67 冬休みの一日 1月
お兄様に何度も頼み込んでようやく外出許可がおりたのは冬休みも終盤に差し掛かるころだった。
良かったぁ…、もう少しでせっかくの冬休みが台無しになるところだったよ。
朝から大量のクッキーを焼いて紙袋に目一杯詰める。
こっちの袋は学校に来るスラムの子に。こっちの袋は孤児院の子たちに。それからこっちは救護院でおじいちゃんたちに配る柔らか仕上げの芋きんとん。
初めての試みだったけど、おばあちゃんがおせちを作ってる時見てたからバッチリ。なんだ簡単じゃんって思ったから覚えてたんだよね。
ふかしたお芋に砂糖を入れて…えーと、なんか足りない気がするけど…若干ぱさぱさしてるだけでまずくはないからまぁいいか。
きっとおじいちゃんたちは美味しいって喜んでくれるし僕の事を褒めてくれる。
それを想像するだけで休み前の嫌なこと全部忘れられた。
先週のある日、せっかくアリエスの為にクッキー作って待ってたのに、随分遅く帰ってきたアリエスは、ぶーたれる僕を置いてそのままお兄様に連れていかれた。
叱られてるんじゃないだろうかって心配で…部屋の前で待ってたのに拍子抜けするほどけろっとしてた。
「お兄様ごめんなさい…せっかく待ってて下さったのに。今日はもう遅いことですし、明日…そう!明日一緒に遊びましょう?」
「誤魔化さないで!ハインリヒお兄様と何を話してたの?お兄様さっき怖い顔してた…叱られたんじゃないの?平気?…しょうがないなぁ…僕がお兄様に言ってあげようか?お兄様は僕の言う事なら…」
「そうだ、テオドールの頼みなら私はなんでも聞いてしまうんだよ。だからテオ、お兄様に心配かけないようにしておくれ。孤児院に行くのは良いが決してアリエスから、そしてアルタイルから離れてはいけないよ、いいね」
いつの間にか背後に立ってたお兄様にびっくり。その口から何故かアルタイルの名前が出てきて二度びっくり。
「アルタイル?アルは孤児院へは来ないんだよ。だって孤児院には良い思い出が無いって言ってて…」
「ジローと仲良くなりましたしね。だからもう大丈夫なんですよ。ジローがとりなしてくれましたから」
「そうなの?そ、それにお兄様がアルタイルと知り合いだなんて!僕ちっとも知らなかった」
「テオドールを学院で護れる者は一人でも多いにこしたことはないからね。アリエスがとても親しくしていると聞いたのだよ。一度ここへも顔を出すよう言いなさい」
アリエスが親しく…ええっ?確かにアルタイルはアリエスが好きだったけど…今はそうじゃないはずだよね?
だってアリエスはアルの事ぼろくそに言う。「簡単に手の平を返す人間など信用してはいけませんよ」って。
救護院で手伝いすることも「露骨な点数稼ぎ」って心底嫌そうに言っていたのに…
部屋へ戻る通路の途中、疑問が顔に出ていたのかアリエスが僕に答えをくれる。
「ハインリヒ様の目を欺くためにそういう事にしたんです。こうしておけばハインリヒ様は警戒しない。アルタイルを僕のお相手だと思ってるでしょう。これで僕もアルタイルもハインリヒ様の監視網から外れました」
「あ、へ、へぇ…」
何のためだかわからないけど、とにかくアリエスとアルタイルはお兄様から一定の信頼を得たようだった。
学校へ立ち寄りいつものバスケットを置き、クリスマスにあげたかったジンジャークッキーとマフラーを配る。
「なぁ貴族さま…これあんたが編んだのか?」
以前の子たちは大きくなって既にここには来ていない。だけど今でも一定数の新しいスラムの子がやってきている。配られる食べ物を求めて…
「そうだよ僕が編んだの。冬は寒いからこれを首に巻いておいて。三つの首を温めると体が冷えにくくなるんだって」
「三つの首?」
「首と手首と…うん?まぁいいや。こっちはジンジャークッキー。ジンジャー入れたから大人の味だよ」
ぼりっ
「なんだこれ、かてぇ…つか、辛い」
「あっ、あー、ちょ…っと入れすぎたかなぁ?で、でもそのほうがポカポカ温まるから!」
辛い辛いと言いながらも完食したうえ二枚目に手を伸ばしながらその子は言う。
「なぁ、なんでこんなんくれんの?じぜんじぎょーってやつか?」
「ううん。ホントは25日に来たかったんだけど」
「なんで?」
「12月25日は良い子がプレゼントをもらう日だから」
クリスマスだもんね!この世界にはイエス様居ないけど!
時間が無いってアリエスが呼ぶ。教室を出ようとした僕の背中から可愛くない声がする。
「ばーか、俺はいい子なんかじゃねぇんだよっ!」
「ジロー来てたの⁉早くこっち来て!ねぇ見てこれ、すごいでしょ?」
孤児院でも同じようにクッキーと、そして有り余る時間を持て余して作りまくったマフラーも一人一人の首にかけてあげた。
その傑作マフラーを僕は得意げにジローにみせびらかした。
普段は意地っ張りな僕もジローの前では何でも言える。はやる気持ちを隠さないのも、子供みたいに自慢するのも。
子供のころからお母様の手慰みを見ていた編み物。
初めて自分で編んだマフラーはちょっと編み目がアレだけど…でも、とても暖かいマフラーになったんだから。
「へぇテオが編んだのか。ハハッ、ぼこぼこだな」
「むかっ!そんなこと言うならあげないからねっ!せっかくじろーの分も編んだのにっ!」
「ばぁ~か、ぼこぼこしてて暖かそうって言ったんだ」
「へっ?あ、そう。そうなの。暖かいんだよ?って、誤魔化されないからねっ!」
「お兄様、こんな失礼な奴にはこの毛糸の切れ端で十分ですよ。」
「なんだとっ!」
ギャーギャーと二人が騒いでいるとそこにアルタイルがやって来た。
アリエスの言う通り孤児院の子たちも何も言わない。だけどなんとなくぎこちないのはそのうち時間がなんとかしてくれるかな?
チャンスがあったらタウルスも連れてきてあげよう。そしたらきっとタウルスの黒歴史がグレーくらいになるかもしれない。
孤児院の裏手から少し進むと救護院がある。たった十分程度のことなのに三人は妙にがっちり僕を囲う。
せっかくなのでその途中で遅くなったクリスマスプレゼントを渡すことにした。
「これ…ピンクのがアリエスで青いのがアルタイル、それからダークグリーンがじろーの、その…」
「ん?なんだこれは…?ああ、首周りを温める物か。」
「へっ?うんそう」
ホントは腹巻だったんだけど…
どうしてこのチョイスにしちゃったんだろうって後悔してたらアルタイルが勝手にネックウォーマーと勘違いしてくれたのは棚からぼたもち。そうそう、これは最初からネックウォーマーのつもりでした!
「へぇ、こりゃ良いな。マフラーと違って勝手にほどけたりしねぇ」
「つまり失くす心配も無いってことですね。ふふっ、可愛いピンク。嬉しいっ!」
「テオ、お返しは楽しみに待っていてくれ」
救護院で芋きんとんとマフラーを配り、サグデンじいちゃんとポーカーをして、それからドワンゴじいちゃんにアンデッドと戦った時の話を臨場感たっぷりに聞いて、そうこうしてたら一日が終わる。
冬休みのとっても楽しい貴重な一日。みんな喜んでくれたよね?
家に帰ったあとお兄様から「テオドール?私に渡すものは無いのかい?」って言われたのには驚いたけど…




