97 ジローの胸の内 11月
あのいろいろ疲れた(精神が)先日の冒険の後。
僕とアリエス二人して光の加護を貰ったことにお兄様は眉一つ動かさなかった。高位貴族のポーカーフェイスすごいな。
「私のテオドール…こんな事は当然ではないか。アリエス、神託を賜ったのだ。テオドールにたとえ一片の危険も及ばぬよう今まで以上に心掛けよ」
「…バスティト様といい…当たり前じゃないですか。言われなくとももとよりそのつもりでおります。ご命令は不要ですよ」
「お、お兄様…あれはマタタビ目当ての…や、もう、ほんとに…」
バスティト様があんなにいやしんぼだとは知らなかった。おかしいな?ゲームの神獣はこうもっと近寄りがたいオーラのスチルだったのに。
けど棚からぼたもち。神獣様のおかげであのダンジョンにはこれからいつでも行けることになった。
二階層の一番奥、三階層へと下る手前にレッドフォード家からすでに祭壇は寄進済みだ。
エジプシアンダンジョンは名前を裏切りごくごく普通の平地、いや、ちょっと貧しい農村地帯の奥にある。
領境の山間部へと向かう手前、何もない森林。その山道を奥へ奥へ進んでいくとそのダンジョンに行き当たる。
ダンジョンとは言え大して高額素材がとれる魔獣は出やしない。つまり不人気ダンジョンね。
だから僕みたいな薬草採取か初心者パーティーか、魔蟲の毒が目当ての冒険者しか寄り付かない。
実はここいら一帯は、あのドラブ侯爵家ゆかりの土地だ。ううん、だった。
ドラブ家の取り潰しに伴い接収されたその土地は、ドラブ家の縁戚子爵が手にしてた、元は初代ドラブ当主が治めた領地だという。
王都外郭の周りは公領の荘園があり、更にその周辺には、王様に命じられて王都の食料事情を助けるいくつもの小さな領地がある。そのひとつがドラブ初代の領だったってことね。
ドラブの家門はレッドフォードに匹敵するほど古い古い家門。
その初代はこんなにも王都に近い場所をあてがわれるほど信頼されていたんだろう。
だけど税だけ引き上げろくに投資もしてこなかった縁戚子爵のせいで、ここは立地のわりにとても貧しい。
打ち捨てられて治水もしてないその土地は随分と遅れた農業をしている。
領地から戻ったお父様はこんなことを言っていた。
「このレッドフォードから二人も神獣による光の加護を受けたのだ。ましてやそれがあのドラブ家から最も実害を受けたテオドールなのであれば賠償としてあの土地を分け与えられるのは当然ではないか」
そしてお兄様もこう言った。
「父上がこうまではっきり断言されると言う事は、ほとんど決まったようなものだと思いなさい」
そうして本当に分地して、エジプシアンダンジョンと周辺の一部がレッドフォードに与えられたとき、僕は筆頭侯爵家の権力をまざまざと思い知った。
所変わって…
「じろー!新しいお店見に来たよー!」
ジローが王様から貰った褒賞は新しいお店と苗字だった。
ブラウニング商会。それが新しいお店の名前。
苗字が付いたからって平民位のジローがいきなり貴族になったわけじゃないけど、今までの立場よりずっと商売がし易くなる。大商会との取引だって見くびられることないだろうって、これは王様からのご配慮だ。
「ジロー、なんて苗字になったんだ?」
「ん?ああ、ブラウニングだ。ジロー・ブラウニング。恥ずかしいな。こうなんつーか、すげぇ恥ずかしい」
「ジロー、貴方も一応勲章を賜った身。そろそろ言葉使いに気をおつけなさい。次にもう一つ功績をあげれば騎士爵をいただけると言われたでしょう?そのままでいてはいけませんよ。…なにが侯爵に認めてもらうなんだか…」
アリエスの後半の言葉は小さすぎて良く聞こえなかったけど、でもすごいや!
孤児院出身で苗字を貰えるなんて簡単じゃない。これはきっとみんなの励みになる!
