91 ハインリヒの胸の内①
あのお茶会の後、お兄様とオリヴィアさんは、気が付けばいきなり婚約の運びとなっていた。マジびっくり。
現世のお姉ちゃんにどこかよく似たオリヴィアさん。彼女は確かもうすぐ詰むって言ってたからこれは逆転ホームランだ!
お兄様の何アンテナに引っかかったのか…まぁでもおめでたいことだよね。お兄様には幸せになってもらいたい。
「テオ様こっちですわ。今日もお肌ツルツルですわね!」
「あ、オリヴィアさんだ。いらっしゃい、今日も打ち合わせ?」
「そうよ。まさかこんな立派な結婚式が開けるなんて…ハインリヒ様には足を向けて寝られないわ」
「お家も助けてもらったの?」
「そうなの。お父様も滂沱の涙を流していらしたわ。あら、アリエス様もこっちへいらして。並んでちょうだい。はぁぁ、眼福~!」
「あ、えぇ…」
あのアリエスがドン引きしてる…
オリヴィアさんのこういうとこが前世のお姉ちゃんなんだよね。
僕を溺愛してたお母様は領地に行ってしまった。お父様とラブラブ生活を送るために。
そしてそのポジションにするっと入って来たのがこのオリヴィアさんだ。しゃんとしている時は少しお母様に似てなくもない。
僕は前世でもお姉ちゃんとは大の仲良しだった。だからすごく嬉しい。
「それよりテオ様…その…それは?」
「絵画の宿題。何か描いて来いって…」
「それ…って、キャスなのかしら?もしかして…」
「もしかしなくてもキャスだよっ!わぁぁん、もういやだ!お姉ちゃん描いて!もう何枚破いたと思ってるの!」
「お姉ちゃんって…それはわたくしの事?あ、あらまぁ、そう言ってもらえるのは光栄だけど…」
「お兄様、宿題はご自分でやらなければ…ばれたらその、倍になりますよ?」
「いやだ!もう描けない!なんでこんな宿題出るの?こんなの努力でなんともならない!」
美術とか音楽とか運動とかって、こんなの生まれつきの才能じゃんっていうのが前世からの僕の持論だ。
「努力したってこんなの下の下が下の上にしかならないよ!」
いつもピク〇ブに肌色の絵を上げていたお姉ちゃんならきっと二つ返事で代わりに描いてくれたのにっ!
「確かに芸術性の高い絵ではありますわね…。しょうのない子ね。少し下書きして差上げるから仕上げは自分でなさいませね」
と、通った…、無茶ぶり通っちゃったよ!大好きお姉ちゃん!
しばらくしてそののどかな空間にやってきたのはお兄様だ。結婚式の打ち合わせがあるからね。
いろんなことを決めなきゃならない偉い貴族のお兄様は、新婦とプランナーさんに丸投げと言う愚かな真似はしないのだよ。
「ハインリヒ様、本日も尊いお務めご苦労様です。招待状の準備は万事整っておりましてよ。食事の内容も指示を出しておきましたが…後程確認をお願いしますわね」
「ああわかった。それよりずいぶん楽しそうな声だったが、オリヴィア…その手にしたものは?」
「ええまぁ、その」
「お兄様の絵画の宿題です。その、少々個性が過ぎまして…ゴホ…オリヴィア様がお手伝いを」
「そうなのかい?困った子だねテオドール…。それにしてもずいぶん懐いたものだ。オリヴィア、これからもテオドールを頼んだよ。さて、私は着替えてくるとしよう。だが困ったことに少し手を痛めてしまってね、テオ、服を脱ぐのを手伝ってくれるかい?」
「え、お兄様大丈夫?まかせて!僕が脱がせてあげる」
貴族の外着はボタンもパーツもとにかく多い。機動戦士じゃあるまいし何パーツ重ねてあるのかってくらい。
そのうえボタンときたらこれでもかって言うほど多くてうんざりする。
でも宿題をさぼる良い言い訳が出来たと、僕は喜んでお兄様の後を追ったのだった。
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二人の姿が屋敷の中に消え、僕はオリヴィア様に気になっていた問いかけをすることにした。
オリヴィア様は妻になられるというのにハインリヒ様は常にお兄様を優先される。普通の婚約者であれば思うところがあって当然なのだけど…彼女はどうお思いなのか。
「良いのですかオリヴィア様。まだ婚姻前とは言えあれではまるでお兄様が新妻のようですよ」
「良いのよ。わたくしとハインリヒ様はお互い打算で結ばれた、これはある意味契約なの。わたくしは実家の援助を受けハインリヒ様は思う存分テオドール様を愛でられる、それでいいのよ。もちろんいくら貧乏でも高位貴族の娘ですもの。それなりの心得は出来ていてよ。跡継ぎの一人や二人、それくらいは応じてみせましょう。でもそれだけよ」
「納得済みなら良いのですが」
僕と同じか。ハインリヒ様と僕の間には暗黙の了解がある。
お兄様を愛す…そのため時に協力し、時に邪魔はしない…。この絶妙な均衡でこの屋敷は未だかつてないほどの平和に包まれている。
「それにね、わたくし可愛い子が大好きなのよ昔から。本当にとてもよ。どう表現したらいいのかしら?テオドール様とアリエス様、お二人が仲良くするその光景を見ているだけで、こう、言いようのない気持ちが沸きあがって…」
「うっ、す、筋金入りなのですね…」
「アリエス様とこう、顔を寄せあって本を読むテオドール様ときたら…はぁ…いいわ…」
邪な目で見られている事実に少したじろぐが、僕たちの平和を壊す気はかけらほどもないらしい。
どれほどおかしな女性であろうと、お兄様が懐いている、それに勝るものはない。
「それに最近はハインリヒ様とテオドール様の仲睦まじい姿にも少し食指が湧きまして…コホン…不思議ね、背の高い男性は可愛くないと思っていたのに、今ではもっとくっつけ!と…」
「おや、どちらの味方ですかオリヴィア様は。二兎を追うものは何も得ませんよ」
「ふふふ、しいて言うならわたくしはテオ様の味方ですわ。なにしろお姉ちゃんですし。さぁお二人とも、頑張ってわたくしをもっと楽しませてくださいましね」
そのお願いなら簡単にかなえられると、一人静かに気炎をあげた。




