72 春休みの一日 4月
「遅いぜアルタイル」
「すまない。教授につかまってね」
春休みだというのに俺の周辺はなんともにぎやかだ。
いまではすっかり慣れたジローの部屋で例の定期報告を受ける。
「ついにギルドから俺の試作品が盗まれた。クロスボウの見本だぜ。奴ら相当に焦ってやがる。」
「諦める気は無いんだな」
「よく言うぜ、諦めさせないよう適度に情報流してるくせに。何がテオのクロスボウは飛距離が500メートルだ!奴らが目の色変えるの見て取れるぜ」
その情報を流したのはケフィウスだ。諜報の名家、ブラックバーンの情報操作にはため息しか出ない。
「それでその後はどうなった?」
「ケフィウスん家の奴が後つけてんじゃねぇか?気が付いたら俺の鞄にこんなもんが入ってた」
「…囮の設計図か…」
「ああ、ご令嬢に売って小遣い稼ぎして来いって指示と一緒にな」
「ふっ、それはいい。その金で飲みにでも連れて行ってくれ。実は下町のバールに興味があったんだ」
「いいぜ待ってろ。ああそうだ、ついでにアリエスも誘ってやれよ。お前たちいい仲なんだろ、ははっ」
「やめろ!それは目くらましの方便だ!」
まったく…ジローに知られたのは失敗だった。俺に言わせればこいつのほうが…、喧嘩するほど仲がいいってな。
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この国、アストランティア王国の王都は巨大な城、商業地区、公共地区、貴族の王都邸や金持ちの商人が集まる地区とに分かれている。
ギルドや学校なんかは商業地区にあり、ここで働く奴らはその狭いエリアにひしめき合って暮らしている。
魔法学院や教会なんかは公共地区だ。
一口に公共地区、商業地区と言っても王城に近い上方、王城から遠い下方では天と地ほどの差が開いている。
俺の産まれた孤児院、それから治療院なんかは公共地区といってもはずれにあり、そこを歩いてる奴らの面構えも上品とは言い難い。
また貧民の掃きだめであるスラムは商業地区のはずれ、外郭に突き当たる陽の当たらない場所だ。
はずれとはずれ。
要するに孤児院とスラムは地区こそ違えど隣り合わせてるってわけだ。だからこそ一歩間違えれば引込まれる。嫌な現実だ。
王都邸の集まるエリアには豪勢な屋敷がいくつもあるが、名門と言われる貴族の屋敷はほとんどが城の裏手になる。何故かってーと、名門貴族は王都の屋敷でさえ果樹園付きだったりしてだだっ広いからだ。
この貴族エリアから裏手に真っすぐ伸びる道を進むと王都裏門があり、その門を抜けるとその先には田園や森が広がり、更に進むとダンジョンがある。テオの夢みるダンジョンだ。
本題に戻って、その別世界のような貴族エリアの中でも一番豪奢でデカいのがテオのいるレッドフォードの屋敷で、一見豪華そうだがよく見りゃ傷みの酷いのが今から行くドラブ侯爵邸だ。
さーて、賽の目はどうでるか…
「お嬢様、平民の何者かがお嬢様に会わせろと来ておりますが」
「会う訳ないでしょう!くだらないこといちいち聞かないで頂戴!」
「それが…あのクロスボウをギルドに持ち込んだ本人でして」
「えっ?」
「お嬢様に設計図を買ってもらいたいと言っております」
「話くらいは聞いても良いわね…。一番暗い部屋に通してちょうだい」
ちっ、随分待たせやがって…
喉から手が出るくらい欲しいくせに勿体ぶってんのが見え見えなんだよ。
「それで貴方、何故ここにそれを持ってきたのかしら」
「ギルドの奴は嘘ばかりだ。俺の登録したこのテオの弓…儲かるって言ったくせにちっとも販売網に乗せやがらねぇ」
「武器や火器はそう簡単には売れないのよ。学が無いって嫌ね。そんなことも知らないの」
「なんだと!…いや、まぁいい。それでだな、ここは名門貴族だろ。金持ちなら言い値で買ってくれるかと思ってな」
腹立つ奴だ。はなっから平民を馬鹿にしてやがる。
…いいや、テオみたいなのが特別なんだ。これが普通の貴族じゃねぇか。
俺は沸き上がった怒りを腹に納めた。
「言い値…かどうかは置いといて、あなた良いのかしら。可愛いご令息の設計図をこんなに簡単に手放して」
「テオは俺の生活の足しにってこれをくれたんだ。どう使おうが何も言わねぇ」
「オホホホホ!そうね。貴方くらいがあの野蛮人にはお似合いよね。愉快だこと。いいわ買ってあげる。いくら欲しいの」
野蛮だと?このアマ!くっ…我慢だ…堪えろ、テオのためだ。
「…ギルドが提示したのはこの金額だ。だがまだ売れてねぇから一銭も貰ってねぇ。この倍は欲しいもんだな」