それに新しいお店は二階建てでジローの部屋だってある。裏には作業場もあって、そこでは多くの子供たちが僕の発明品を作ってる。
人力だからね。たくさんの人手が必要なんだよ。
「みんながじろーに憧れるよ。じろーを目指して頑張るようになる。じろーは子供たちの英雄だね」
「あほか。俺のこれはほとんどお前がくれたようなもんだろうが。見ろよ。ここの工場で雇ったスラムのガ、いや子供たちも店を手伝う孤児院の奴らもテオ様テオ様って嬉しそうにお前の名を呼ぶだろう?英雄ってならお前の事だ」
…そんなことはない。
僕の作ったオモチャみたいな試作品を、ちゃんとした便利グッズに改良するのはいつだってジローのアイデアじゃんか。
その小さな発明品のほとんどはこのジローの店で作ることになっている。
これらはベースが夏休み工作だけに子供たちでも組み立て可能だ。そして一部の品はそこに最後、魔石を嵌めて加工を加える。
なんと!それをするのはお兄様が派遣した魔法士たちだ。
元々はアルタイルが手伝ってた魔法の加工。だけど品数が増え受注量も多くなったから、提携元であるレッドフォード家が派遣したんだって。
そういえばジローは未だ学校へ行かないスラムの子らに「工場で雇ってやるから学校で読み書き習ってこい」ってはっぱをかけてたらしい。だって簡単な指示書くらいは読めないとお仕事するのに困るからね。
お弁当持って学校に行ったとき、「生徒が増えて大変だ」って先生が嬉しい悲鳴を叫んでたのが印象的だ。
ジローは下町やスラムにいる親の無い子、怪我をしたり年取ったりして働けない人たちを助けたいんだ。そのために働く場所を増やそうとしてる。
なんて立派なんだろう。
アルもアリエスもその夢には同調してる。
なら僕も役に立たなくちゃ。新製品作ればいいのかな?おじいちゃんの工作…他になにがあったっけ?
四人で組んだパーティーは今、違う冒険を始めようとしてる!
いつまでも店頭に居ては邪魔になる。だから早々に二階、ジローの部屋へとやってきた。
「わぁ!ここがじろーの部屋!」
前世の僕の部屋と同じくらいの広さ。ああ落ち着く…。部屋って広すぎると落ち着かないよね。
「うん、前の部屋よりは広くなったな。使い勝手が良さそうだ」
「アルは前の部屋行った事あるんだよね?」
「ああ。だがあれは簡易なベッドが置いてあるだけの狭い部屋だったな。カップを載せる台もなくて困ったものだ」
へー…、仲いいのは知ってたけどいつの間にそこまで…
「おや?この椅子は…手作りですか?まさかジローが?」
「いいや、工場のガ、…子供が作ったんだ。テオが遊びに来るっつったら要るだろう、だとさ」
「ええー!嬉しい。どの子?」
「あの時騎士団に食って掛かった生意気な子供だよ。マカって名だ。テオ、覚えといてやれ」
あの時の…って、はっ!「へったくそ」って言った子だ!
目の前の椅子は流木を組んで作ってある、椅子というよりはスツール。だけどすごく上手に出来ている。
あれ?これをもう二~三段くっつけたらキャットタワーにならない?
…頼んだら作ってくれないかなぁ…
「マカ…こんなの作って器用だよね。あー、マカはまだスラムに住んでるの?」
「ああ…。早くあそこから出してやりたいんだがな。稼いだ金のほとんどをあいつらは親に渡しちまう。よせって言っても聞きやしねぇ」
「どんな親でも親は親…見捨てる事は出来ないんですよ…」
アリエスがしんみりしてる。
覚えてるよ。アリエスがお母さんを恋しんで泣いてた事。どう考えたってけっしていいお母さんじゃなかったのに。
「親の無い孤児と…どっちがましだろうな?」
どっちがまし…ジローのつぶやきに僕は自分を振り返る。
過保護なお母様とお兄様。ついでに言うなら過保護は前世からの筋金入りだ。
アリエスもジローも…みんないろんな想いを堪えてきた。それに比べ僕は何て恵まれてたんだろう。
だけど恵まれた自分を後ろめたく思っても仕方ないから、せめて世の為人の為、僕は僕に出来ることを…あっ!
今までレグルスやデルフィヌスに言われたことが思い出される。高位貴族としての義務…
僕はそれを今までとてもネガティブに捉えていたけど、その立場じゃないと出来ないことがある…
そう、偉くないと出来ないことがあるのだ…




