75 引きこもり 6月
みんな代わる代わる僕を迎えに来るけど…僕はもう学院には行かないってそう決めた。
お兄様は諸手を挙げて大賛成で、怒りを見せながらもすっかり引きこもる準備を整えてくれた。
通学を止めた僕を見て、アリエスまでがそれなら自分も行かないって言い張ったけど、良いからほっといてって泣き喚いて追い出した。
癇癪を起すのは久しぶりだ。でもいまだにこれは有効なワガママだ。
僕なんかと一緒にいたらみんなのシナリオまで狂っちゃう。
だってわかったんだ。僕は悪役を止めたいけどシナリオがそれを許さない。
今ではみんな友達だもん、道連れにはしたくないよ…。みんなのバッドエンドなんか見たくない。
僕なら一人で大丈夫。だって僕はパーソナルスペースを大事にするインドア大好き現代っ子だからねっ!
そう、こんなの全然平気、大丈夫なんだから!
部屋に籠って本を読んだりキャスパリーグと遊んだり。それからお母さまともお茶したり。
前世を思い出したあの時のように来る日も来る日も一人で過ごす。
そうだよ。そもそもあの頃は学院なんか行かないってあれほど心に誓ってたんだから。それならこれはまさしく計画通り、結果オーライってやつだよね。
そうだ、久々に図書室へ行こう!あんな大量の積ん読本、毎日読んでも読み切れないよ。未読の本だってまだまだたくさんあるんだから。
久しぶりの図書室は古紙の匂いがアロマみたいで、誰の目も気にせずに落ち着いて、一人静かに読書へ没頭出来そうだった。
「テオ?テオドール、ここに居たのか…こんなに暗くなるまでどうしたんだい。灯りもつけず…すでに文字など見えないだろう?さあ行こう、母上も心配して待っているよ。テオ?」
「泣いてるのかい?どうしたの?お兄様に話してご覧?」
「……学院に行きたいのか。そうなのか…。テオはもう閉じ籠るだけの内気な子供じゃないのだね…」
「私が間違っていたよ。お前をこうして安全な場所でどこにも出さずにさえ居ればお前が安心するのだと思っていた。だがそれは私自身の安心でしかなかったのだね…」
「…学院での話をするテオの表情は今まで見たどんな顔よりも嬉しそうに輝いていた。だからこそ、私は不安でたまらなかった」
「テオドール、このくだらない茶番劇にももう直に片が付く。待っていなさい。お兄様が仇をとってあげる」
「テオお願いだ…どうか泣き止んでおくれ…」
泣きじゃくる僕の背をお兄様が優しく撫でながら慰め続けている。
抱きしめられてそうされていると初めて会った幼い頃を思い出した。
そう、あの頃からお兄様はいつだって僕を守ってくれる最後の砦。
ゲームを思い出す。
義弟のテオドールなんか放っておいたらよかったのに。そうしたらお兄様まで一緒になって平民落ちはしなかった。
だけど僕はアリエスをいじめなかった。だから…もしもこれで断罪されたってお兄様は無事なはず。
よくやった自分。僕は僕を褒めてやりたい…
「っ…お、お兄様…ぼっ、僕がここから追い出されても弟だって思ってくれる…?」
「テオ!何を言うんだ!」
「お、兄様のままで居てくれる?…僕が最後に頼れるのはお兄様だけで、うっ、…うわぁぁぁぁん…」
「テオドール…」
「僕、僕お兄様が大好き。ずっと好き。だけどそれは兄弟じゃないとダメなの…ひっく…」
「テオドール…伴侶ではだめなのか…」
「ご、ごめんなさいぃぃ…ううぅ、僕の事嫌いになった?嫌いになっちゃった?きっ、嫌いにならないでぇっ…」
ゲームの時からずっとテオドールの側にいたお兄様。お兄様がお兄様じゃなくなっちゃったら…きっと僕の心にはでっかい穴が開くだろう。
