94 アルタイルの胸の内①
八人乗りの乗り合い馬車、貴族の息子が三人も居るのにぎゅうぎゅう詰めでは乗れなくて、結局馬車は二台に分け、僕とおじいちゃん二人、フェニックスのリーダーと魔術師さんの五人で乗り合わせる事になった。
この組み合わせは僕の希望。
憮然とする三人には悪いけど、おじいちゃんたちとは前からの約束だったからね。念願のダンジョン情報を事細かに聞いておかなくちゃ。
「今日行くのはエジプシアンダンジョンつってな、ここは最下層にゃぁ手強いスフィン・ク・スーが出るが、一、二階層には大した魔獣はでねぇ。テオ坊っちゃんでも一撃くらいは入れれんじゃねえか?」
「ま、魔獣…やっぱり出るんだ。だい、大丈夫かな?」
「うーんまあなぁ、俺ぁ正直ニュービーダンジョンのがいいんじゃねぇかっつったんだが、アルの奴がここにこだわっててな」
「なんで?」
「ここにゃぁ猫型魔獣が…んでもって運が良けりゃあ猫の神獣も出るからな。バスティトっての。好きなんだろ?キャスパーリーグ飼ってるって聞いたんだがなぁ」
「飼ってるよ!え、ここ猫型神獣出るの?やったぁ!」
「おいおい、ここは魔獣は少ないが魔蟲がでるんだ。セルキスとかセンティピードとか。いくら義弟さんが光属性だからってむやみに動いて刺されんじゃねぇぞ」
それ以外にもアルはほとんどの計画をたてていてくれたらしい。僕だけじゃない、おじいちゃんたちにも無理が無いようにって。そういうとこホントにマメなんだよね。
アルは僕の冒険者デビューを昔から応援してくれている貴重な友達だ。タウルスとは大違い。だけど侯爵家の嫡男と伯爵家の三男ではきっと貴族としての心構えが違うんだろう。
アルタイルはいつか家を出なくちゃいけない。家を出るっていうことがずっとリアルだ。
そうこう言っているうちに僕たちはダンジョンの入り口に着いた。
ここからは徒歩移動だ。
まずは第一階層。僕でも歩ける、前世のジャングルよりも安全な一帯である。
「よし、ここいらで坊ちゃんの必要な薬草採取してから昼めし食って、そんでまぁ、もう少し奥に潜るとするか。お目当てのバスティトはめったに姿を現さねぇがあいつぁ子供好きな神獣でな、坊ちゃんが居たら出てくるかもしれねぇなぁ」
「こどっ、こどもっ!なにそれー!」
言いたいこと言って笑いながらおじいちゃん二人はジローを連れて行ってしまった。せっかく来たんだから小遣い稼ぎに三~四階層で下級魔獣でも狩ってくるんだって。
だから僕とアリエスはフェニックスの皆さんを護衛に従え、朽ちた神殿の入り口みたいになった場所で薬草採取としゃれこんでいた。
「お兄様、僕も少しだけここを離れても構いませんか?」
「いいけど…アリエスも小遣い稼ぎ?」
「ふふ、いいえ。実はジローの行った沼地の側に光の祠があるみたいで。例えわずかでもレベルを上げるチャンスは逃したくないのですよ」
属性持ちの中位から高位の魔法使いは、こうして属性のごとの祠に祈るとレベルがちょっぴり上がるんだよね。これゲームのイベントだよ。
「じゃあフェニックスさん何人か連れて行ってね。ところでじろーは何狩りに行ったの?」
「三階層奥の沼地でラバーケロッグ狩りたいって言ってたな」
「ラバーシップの材料だ。アル…アルは行かなくても良いの?ここに居るの退屈でしょ?僕ならフェニックスの人が居るから大丈夫だよ?」
「…そうだな、こんな強そうな護衛がいるんだ、俺が居てもしかたない…いや、やっぱりここに居ていいか?」
「もちろんだよ。一緒に手伝って。アリエス気を付けて。早く帰って来てね」
「ええ」
アルタイルの言い方…なんかひっかかるなぁ…
確かにその時僕はそう思った。後になって思い出したときには遅かったけど。
欲しかった薬草もカゴいっぱい摘めて、僕はもう一つの目的を思い出していた。
「そう言えばアルタイル…、第一階層に果樹があるって言ってたよね。ダンジョンで採れる果物は甘みが強くて魔力が豊富だって」
「あ、ああ」
「この近くかなぁ?」
「どうかな?俺も入ったのは初めてだからな」
「だって甘い匂いがする。シェフに約束したんだ、獲って来るって。ねぇ探しに行こうよ」
幸いジローもアリエスもまだ戻ってはこない。行くなら今のうちだ。待ち合わせの目印をたてて僕たちはその場を移動した。
フェニックスのリーダーと斥候さんは僕からけして目を離さない。
「護衛慣れしてるなぁ」
「確かにフェニックスのリーダーは冒険者には珍しい清潔感のある人物だ。貴族向けと言うのも頷ける」
「もしかしてこの人貴族の出だったりするのかな?」
「後から聞いてみよう」
そんなことを話しながら僕たちはおおきな魔リンゴの木の下に到着した。
「いいか。テオは魔力の器がとても小さい。見つけてもそのまま齧ってはダメだ。魔力酔いを起こす。わかったな」
「はーい。あ~あ、せっかく甘いリンゴなのにな」
「ははっ、下処理をすれば食べられるさ。屋敷に戻るまで我慢しろ」
笑って話すアルタイル。一見いつも通りだけどなんとなくいつもと違う。こう何か考えこむそぶりが時々不自然で…どうしたんだろう?
