65 協力する恋敵
俺の人生にありえないような出来事が今目の前に起きている。
レグルス王子殿下、この国アストランティア王国の王太子さまとこうして顔を突き合わせるなど…テオドールが偉い貴族だと否が応でも思い知らされる。
「俺はテオ、テオドール様が作ったクロスボウ…中距離用の強力な弓をより殺傷力の強いものに、その、アル、アルタイル様とデルフィヌス…様に協力をしてもらい殺傷力をあげ商業ギルドに持ち込んだ」
「この場は許す。敬称は無しで良い」
「助かったぜ…武器は窓口が別だから俺は最奥の部屋に通されそこで散々質問を受けた。それは想定内だったからな、デルフィヌスの作った問答集通り難なく答えることは出来た」
テオは形ばかりの婚約だと本気でそう思っているが、この顔を見れば分かる。俺に対しての目つきと言い…殿下は本気だ。けっしてテオをやすやすと手離したりはしないだろう。
「まぁそんな訳で打ち合わせ通りにこれはテオが自分で使うために作った試作品だと名前を出してどう広まるのか様子を見てたわけだ。特になんの収穫もないまま半月すぎたが…実は昨日想定外の展開になった」
「…何が起きた」
「焦んなよアル。いつものように商業ギルドで情報収集に励んでた時だ。知り合いの…その、ヤベー奴が最奥から出てきやがった」
「…やばい奴とはいったい何者だ。当然知っているんだろう?」
「まあな。そいつが持ってた紙束は…俺が提出したクロスボウの設計図だ。クロスボウは普及している弓と比べて射程距離が段違いだ。それにクロスボウは射手の技量を問わねぇ、弓のひき方さえ知ってりゃ誰が射っても安定して成果が出せる。そのうえ隠密向きとくれば…欲しがる奴はわんさか居る。テオの足を引っ張りたいどこかの貴族がすぐにも食いつき動き出す…ってのがデルフィヌスの案だったが…もっとヤベー」
「はっきり言え。それは何者だ」
「あいつは俺の記憶が確かなら闇ギルドに属してたはずだ」
「闇ギルドだと?」
あいつらは危険な集団だ。そして闇ギルドの向こうには武器商人どもがいる。貴族と武器商人をつなぐのが闇ギルドの大きな仕事だ。さすがにこれは想定外だったが俺は設計図の肝心な部分は提出時にこっそり抜き取っておいた。
「ざまーみろ。あいつらはおもちゃのような弓矢しか作ることはできねぇよ」
「彼らは国を転覆させかねない危険思想の集団だ。僕の考えではおそらくは他国…ディネーブ帝国へと武器を流し戦争を仕掛けるつもりだろう。戦争が起これば武器は飛ぶように売れる。それも言い値でいくらでも。ジローよくやってくれた。礼を言う」
「だが商業ギルドが闇ギルドとつるむなど…あるのか?そんなことが…」
常識人のアルタイルは怪訝そうな顔をしている。
「いいや本来はありえない。武器でなくとも闇ギルドにレシピを流せば罪の大小問わずそのギルドは解体となる。ましてや武器には父上、国王陛下の勅命を持って国外への持ち出し禁止令があるのだよ。事と次第によっては極刑となる。一介のギルド長がそこまでの危険を冒してまで闇ギルドと接触を持つだろうか。いいや…ギルド長を動かすものは他に居る…」
「相当の高位貴族だな?誰とは言わないが…」
「ああ…頭の痛いことだ。愚かな真似を…」
王太子殿下はその整った顔をわずかに歪めて怒りを滲ませる。そうか、王家の袂に集っても一枚岩とは言えねぇのか…
その面倒な采配をするのが王家の仕事になるんなら、やっぱりテオには向かないな。
俺は改めてあいつを連れ出さなけりゃと決意した。
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殿下の後ろで静かに控えていたケフィウスがふいに身を乗り出す
「武器商…闇ギルドが出て来たとあっては、もはや学生同士の諍いごとで済ますことはできませんよ殿下。幸い彼の機転で今回は危機を回避できましたが必ず再び奴らは来る。恐らくはいきり立ち、全て寄越せと詰め寄るでしょう」
「まあそうだろうな」
「ジロー、君に再提出を求めてくるか…いや、直接接触してくることも考えられる。殿下、すぐにでもブラックバーンの屋敷から諜報員を呼び寄せます。これはもしかしたら腐敗貴族を一掃し綱紀を整える千載一遇の機会かもしれません」
「権威を持つ貴族が関わっている。あるいは幾多の貴族が。目星はつくが…あの家門は今までどれほど不正の影が見えても糾弾出来るほどの証拠を残さなかったのだよ。だがここで尻尾を掴めれば…」
「ええ。年貢の納め時です」
テオドールに端を発した今回の件、それは思いがけない大物を釣り上げたようだ。
ドラブ侯爵…名門なれどここ最近はその精彩を欠いている。今も尚栄華を極めるレッドフォードとは正反対だ。
「何にしたってそういう事なら俺はすぐにでもギルドへ戻る。もう一度来るかも知れねぇんだろう?諜報員が来るまで待ってらんねぇ」
「待てジロー!闇ギルドが関わっているならここから先は危険が伴う。ケフィウスにここは任せてって、おいっ!」
「武器がちょっとでも流出したら全部テオのせいにされちまう!そんな事させねぇよ!アル!いいから俺を送ってくれ。こんな格好で貴族街の中歩けねぇよ」
これ以上は俺とジローに口を挟める余地はない。
殿下とデルフィヌス、そしてケフィウスによってこれから話が詰められるだろう。
殿下の許可を得てジローを下町まで送っていく。その馬車の中でも俺は再三再四ジローに釘をさすことにした。
「いいか、闇ギルドは本当に危険だ。ジロー、頼むから深入りはするな。お前に何かあればテオが悲しむ。その事を絶対に忘れるなよ」




