60 悪役令息VS悪役令嬢 10月
「あなたがレッドフォードの悪童テオドールね。貴方の実技の授業を見たわ。全く魔法すら使えないなんてただの役立たずではないの。それなのに殿下の婚約者を名乗るなど厚かましいにも程があるわ」
例の噂の有無に関わらず、筆頭侯爵家令息である僕に気安く声をかける生徒は居ない。なのにこんな上から来るなんてそれなりの家格なんだろう。
「ええまったく本当に。殿下の気をひいたのはきっとその顔だけですわ」
「そうよ、そ…」
ギロリ
「ヒィッ…よ、良く見たら顔も大したことありませんわ…」
あー、なんかめんどくさいのに絡まれちゃったよぉ!
せっかくのキレイな顔を憤怒に染めて、さっきからキーキーキーキー、うるさいったらありゃしない。
これはあれだ、立て続けに三台ゲーム機壊してお母さんの逆鱗に触れた、あの時のあの技を使うしかない。
空っぽだ、頭を空っぽにして、無になるんだ!そして怒りが鎮まるまでをやり過ごせ!
だけど僕は忘れていたんだ、前世でもそれはあまり良策じゃなかったってこと。
「いいことあなた、殿下は政治的判断からあなたを婚約者に指名なさった、ただそれだけよ。殿下を思う気持ちがあるならあなたからこの婚約は分不相応だと辞退なさいな。ちょっとあなた聞いてるの!どこ見てるのよ!!なんとか言ったらどうなのよ!!!」
ああ、そうそう、そうだった。お母さんが怒ったあの夜も無言でやり過ごそうとしただけ僕が、それはもう怒りのツボに嵌ったらしく説教タイムがよりいっそう延びたんだった。
今も目の前のどこかの女子はさっき以上に顔が真っ赤で…既にガチギレ状態だ…
「何とかって…僕はあなたを知らないし何か言ったら今よりもっと怒るでしょう?」
「こちらの方はドラブ侯爵家のご令嬢、セリッシュ様でいらっしゃるわ。あなたセリッシュ様をご存じないの?」
「とんだ物知らずだこと!」
「もう良いわ貴方たち、それより何か言いたい事がおありのようね。良くってよ、いっそおっしゃいな?」
も~、ほんとにヤダ。
ゲームのシナリオを恐れる僕は静かに学院生活送るって心に決めて過ごしてるのに…言えっていうなら言うけれど僕は相手が女子だからって手加減なんかしないんだから。
「じゃぁ言わせてもらうけど、政治判断っていうならむしろ僕が口出す事じゃないと思うよ?っていうか、あなたが口出すするのも違うくない?言ってることが矛盾してるしレグルスの事がそんなに好きなら僕より本人に言えばいいよ。殿下の政治的判断は間違いですって」
「ま、まぁ!ほら見なさいな皆様方、なんて悪辣な。これがこの方の本性ですわ。こんな口汚い方が殿下の相手でいい訳ないわ!」
言えって言ったくせに言うと怒る。これ鉄板だよね。
「あーもう!僕の噂を知らないの?本性も何も最初から評判良かったことなんかないんだけど」
「それに口汚いと言うならそれは貴方の事でしょう?年下相手に恥ずかしいとは思いませんか?魔法が何ですって?お兄様は実技以外は全ての科目で主席ですよ。そういうあなたは何位です?神童テオドールの名を御存じないなんて…役立たずなどと良くも言えたものですね」
生徒会室から戻って来たアリエスがとても自然に加勢に入るが…
う~ん、わかってはいたけどやっぱりゲームのアリエスとかなり違ってる。アリエスは優しく健気なヒロインのはずで…なのに今の立ち位置がよく分からない。
「なんと生意気な!私が何も知らないと思っているの?もちろん知っていてよ、それが不相応に神童などと呼ばれていることも、レッドフォードの三男がはっ!…卑しい歓楽街生まれの庶子であることもね!生まれ育った街で覚えたのかしら?その男たちに取り入る術を」
バシッ
「きゃぁっ!」
「アリエスに謝れ!僕より年上のくせして、言っていい事と悪い事の区別もつかないのっ!」
絶対許さないんだから!
「ひどい…ひどいわ。なんて乱暴な…あっ!いいところにデルフィヌス様!この生徒がわたくしに暴力をふるったのです!どうか連れていって審議におかけになってくださいまし!」
そこに通りがかったのはデルフィ。けどこれは偶然なんかじゃなく誰かが呼びにいったんだろう。
「やめるんだセリッシュ嬢。事の次第はこの目で見ていた。新学期そうそう下級生のクラスにまで来て一体何をやっているんだ君は。手を出したのは彼の非だがそうさせたのは貴方ではないか。彼だけを責めるのは違うだろう。互いに謝りこの場を収めてはどうだ」
見てたくせに何言ってんのデルフィ!
「イヤダ!僕は謝らない!僕に謝れっていうなら先にアリエスに謝って!」
「お兄様…僕の為に怒って下さるんですね…それだけで十分です。セリッシュ様、お兄様に代わって僕が謝罪いたします。頬を打った事…本当に申し訳ございませんでした…」
「…その謝罪は受け取りませんわ。本当に態度の悪い…悪童の名は伊達ではないわね。覚えておきなさい!」
あのくそ〇〇!…結局謝らずに行っちゃったけどほんとムカつく…じゃなくて。
「アリエスっ!なんでアリエスが謝るのさっ!」
「アリエスはテオの代わりに場を納めてくれたんだ。まったく君ときたら頑固過ぎて困ったものだ。あのままどちらも引かなければ収集付かなくなっただろう。アリエスに礼を言っておくんだな。だがそれとは別でお説教だ。理由がどうあれ手をあげたことは間違っている!来るんだテオドール!」
ひぃぃ…デルフィがマジ切れしてる…
「だってだって、許せなかったんだもん…アリエスをあんな風に言うなんて…」
どこで生まれたかなんて関係ない。
アリエスは誰より努力をしたんだ。ゲームで知ってるだけじゃない。家庭教師の先生だっていつも褒めていた。どれほどアリエスが頑張って侯爵家にふさわしくあろうとしているかって…
だから僕はアリエスをこんな風に言われっぱなしになんか…でき…出来な…
ふぐぅ…あれほど良い子で居るって決めてたのに…実に儚い誓いだった…うりゅ…
「ああっお兄様!…僕の為に泣かないで…。ね、僕も行きますから二人で一緒に叱られましょう?」
「ぐすっ、うん…」
「ふふ、お兄様が怒ってくれたから悔しいより嬉しいが勝りました。だからもう良いんです。ね、泣かないで?」
「やれやれ、まるで僕が悪人みたいじゃないか」
愚痴るデルフィはそれでも見逃してくれなくて…
アリエスと二人、粛々と連行されたのはある秋晴れの午後だった。