「つっ!」
「どうしたの?あっ、血が出てる!」
「棘が刺さっただけだ。大したことない」
だけどアルの足は見る見るうちに腫れてきて、気がついたら歩けないほどになっていた。
「おい見せて見ろ」
斥候さんはアルの足を確認すると小さく舌打ちをして首を振った。
「お前セルキスに刺されたな。こいつは厄介だ」
「魔蟲には気を付けていたつもりだったんだが…」
「奴らは腐葉土に隠れ気付かれないよう棘をさすのさ。その毒は徐々に身体を痺れさせ動けなくなったところを一斉に襲い掛かって生気を吸うんだ。これには普通の毒消しは効かない。専用のポーションか最低でも中級以上の光の治癒じゃないと」
ええっ!どうし、どうしよう…んん?中級…?
「アリエス!アリエスはゾンビウルフに高位魔法を発動したよ!中級以上あるでしょ?アリエスなら治せるよね?」
「高位魔法を?それはすごいな…。お二人とも、ここでリーダと待っててくれ。アリエス様を連れてくる」
そう言って斥候さんはその身軽な身体を翻してアリエスを呼びに行ってしまった。
そうこうしてる間にもアルタイルの足は腫れてきて、後で治るってわかってても見てるこっちまでしんどくなってくる。
「あ、あれがあった!アル、これで冷やして?僕の作った保冷剤」
マジックバックから取りだしたのは例の保冷剤。それを腫れた足の上に乗せる。
「なんですかこれは。ああなるほど。これは便利だ」
フェニックスのリーダーさんも興味深げに覗き込む。
「ふぅ…冷たくて気持ちいいな。痛みが引く気がする…」
「それからこれも飲んで。ホントは胃腸薬だけど疲労回復効果もあるから。アリエスの治癒で治ると思うけど…少しでもあげとこう!」
「丸薬?だが初めて見るな。ああ…飲みやすい。テオが作ったのか?」
「うん」
この世界の一般薬は乾燥させた薬草を煎じて作る粉薬ばかり。それもけっこう粒子が荒い。
丸薬もあるにはあるけど蜂蜜ベースの丸薬はとても高価で下町界隈には出回らない。
だからこの間出来た片栗粉、あれを上手く利用して、丸めて固めて甘い薬草のエキスでコーティングしたのがこのジェネリックだ。
片栗粉がベースなら蜂蜜と違ってかなりお安く出来るはず。
「これならおじいちゃんたちも飲みやすいから。粉薬はむせるって言ってたし」
「そうか…、テオはさすがだな」
「アル…?」
やっぱり変だ。と、その時。
カサリ…ガサガサ…
「言ってるそばからセルキスだ。やれやれ片付けてくるとするか。結界を張っておくから動かないように。いいね」
リーダーは魔蟲退治に行ってしまった…
こんな薄暗いダンジョンでアルと二人きりになるなんて…想定外。
さっきからなにかもの言いたげなアルタイル。今日のアルはずっと変だ。
ホントにどうしたって言うんだろう。気がつけば落ち着かない気分は僕にまで伝染する。
どれくらいそうしてただろう。多分時間にしたらほんの数分、だけど体感はもっと長く感じる。
ついにアルタイルはたまりかねたように苦しい顔で、その重たい口を開いたのだ。




