98 ジローの胸の内ならぬ下心
ちゃっかりベッドの上に登って、人んちだって言うのに好き放題ゴロンゴロンする。
よおし!持ち物チェックだ!
ベッドの下には何も無かったし枕の下にも何も無かった…おかしいな?普通ちょっとエッチな本とか何とか…隠すものじゃないの?
「何探してるんだ」
「んー…、や、別に」
テキトーに置いてあった紙を手にしてうつぶせたまま、キャットタワーの完成予想図を描けば気分はすっかりデザイナー。
えっと、こう上に高くて、ところどころ休憩するところがあって、爪とぎがついてて…
妙に落ち着く…。前世の部屋に似てるからだろうか。
「お兄様、椅子にかけてはいかがです?そのお姿も可愛いらしいですがお行儀が少々…」
「それよりテオ、それは何だ?」
「キャスのタワー。キャットタワー。う~ん…あそび場?」
絵心の無い僕は描いては丸め描いては丸め…もう何枚紙を無駄にしてしまったことか。
その紙はジローが僕に言われて在庫の分類を始めた紙だ。ここでもやっぱりアルタイルが在庫表のテンプレを作る。アルはほんとうに面倒見が良い。
長閑な午後。
ジローは机で、僕はベッドで書き物をし、アルとアリエスは穏やかにおしゃべりしてる。
「お兄様、近隣の店で少し紙を買ってきますね」
「紙を?どうして?」
「薄い紙は高価なのですよ。ジローはまだまだ駆け出しの商人なのであまり無駄使いさせられませんから」
「えっ、あ、ごめん。ごめんね。僕何にも考えてなかった…」
「アリエス、俺も付いて行くから一人で出歩くな。いくら貴族街に近づいたとはいえここはまだ下町だ。ジロー、テオを頼む」
アリエスもアルタイルも細かい所まで本当によく気が付く。
そんな中僕だけが何にも分かってなくて、ハァ…気を配れない自分がつくづく嫌になる。僕ってばほんとにダメダメなんだから。
落ち込んだ気分を誤魔化すように、僕はテーブルに置いてあったジローのお水を一気に口へ流し込んだ。
あれ?いつも飲んでる水と味が違う?ちょっと苦い…にが…
遠くの方でジローの慌てた声がした。
なんか身体がふわふわする…
柔らかいクッションの利いたベッド?ううん。どっちかというとトランポリンのような…それに顔が熱い…
頭に乗せられた冷たいものは何?…気持ちいい…
誰かが髪を梳いている…お兄様?違う、だっていつもの甘いトワレの香りがしない…
喉が渇いたな…お水が飲みたい。でもさっきのじゃないよ。苦くない普通のお水がいい…
唇から冷たい水が流れ込んでくる。美味しい。もっとちょうだい。
何度かお水が流れてきて、その後、…なんだこれ?グミ?この世界にグミなんてあったっけ。僕の好きなレモン味のグミ…
嚙もうと思って歯を当てたらそのグミは逃げてった。…何だったんだろう…気のせいかな…
でもいいや。ちょうどいいからもう少しだけ惰眠をむさぼりたい…。今日と言いう日が楽しみ過ぎて昨日の夜は眠れなかったから…
「ジロー!本当にあなた…何考えてるんですかっ!」ワナワナ…
「いや、わざとじゃねぇ!気がついたらテオが勝手に…」
「そもそも仕事中に何飲んでるんだ!」
「ちょっとした気付け代わりに…ホラ、俺は数字が苦手だから…」
「苦手ならなおのこと素面で取り組むべきだろう!」
なにこれ。
「う…うるさい…」
頭がガンガンするのにみんなの声が大きすぎるよ!何騒いでるんだろう?いつの間二人とも帰って来たんだろう。
重たい瞼を頑張って開き薄目を開けてみてみれば、アリエスとアルタイル、二人がジローに詰め寄っている。
ジロー、いったい何したのさ?
「お兄様、気が付きました?大丈夫ですか?ジローときたら不用意にジンを…」
「…いてて…じんって何?」
「お酒ですよ。とても強い」
「薬みたいな味がしたのに?」
「そういうものなんだ。薬草のエキスが加えられてる」
お酒…そういえば僕はお酒に弱いんだった。
この世界でお酒の年齢制限は特にないけど、なんとなく十二歳以下は飲まないのが暗黙の了解。
前回飲んだあれは…学院内のレグルスの個室。あのときもこうして倒れたっけ。
「レグルスの部屋で飲んだお酒は甘いリンゴのお酒だったのに…」
「!」
「!」
「!」
「お兄様…殿下にお酒を勧められたのですか?」
「あ、うん。ダンスの練習してるときに目を回して…それで気付けだよって」
「テオ…なにもされてねぇ…な?」
「馬鹿を言うな!仮にも王太子である殿下が婚前にそのような真似するものか!」
「レグルスは僕が倒れて慌ててたよ。デルフィにものすごく叱られてた。ちょうど今のじろーとアリエスみたいに」
「そ、そうか…安心したぜ…」
あの時のレグルスの事はまだ信用してなかった。だって処刑人だと思ってたし。あれからもう二年もたったんだな。
「懐かしいなぁ、あの時はレグルスがあんなにハグ好きだとは思わなかった」
「はぐ…ですかお兄様?」
「うん、ぎゅぅってする事。疲れが溜まるとしてくるんだよね。癒しが欲しいとか言って。可哀そうでしょ?疲れてそうだし」
「そっ、そんなことを…お兄様の優しさに付け込んで…」ギリギリギリ
「アリエス布団破れ、破れるから…。何怒ってんの?それにアリエスもするじゃない。お兄様も。毎日必ず朝と晩、たまに昼間もしてくるよね?」
アニマルセラピーならぬテオドールセラピーは僕界隈では大人気だ。
「アリエスお前!」
「ふ、ふん。兄弟特権ですよ。僕もハインツ様も。ねぇお兄様♡」
「兄弟だもんね」
話しながら本物のお水、果実水を飲んでたらさっきのレモン味のグミをふと思い出した。
僕の酔いが醒めたのでそろそろお開きの時間みたいだ。
そうだ、帰る前に工場によってマカにキャットタワー頼まなくちゃ。
階段を降りるときはいつなんどきコケてもいいように、前にアリエスとアルタイル、後ろにジローが必ずこうして僕を挟む。
あっ、そういえば。
僕は後ろを振り返り何気にジローに聞いてみた。
「あ、ねぇじろー、さっきのグミ、あれもう無いの?」
「ぐみ…なんだそりゃ」
「レモン味の。くにゅくにゅしたやつ。あったら頂戴?」
「……あれはもう無い。…あのなテオ…」
「無いのかぁ、残念。もう一回食べたかったのに~」
「テオ…お前はほんとに性悪だな…」
「はぁ⁉何でー!」
僕が性悪っていったい…
その時ふとジローが手に持つレモン水が目に入った。目に入ったけど……
特に何も思わなかった。




