78 断罪の時②
怒りの形相でレグルスが叫ぶ。
ゲームの中、王子はいつも直前までの笑顔を消してとても冷たい目をして僕の名を呼んだ。だけどどんなルートでだって、こんな風に感情を荒げたりはしなかった。
怒ってる…レグルスが本気で怒ってる。
どうして?それは僕の為なの?
僕は悪役令息。いつでも断罪を受け引きずり出される側だった。なのに気がついたらそのポジションには悪役令嬢が鎮座してた。
シナリオが変わったの?いつから?
そうか、これはみんなが僕のために必死で動いてくれた結果なんだ…
「お呼びでございますかレグルス殿下、ご機嫌麗しゅう」
王子からの呼び出しとあってウキウキと現れた侯爵令嬢。けど周囲を見渡しその笑顔を消す。
「あ、あら皆様お揃いで。こ、これは一体何事なの?」
その問いかけに答える人は誰も居ない。
「…レッドフォード侯爵夫妻まで…、…な、何を話しておいでなのかしら…」
「空々しくとぼけるのは止せ。セリッシュ嬢。企みは全て表に出た。証人、そして記録用の魔石に刻まれた証拠、すべて揃っているのだ!」
レグルスは令嬢を糾弾していく。
階段で僕に危害を加えようとしたこと、野外演習で命まで狙ったこと、下位貴族の息子たちを唆し、社交界まで巻き込む非道で非情な噂を流したことも。
さらに僕を驚かせたのは、彼女が家令を使い闇ギルドに内通していたことや隣国の武器商と接触をはかっていたという事実だ。
ぶ、武器商って…こ、コワ…
「命を狙う?何のことでございましょう。まったく身に覚えはございませんわ。それにわたくしそのように下賤な下位の者などまったく存じ上げませんわ」
下賤って…仮にも上級生に向かって…
「それに武器商…だったかしら。その人物に会ったのはその…そう、そこの愚かなテオドールが隣国に流した悪しき武器の設計図をなんとかして取り戻そうと使いをお願いしたんですの。まったくとんでもないご子息ですわねレッドフォード夫人」
立ち上がろうとしたお母様を制しレグルスが声をはりあげる。そこに沈着冷静な王子の姿はない。
「語るに落ちるとはこの事だセリッシュ嬢!何故流出したのが設計図だと知っている!社交界に流れる噂は「テオドールが隣国に武器を流した」それだけだ!」
途端に目が泳ぎ出す侯爵令嬢。そこから先は墓穴につぐ墓穴のパレードだ。
「あ、あの、あぁそうですわ。お、お父様から聞きましたの。流したのは設計図だと」
「ほう?その件は陛下の名のもとに箝口令が出されている。ならばドラブ侯爵は機密漏洩の罪に問われるという事だな?」
「ちがっ!違います!そんな…違うのです!今のは間違いで…その…設計図なのではないかと思っただけ…そう、勘ですわ!女の勘ですの!」
「あきれたものだ…、そのような稚拙ないい訳が通ると思うのか!」
そーだそーだ!女の勘がまかり通ったら冤罪天国だ!
「言ったはずだ。君が隣国に設計図を流そうとしたこと、すべて証拠は掴んでいると。このお粗末な企て…君の発案なのだろう?なんという悪辣なそして短絡的な行い…そうまでしてテオドールを貶めたいのか!」
「くっ…、そこにいるのは礼儀も品もない悪童ですわ!レグルス殿下にはふさわしくない!」
「では誰が相応しい?言ってみよ!」
「わたくしですわ!この名門ドラブの娘、わたくしでございます!」
言い切ったよ…。すごいな。
「…呆れたものだ。不見識な君にはわからないか!これらの武器が他国に流れればこの国は戦乱の世になったかもしれない!それは多くの血が流れるという意味だ!」
はじめて聞く話に開いた口が閉まらない…
僕のわりばし武器がきっかけで戦争が始まるなんて冗談じゃない。こんなのもう悪役令息なんかじゃない。
「わ、わたくしそのような…そのような大それたことなど考えたこともございません」
「その程度のことすら分からず己を王太子妃に相応しいと言ったのか」
真っ赤になって顔を伏せる侯爵令嬢。ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「いいか、武器商には事前に諜報が入っていたのだよ、君の動きを警戒してね。君が接触した商人は公爵家の手のものだ。申し開きがあるなら言ってみるがいい」
公爵家…デルフィも助けてくれたんだ…
みんなが隠し続けてくれた事実。今ここに来て初めて僕は、事の深刻さに気が付いた。
もしこれが全部、ホントに僕のせいになってたら…そう考えただけで全身から血の気が引いた。
「ただ、ただわたくしは愛しい殿下のお側近くにあのように良識の無い者が侍るなど…けっして認められぬとただそれだけの一念で…何とかして排斥せねばと、全て殿下の為を思ってのことでございます。どうか、どうかおわかり下さいませ!」
「私のため?下らぬことを…君のいう良識とはなんだ?見るがいいこの有様を!」
開け放たれた扉からはいつの間に来たのか、取り巻きの一人カーネル伯爵令嬢がまるで嫌な虫でも見るようにセリッシュ嬢を見つめていた。
「リンダ…貴女裏切ったのね。このままで済むと思わないで…」
「黙れセリッシュ!ただで済まぬのは其方の方だ!」
「酷うございます殿下…わたくし心から殿下の事を想っておりますのに!ですがレッドフォードの威光があっては簡単にそのゴミを取り除くことも出来ず…苦肉の策だったのです!」
「黙れ!人をゴミなどと人道にも劣る人だ。国を栄えさせ民を護る、それこそが王家の役割。セリッシュ嬢、君はいつも私の想像を超えてくる…想像を絶する愚かさだ。連れていけ!顔を見るのも不愉快だ!沙汰は両陛下とも相談の上、先に収監されている侯爵ともども言い渡す!甘くはないぞ、覚悟しておけ!」
「そ、そんな…」
呆然とした彼女の手から豪華な羽根扇子が落ちる。
「殿下…わたくしそんなつもりでは…お慕いしているのです!幼き時より殿下だけを…殿下お願いこっちを見て、きゃぁ、触らないで!殿下!殿下ぁー!」
逃がすまいと腕を捕まれ連行される巻き毛の侯爵令嬢。
僕はただ真っ青な顔でそれを見ていた。そんな僕をお兄様がそっと支えてくれる。
…なんてことだ…ゲームのテオなんかとレベルの違う本当の悪…
だけどこれでもう…
僕の断罪は無くなったよね?これでホントのホントにゲームの悪役設定は僕の上から消えたんだよね…?
そうだよね?




