたいものだ。
「わぁ!これがバスティト様の祭壇…」
「ほう…さすがはレッドフォード。実に立派な祭壇じゃないか。急ごしらえとは思えないな」
最奥の壁際にはバスティト様の石像が祀られている。その前には正方形の、やっぱり石で作られた…供物台?
「デルフィヌス様、お先にどうぞ」
「いや、加護を賜ったテオドールとアリエスが先だ。テオドール、捧げものをその供物台に」
「う、うん」
台に持ってきた量の三分の一を乗せて柏手を打つ。多分この異世界ではしない作法。でもついクセでやっちゃうんだよね。
カッ!
「眩しい!」
光の中からバスティト様が姿を現す。
「バ、バスティト様…?」ソー…
指先を伸ばすと鼻先をチョンってしてくれた。やった!
カフカフ食べるバスティト様の周りに群がるのはサンドキャット、この間の子猫たち。きっと美味しそうな匂いにつられたんだ。
あっ!キャスが子猫にシャーしてる!もー!キャスの方がおっきいのに!
「シャーしないでっ!シャーはダメっ!あぁっ!」
負けじと子猫はねこぱんち。
「だからダメだって!」
なんて気の強い子猫なんだ。倍もサイズ感が違うのに!こうなったらもうおやつで釣るしかない。
「よしよし」
チキンに甘みを加えてペーストにして持ってきたなんちゃってち〇ーる。
「ほらほら子猫ちゃんこっち、ってキャス!こないで、あーあーあー!バスティト様まで!」
収拾がつかな…
「あぁっ!もうだめ、じゅんば、順番だってば!そっちで…やめ…待って待って…あっ!」
隠してあったバスケットー!!!
すっかり食べ尽くされた空っぽのバスケット…。もう…誰一人言うこときかないんだから…
いいよ!今度は僕のターン!
食後の毛づくろいをするバスティト様に寄り添って、そのベルベッドみたいな毛並みを思う存分堪能する。
スーハー
すべ…すべ…気持ちいい…
「これはなんと神々しい…」
「まるで聖像画ではないか…」
フェニックスさんたちの声がするけど、大きなバスティト様の背中に思いっきり顔をうずめている僕には何も見えない。
バスティト様に寄り添う僕にキャスが寄り添い、膝の上には子猫が居る。あ、頭の上にも一匹。
楽園…ここは猫の楽園だ…。いや猫カフェ?
「テオドール…君は本当に選ばれたのだな…」
デルフィが戸惑いながらもお祈りの言葉を唱え、神への感謝をささげている。
そしてこの国への変わらぬ守護をお願いしてそっとミルクをお供えした。
あのミルクはデルフィに「本当にこれで良いのか⁉」と散々言われたけど絶対大丈夫って太鼓判を押したものだ。
通常お供えには花やキャンドルを供えるらしいけど、ネコはミルクのほうが好きだよね!
ほらやっぱり。すぐにバスティト様がぺちゃぺちゃしだしてデルフィはとてもほっとしている。
タウルスがミルクを飲むバスティト様をそぉっと撫でようとしたけど残念ながらするりと避けられた。ぷぷっ!
ミルクを飲み終わったバスティト様がひとつ瞬きをすると、デルフィの手には穂先の細い少し長めのワンドが握られている。
「こ、これは?」
「僕わかる!こうするの!」
デルフィの腕を取って右に左にゆらゆらさせる。
するとどこかに隠れていたトンボのような小さな魔虫がワンドの魔法に逆らえなくて、同じように右に左にユーラユラ…あっ!バスティト様ー!
大きなバスティト様の飛び回るさまはとても…その…地響きと毛がすごい。
「う、うわっぷ…」
デルフィはワンドを振り続け、気が付いたらサンドキャットもキャスまでもが参加して、その大運動会はワンドからの効力が切れるまで、多分体感十分ぐらい終わらなかった。
けっきょく、デルフィに与えられたそのワンドには小さな魔物を使役するエンチャントが付いていたらしい。
使役できる個体の大きさと時間は魔法のレベルで変わるようだ。当然デルフィの感激は半端ない。
タウルスは再度、その背中を撫でようとして…やっぱりするりと避けられていた。…ファイト…
そしてバスティト様は姿を消す前、またまたアリエスに何か話しかけて行った。
「…お兄様…、次はあの鶏のすり肉をもっとたくさん持ってくるようにと…」
い、いやしんぼうめ。
帰り道、絶対見たくなかったものを見つけてしまった。…泣ける…
「キャタピラー…」
「テオドール様、あれは幼体なのです。成体は」
「知ってる…蛾でしょ…」
「よくご存じですね。さすがです。成体である魔蝶はAクラス。毒粉をまき散らすとてもやっかいな奴ですが幼体であるキャタピラーはDクラス。防御の為に糸を吐きはしますが仕掛けなければ何もしません。そぉっと通り過ぎれば問題ありませんよ」
そおっとね、そぉっと…
「ああっ!キャス!やめてーっ!」
飛び掛かろうとしたキャスを抱きついて止めれば、キャスごと僕を敵とみなしたキャタピラーは僕に向かって糸を吐き出した。
気がつけば巻き巻きした毛糸玉みたいにぐるぐる巻きの僕。
「う…うぇ…きも…くない⁉」
これ、これってばすごく良い感じ。何、この肌触り。
「つるっつるのさらっさら!」
「お待ちください。今すぐ解きましょう」
「ううんいいの!このまま帰る!」
これは屋敷に帰って上手に巻き巻きしなければ。それで屋敷のお針子さんに…機織り?をお願いするのだ。
繭みたいになった僕を小脇に抱えて運んでくれたのはアルタイルとタウルス。「これじゃあなんにも嬉しくない」って二人して笑ってたけど。
繭玉の僕を見たお兄様はとても驚いて…僕の迂闊な行動にため息をついて顔をしかめた。
そしてその晩、僕はお兄様とアリエスによって、コマのようにくるくると回され身ぐるみ剝がされるという…実に恥ずかしお仕置きを受ける羽目になったのだった。




