81 レッドフォード家③
ドラブの企てに端を発した此度の騒動。私はこれを機にテオドールとハインリヒの婚姻をまとめてしまうつもりでいた。
だがこの若き王太子はかなりの切れ者らしい。いつの間にか私の闇を、隠し続けてきた心の憂いを暴き立てるに至っていた。
ヴィクトリアによって語られる過去の出来事。こうして口にするたび全てが鮮明に蘇る。デイビッドと過ごした日々がまるで昨日のことかのように。
そのデイビッドと同じ顔でテオドールが憤っている。
「それだけ深い愛情を持てるならなんでそれをお母様に向けられないの!こんなのおかしいよっ!」
「テオドール…」
「バカバカバカ!お父様のバカ!お母様が可哀想だ!こんなの誰も幸せじゃないっ!デイビッドさんは、僕のお父さんはこんなこと望まないっ!きっと愛する人たちの幸せを誰より望んだのに決まってる!」
一度も逆らったことなどないテオドールが、それでも声を張り上げ私に叫ぶ。
その声は生気に溢れそこにデイヴィッドの面影はどこにもない。
だが発したその言葉には覚えがあった。
消えゆく彼に、私も共に逝きたいと…そう口走った私に弱弱しくもハッキリと彼は言った。
『馬鹿…ウォルフの馬鹿…ヴィクトリア様が可哀想だ…ハインリヒ様も、そしてサディ様も…。僕は誰かの不幸を踏みつけにしてまで君を愛したいわけじゃない…。君が、そして君を取り巻くすべての人が幸せでいることをいつだって願っているよ…』
「デイビッド…おお、そうだ…あの時君は確かにそう言った…」
サディを失いデイビッドを失い母を失い、不幸に溺れる私は幸せの意味すら見失っていた。
「君はどんな時も思いやり深い人だった。それなのに…我が身を憐れむ愚かな私は君の心まで捻じ曲げるところだった…。デイビッド…馬鹿な私を許してくれ…」
涙の滲んだテオドールの瞳は私の愛したデイビッドと同じ。
淡い茶色のつぶらな瞳は初めて出会ったあの時を、あの日の彼を思い出させる。
「ああテオドール、デイビッドの忘れ形見…。彼の面差しを色濃く映すお前を苦しめるなど何故私はこんな馬鹿な事を…」
「僕のことはいい。だけどお父様、お願いだからこれ以上不幸に酔わないで…。こんなの…きっとお父さんは悲しむ…」
「許してくれテオドール…こんな私をお前はまだ父と呼んでくれるのか…」
「うう…お父様はお父様だよ…。だけどお父様よりお母様のほうがずっと悲しい。お父様に愛されないからじゃない、お父様がいつまでたっても幸せじゃないからだよ!幸せになろうとしない人に幸せなんかやってくるわけないじゃないかっ!お父様が幸せにならないとお母様もずっと不幸なままだ!わぁぁぁん!お母様を幸せにしてよぉっ!早くっ!今すぐっ!幸せにしてよぉ!」
感情のままにテオドールが私の胸を力いっぱい叩きながら泣き叫ぶ。
ヴィクトリアを幸せに…きっとそれこそがデイビットの願いだろう。
これはテオドールの口を借りてデイビッドが告げているのだ。
自分の代わりに…自分が出来なかった分まで…ヴィクトリアとテオドール、二人を幸せにして欲しいと。
そしてテオドールは言うのだ。そのためにはまず私が幸せであらねばならぬのだと。
そうか…それこそがデイヴィッドの望みであり夢なのだな…
なぜそんな簡単なことに今まで気づけなかったのか。
「ああヴィクトリア…君とやり直すには遅いだろうか。」
「ドルフ…ああ、愛しい旦那様…」
「もしも許されるものならば私はもう一度あの新緑の大地を心から踏みしめたい。勝手な言い分だと思うだろうが、こんな愚かな男の側に居続けてくれた…君と共に」
「遅いことなどありませんとも。わたくしはいつでも貴方のお傍におります…」
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腹がたって腹がたって…僕は初めてお父様に大声で逆らっていた。
お父様は大貴族の侯爵らしくとても威厳に溢れていて…普段だったらとてもじゃないけど逆らう事なんて出来やしない。
我儘令息テオドールでも出来ないことはあるんだよ。
だけど今は…今だけは…お母様もお兄様もこのままにしちゃダメだってなんだかそう思う。
お父様がどこか僕によそよそしかったのも、時々微妙な視線を感じたのも、全部僕が連れ子だからだと思ってた。
だけどこんなに重たい理由があったなんて…
なんにも知らずにいたからこそゲームのテオドールは、お父様に嫌われたくない、その一心でアリエスに辛く当たったんだから。
可哀そうなテオドール…。そうじゃなきゃ今の僕みたいに仲の良い兄弟にだってなれたかもしれない。断罪なんかされずに済んだかもしれないのに…
僕の言葉が届いたのか、お父様が涙ぐみながら許してくれと言う。
だけど違う、そうじゃない!
お父様が謝るべきはワガママ息子の僕じゃなく…見返りもなくお父様の心に寄り添い続けたお母様じゃないかっ!
誰一人、誰かを不幸にしたかった訳じゃなかったはず。
なのにどこかかみ合わない、それぞれの想いが関わった全ての人を不幸にする、その元凶が、原因が…、こんな悲しい愛情の空回りだったなんて…
僕は中身が転生だからこの事態にも部外者気分でいられる。
けど本物の当事者たちはこのおかしな思い込みから一刻も早く脱却しないと、みんながお父様に振り回されてお父様と共に自滅してしまう。
そうだ!不幸せの起点は全部お父様だ!
会ったこと無いデイビットさん。僕のほんとのお父さん。
だけど一緒に過ごしたお母様のほうが僕には大事な問題で、お父様との真実の愛を邪魔するみたいで気が引けるけど、僕はお母様にはいつだって優雅に扇を持ちながらつーんとすましていて欲しい。
そう、ゲームの中で見たスチルのように!
僕が癇癪起しているうちに二人は気が付いたら抱き合っていた。
ちょっと!その前にお兄様にも謝ってよ!お兄様を残して逝こうとしたくせにっ!何考えてんの!もう、もう…自分でももう何を言ってるのか分からない!
しゃくりあげすぎた僕は……いつしか過呼吸を起して意識をとばしていた…