「馬鹿言わないで。多少の上乗せはしてさしあげる。それで満足なさい。あまり図に乗ると痛い目に合うわよ」
「おーこわ。いいぜ、商談成立だな」
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「じろーじろーこっちこっち!」
休み前の色々でボロボロになった僕のメンタル。それを回復してくれるジローは僕のポーションがわりだ。
ここは商業街。
気分転換にってアルタイルとアリエスがジローの構えた初めての店を見に行こうって誘ってくれたのだ。
「うわぁけっこうキレイ。もっと暗いと思ってたのに」
「まぁまぁいい感じだろ。ちょいと軍資金が手に入ったんでな」
「あっ、アームハンドだ!ラバーシップもある!」
「それからこれだ。テオの作ったハバネロスプレー。いいのか?これまで貰っちまって」
「いいよもちろん。開店祝い!他にもいろいろ持ってくるね」
お店が下町だからって護衛がわりに来てくれたタウルス。タウルスは店の外に立って見張りをしてくれている。
だけどなんだかさっきからお店の外が騒々しい。
「タウルス殿!早く兵舎へお戻りください!騎士団長が待っております!」
「由緒あるイエローダル侯爵家の御子息があの悪名高いテオドールに関わるなど…どれほど団長が嘆いているか!」
「テオドールの噂は嘘だ!そこに真実は何一つ無い!父上にもそう申し上げた!なのに何故、騎士団員ともあろうものが噂ごときを真に受ける!」
「確かに噂なのかもしれませぬ。ですが火の無いところに煙は立たぬ。その真実がはっきりしないうちは関わってはならぬのです。何かあればお家全体の名誉に障るのですぞ」
下町にまで来てこんな騒ぎになるなんて…
僕はやっぱりどうしたって悪役設定からは逃げられない……なんて落ち込むと思ったら大間違いだ!
「いいよタウルス。アルもアリエスも…じろーも居るから帰りなよ」
「だがこれでは前と同じ」
「同じじゃないよ。タウルスの気持ちは嬉しかった。だからもういいの」
今の僕には味方がいる。
タウルスだってこうして僕を庇ってくれる。悪い子供って言われてたあの時とは違うんだから。
「テオドール様を悪く言うなー!」
「あっ、またお前か!赤毛のばかっ!」
ジローの開店を手伝いに来ていた孤児院の子が騒ぎをさらに悪化させる。
「ち、違う!違うよっ!タウルスは僕を庇ってくれたの。今回は味方だからっ!」
「ほんと?」
「本当!」
「じゃぁこっちの騎士か!悪い騎士め!」
「ジロー兄ちゃんの記念の日に嫌がらせすんなっ!ばーか!帰れよこのハゲっ!」
「なんだとこのガキっ!」
悪態をついた孤児院の子にこぶしを振り上げる一人の騎士。振りだけだとしても許せない!けど僕より先にタウルスが憤慨している。
「子供に向かってガキとはなんだ!騎士ともあろうものが恥を知れ!お前たちは下町を守る第六騎士団の一員だろう!」
「おい赤毛の騎士。知ってるか、そいつはいつもスラムの揉め事を止めもしないで素通りすんだ。スラムの揉め事なんかいちいち止めてたらたらキリが無いってそう言ってたぜ」
騒ぎを聞いて集まって来た野次馬の中に見知った顔を発見。学校で話しかけてきたスラムの子供だ。
「そうだ、そっちの若い奴にも俺が血を流してた時汚いから近寄るなって追い払われた!」
「結局騎士って言ったって金持ちしか守らないじゃねぇか!だけどその頭のおかしい貴族さまは俺にマフラーくれたんだ!冬は寒いからこれを巻けって、絶対売り物にならないようなへったくそなマフラーで、…へへっ、これじゃぁ自分で使うしかねぇ」
「へったくそ…」
「お兄様、ショック受けるところが違います…」
が~ん…結構うまく編めたと思ってたのに。そんなにひどい出来だったっけ…
「その貴族さまが悪い奴って言うんなら、お前たちは極悪人だ。もう二度とくんな!どうせお前らは身なりの良い奴の味方しかしねぇ。治安の維持なら平民で作った見回り組で十分だ!そのおキレイな団服を着て貴族街だけ守ってろ!」
その言葉に反応したのは第六の騎士じゃなくタウルス。彼は掴まれた腕を振りほどき第六の騎士を押し返している。
「…そうだ。もう少しで俺もこんなふうになるところだった。間違いを正してくれたのはテオドールだ。俺は俺の信じる騎士を目指す。それを父上が認められないというなら仕方がない。だが俺は俺の騎士道に恥じる真似はしたくない!帰ってくれ!そして団長に伝えてくれ!俺はテオドールの騎士だって!」
…どさくさに紛れてなんか聞こえたけど…へっ?
その時両サイドから同時に舌打ちが聞こえたのは多分気のせいなんかじゃない…




