62 地雷なのは魔法の授業 11月
今日は実技の試験がある最悪な日。朝から憂鬱すぎてお腹が痛い。
熱があるかもって言ってみたらお母様もお兄様も薬師を呼ぶだの医術師を呼べだの…このままだと大騒動になりそうだったから仕方なく諦めた。
なんで僕は今まで健康だったんだろう…。仮病の種はもっと早くに巻いておくべきだった…
「テオ、本当に行くのかい?辛いなら休んでも良いのだよ」
「いいから貴方こそ早く出仕なさい。テオドールは学院へ行くと言っています。この子は見た目の儚さを裏切って昔から病気ひとつしたこと無いのよ。その事実にわたくしも旦那様もどれほど救われてきたことか。熱が無いのも確認済み、心配は不要です」
今ではほとんど王都邸に顔を出さないお父様。だけど僕が十歳になるころまでは時々お屋敷に来ることもあった。
その当時からお父様は僕に対していつもそっけなくて…
ゲームにも登場しない義理の父だから仕方ないやって特に気にしたことも無かったけど…でもそっか、もしかして義理の父親なりに心配してくれていたのか…
高等部への通学はさすがにアリエスと同伴通学になる。
アリエスは最後まであのおんぼろ馬車に「これが僕の愛車です!」ってしがみついていたけれど、再び僕に悪い噂が立たないようアルタイルに言われて諦めたみたい。でもあの馬車は記念として今でも離れの庭にオブジェとしておいてある。
お兄様との関係性が僕の知らない間に変わったことで、今までよりずっと上等な扱いを受けるようになったアリエスは、使える馬車も家門の旗のたなびいた立派なものに変えられている。
ああ良かった。侯爵家の平民落ちはこれでまた一つ遠ざかった。
「お兄様…魔法の試験が気がかりなのですか?きっと大丈夫ですよ。昔からあんなにデルフィヌス様と特訓してらして、お水の量も増えたっておっしゃっていたではありませんか」
「…ううう…コップ六杯分くらいにはなった…」
「すごいっ!すごいですお兄様!コップ三杯からついに六杯まで…。お兄様はお優しくて頭もよくて…それに努力も怠らないとても素晴らしい方ですね」
「アリエス褒めすぎ…お尻がもぞもぞする…」
「お尻?さすって差し上げましょうか?」
「ばかばかっ!ちょ、やめっ!セクハラ!これはセクハラだから!」
相変わらずスキンシップの激しいアリエス。だけどアリエスとのこんな時間が僕はなんだか好きになってた。
アリエスのヒロインパワー、それが開花した時にはきっとみんながアリエスを好きになって…
その時が来てもアリエスは僕をお兄様って呼んでくれるかな?
所変わって今は実技の授業中…
学院の成績は上から順に、アルファ、ベータ、デルタ、ガンマ、ジータ の五段階。
「はい、では次、テオドール前へ」
「…ハイ…」
「あの的をよく狙って」
「うぅ…〝ウォーターボール”」
パチャン…
「も、もう一度やってみようか?狙いを定めて…手の平に魔力を集めて…集中して集中!今だ!」
パチャン…
「気合いだテオドール、気合が足りない!あの的に届けて見せるという根性を見せろ!」
「うう…もうしないっ!だって僕生活魔法以外使えないっ!こればっかりは頑張っても無理!自分の限界ぐらい知ってるんだからっ!」
先生だって分かってるはず。僕の持つ魔力量は一学年生の中でも下から数えたほうが早いって。
その僕がどれほど気合入れたってムリなもんはムリだからっ!
なんとか筆頭侯爵令息をジータから回避しようという、先生の善意は痛いほど伝わるけれど…さっきからかすかに聞こえる笑い声が恥ずかしすぎて僕のメンタルはもう死滅寸前。
「あんな的ひとつ満足に壊せないなど魔法学院の生徒として恥ずかしいったらありませんわ」
「ええほんとうね。座学の成績は良いようだけど所詮実技が伴わなければなんの役にも立ちませんもの」
あれはこの間ケンカを売って来たキツイ美人の取り巻きたちだ。周りの生徒にまで同意を求め、徒党を組んで僕を笑い者にする。
不敬回避で決してこっちは見ないし固有名詞も口にしない。だけどそんなの誰のことだかはっきりしすぎて影口にすらなっていない。
ヘタクソな悪口だなぁ…
こんなので僕が傷つくと思ったら大間違いだ。
魔法が出来ないのはホントの事だし、僕は魔法学院なんて好きこのんで来てる訳じゃない。
だから魔法の出来にプライドなんてないし何言われたって全然平気。と思ってたのに…
「実技が伴わなければ役立たずだと?馬鹿を言うな!今ある数多の魔法陣はその実技が伴わない学術院の研究室で解明されてきたものだ!」
「タ、タウルス様…」
「古代魔法の詠唱なども、誰があの難解な文字を解読したと思ってるんだ!初級魔法を放てる程度のお前たちがいざ戦闘になった時どれほど役に立つというのか俺に教えてもらおうか!」
「申し訳ございません…そんなつもりでは…」
「そんなつもりでなければどんなつもりだ!集団で人を貶めるなど貴族子女の品位はどこへ行った!」
群れる女子生徒たちの雑言を苛立った声が遮断する。
その声の主タウルスに叱咤され蜘蛛の子を散らすように集団は解散していく。
…昔のタウルスならあっち側だっただろうな。
僕はなんだかヒナの成長を見守る母鳥みたいな気分で…
「あのタウルスがこんなに立派な姿になって…」
「言うな。その話はやめてくれ。あれは俺最大の黒歴史だ」
「ぷっ、そうなんだ」
昔の面影なんてちっとも残ってないタウルス。彼とは色々あったけど…よく考えたらタウルスだって攻略対象者の一人。本気で悪い人のはずないじゃんね。
「テオドール、よく我慢したな。お前の事だから言われっぱなしでいるとは思わなかった」
「こういうのは気にしない。出来ないことを出来てないって言われても別にほんとの事だから。」
「お前の沸点がよく分からないな」
笑いながら僕の頭をガシガシするタウルスはいつの間にかゲームのタウルスそのものになっていて、僕と並ぶとその身長差は軽く20センチはありそうだ。
ここだけの話だよ?
女子たちの悪口は全然気にはならなかったけど…タウルスが僕を庇ってくれたことは嬉しかったんだ。