「……馬鹿だねテオドール、知っているだろう?お兄様はテオの我儘はなんでも聞いてしまうんだ。嫌いになどなるはずが無い。テオはいつまでも…私の可愛い、とても大切な……弟だ」
そしてお兄様は僕のおでこにキスをした。
これは兄としての親愛の証だって…そう言って少し悲しそうに笑ってキスをした…
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「殿下!もうこれ以上我慢なりません!お兄様をここまで苦しめて…国政の為とここまで我慢に我慢を重ねてきました。ですがもう限界です!あの女…どうしてくれよう…いくら刻んでも刻み足りない!」
「よせアリー、テオが絡むとお前は性格が変わる…。私怨で裁いても意味がない。あの令嬢には裁きの場を持って刑を、そう、極刑を言い渡すんだ!」
いきり立った二人が叫ぶ。分かっているとも。ここまで彼らを泳がせたのは全て私が決めた事。ああ…自分が嫌いになりそうだ…
「テオには辛い思いをさせたがデルフィヌスからようやく朗報が来た。これで茶番は終わりにしよう」
「デルフィヌスは何と?」
「令嬢は焦れて直接武器商に会いに来たそうだ。何度も失敗している以上、他人には任せられないと思ったのだろうが、想像し得る中で最良の結果になった。そうして武器商人に扮した公爵家の手のものにその設計図を手渡したそうだ。その一部始終は記録用の魔石に納められている。言い逃れは最早出来まいよ」
「それだけではありません」
驚いた…。セリッシュ嬢の取り巻きの一人、カーネル伯爵令嬢が震えながらも決意の籠った面差しで、ケフィウスに手を引かれ私たちの前に現れたのだ。
「私…もうこれ以上あの方には付いていけません…。テオドール様のお命を狙ったときから限界でした。私も証言いたします。あの冬の演習で偽のマップを渡したのはこの私、そしてその指示を出したのも、祠を壊して封印の魔物を解き放ったのもドラブ令嬢、セリッシュ様です!この私こそが生き証人です!」
「良く言ってくれた。だからと言って君の罪が無くなる訳ではないが、君の改心は陛下に伝えておこう。」
さてどこまで情状が酌量されるか。
「後は私の証拠をもってして断罪するに足ると言う事ですね。ハインリヒ様からも金の流れは全て押さえたと連絡がきております」
「ケフィウス申せ!」
セリッシュの件をデルフィヌスに一任し、このケフィウス、つまりブラックバーンはより手ごわいドラブ侯爵まわりを探っていた。そのケフィウスによる待望の報告。
「ドラブ侯爵は幾重にも保険をかける男です。娘のすることなど歯牙にもかけず、着々と謀りごとを進めておりました。野良冒険者に商業ギルドから保管してあるクロスボウの試作品を盗ませ、そしてそれを持った冒険者が向かったのはグランシー侯爵領です」
「ふむ、ドラブ侯爵夫人の縁者だな」
「法外な通行税の免除と引き換えに違法な仕事を請け負わせ、今度はそれをネタに脅して更に後ろ暗い仕事をさせる…外道ですよ」
それがドラブ家一門のやり方だ。奴らはいつも逆らえぬよう弱みを握り、いや、時に弱みを作り、それをネタに自由を奪う。
そして事が明るみに出れば見捨てるのだ。名門家でありながらその手口は裏社会のやり方そのもの。いつからこれほど落ちぶれたのか…
「それからハインリヒ様が流通の抜け道はノイラート伯爵領だと…」
「ノイラート伯爵夫人はクランシー侯の妹だ…」
「なるほど…。ハインリヒ様からの報告を受け潜入した諜報員からですが、ノイラート邸の敷地内、奥深いある一角に、巧妙に隠されたオピオンの花園を見つけたということです」
「テオが言っていたオピオンの花か!」
…だからあれほど焦ってテオドールに罪を被せたのか!おのれ…その身をもって償わせてやる!




