64 悪いお薬
ないないないっ!薬がないっ!
明日からは冬休み。今日は終業が早めだから帰りに救護院へ寄っていこうと、昨夜作って持ってきた院長に頼まれてた痛み止め。カバンの中から出してないのにまるっと消えてなくなっている…
焦って周りを見渡すとこっちを見て笑ってる何人もの生徒たち。
またか…
あのセリッシュとかいう令嬢とその取り巻きたちの嫌がらせは、日を追うごとにどんどんエスカレートしていって今では微塵も隠さない。
「お兄様、何かお探しですか?」
「うう…薬が無いの…おじいちゃんに持ってく薬…。昨日の晩せっかく頑張って作ったのに…」
「薬…もしかして青い包装のか?」
「アル見たの?何処?何処にあった?」
「あ…」
視線の先にあるのはゴミ箱。そして…
…ゴミ箱に捨てられているのは僕の作った漢方薬…。ひどいな…あんまりだよ…
救護院の運営はいつもカツカツで、貴族街の医療院ほど薬がたくさんある訳じゃない。だから僕の作った漢方薬でもすごく貴重なのに…
カサ「中身は空けられてない…無事そう…」
薬を拾い上げる僕に嘲笑の声が投げつけられる。
「貴族の子弟がゴミをあさって、まぁ随分とあさましいこと」
もう怒った!
「むっ!これはゴミなんかじゃない!救護院に持ってく僕が作ったお薬なんだから!それより誰が僕のカバンを触ったの?誰か見ていた人が居たはずだよ!どうして誰も止めないの?これは立派な窃盗じゃないか!」
ザワ…
え?
僕は悪くない…悪くないはず。なのにどうしてみんなは僕を変な目で見るの?
僕は悪役令息なんかなってない!
悪いことしたのは僕じゃないのにどうしてみんな僕の方見てコソコソ陰口言うんだろう?
どんどんおかしくなる雰囲気に胸が不安が押しつぶされる…
「まぁ…薬ですって」
「自作の薬だなんて…やっぱりあの噂は本当でしたのね。その薬でご令息たちを…」
「もしかして殿下が婚約候補に指名したのもあの薬のせいではないの?」
薬?あの噂?何?この人たちは何を言ってるの?
「皆さまなんという馬鹿な事を!お兄様のこのお薬は慈善活動のための寄贈品で…噂される人心を惑わすものなどではありません!いわれのない酷い中傷です!」
「アリエス!惑わす…って何?どういうこと⁉」
「お兄様…お耳に入れたくはなかったのですが…その」
目を伏せるアリエス。隣にいるアルタイルもサッと目を逸らす。何が起こってるの?
「もっぱらの噂ですわ。殿下もそこに居るアルタイル様たちもテオドール様に篭絡されて正常な判断が出来なくなっていると。その薬が原因でしたのね」
「おかしいと思いましたの。あの立派な殿下や親衛隊の方々が揃いも揃ってこうも悪名高いあなたごときを寵愛するなど」
サァァァ
僕の顔からは血の気が失せる。
ああそうだった…あの時も言われた『人体実験』、僕は悪い子供からって…
僕は悪役令息だから…だから僕の作る薬はいつだって怪しげな薬と認識されるのか…。それがホントかどうかなんてきっとみんなには関係ない…。テオドールが作った、その事実があれば十分なんだ…
「ぼ、僕の、僕の薬は…」
「行こうテオ!こんな下らない話に耳を貸す必要はない!」
「そうですお兄様、サロンで殿下がお待ちですよ。お兄様の大好きなデルフィ様も。さぁ行きましょう」
二人にがっちりガードされレグルスの個室に連れてかれる。そこまでで僕の涙腺は限界だった。
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「う、うわぁぁああん、ぼ、僕はっ、ち、ちゃんと良い子にしてるのに!学院なんか来るんじゃなかった!やっぱり屋敷に居れば良かった!レグルスのバカっ!心配ないっていったくせにっ!」
運び込まれたテオは身も世もなく泣き続けている。なんと痛ましい姿だろうか。
「すまないテオ…私の見通しが甘かった。まさか筆頭侯爵レッドフォード家のテオドールにここまでハッキリ悪意を向けるとは考えもしなかったのだ…」
私の言葉をデルフィヌスが続けていく。
「いくら学院内が治外法権でもすべての不敬を問われぬ訳ではない。本来ならあり得ない事だ。いったい何故彼らはこうも不遜に振舞える?」
さんざん泣き叫び眠ったテオをもっとも体格の良いタウルスが抱かえるそして王族専用入り口を使い人目を避けて馬車に運ぶ。
アリエスがテオに付き添い早々と帰路につくが、この調子では直にハインリヒが怒りを振り撒きながらやってくるだろう。
「…どうしたものか…」
「殿下、あれはおそらくセリッシュ嬢の差し金。だが取り巻き連中までもがああも強気に出るからにはなにか勝算があるはずだ」
「勝算?いや、むしろ奸策だろう…」
「…アルタイル、ジローからの報告はまだか。まったく僕にあれほど偉そうに言っておきながら…」
「ちょうど今から会う予定だ。いい報告が聞けると良いが…」
「二人が動いているなら殿下もお会いになってはいかがです?テオドールの友人でもある下町のジローに」
「ジローか…そうだな。彼をここへ呼べないか?アルタイル、今すぐ彼を連れてきてくれ」
貴族の子弟が通う学院と聞きジローは同行を渋る。が、テオドールに関する事案だけに最後は折れてうなずいた。
初めてくぐる魔法学院の門。それなのにその初めてがまさか王族専用通路とはさすがのジローもいつもの威勢はどこへやら、見たこともない顔がこんな時だがおかしかった。
「どうした?先日会わせた公爵子息のデルフィヌスには随分偉そうにしていたじゃないか」
「馬鹿お前、王太子殿下じゃ話が違う。緊張しないでいられるはずがねぇ」
さあ、緊張のご対面だ。
「よく来てくれたねジロー。以前から会いたいと思っていたのだよ。だが今日は妬心は無しだ。テオの為に君の力を貸してほしい」
「…妬いたのか…そりゃ悪くねぇ。で何の用だ。テオの為だろう?何だってするさ。何をすればいい?」
こんな時じゃなければ決して親しくはできなかったであろう二人。彼らはその日テオのためにと手を組んだ。




