59 モブは見た
今日から高等部での学びが始まる。昨日までの中等部生は制服のラインが一本増えた。
基礎学が多い中等部と違い、高等部からはより実践的な授業が増える。
中等部での割合は、基礎学習が7割で魔法に関する物が3割。それがこの高等部からは基礎学2割、魔法学6割、残りの2割が野外実践となる。
魔法学の授業ではいくつかの科目の中でも特に四科目が中心になる。
魔法薬学、魔法工学、古代魔法に召喚術。
これらの基礎を一年かけてしっかりと頭に叩き込んだら二年目からは各々選択し、より深くまで探求するのだ。
高等部からは高位下位に関わらず貴族の子女は入学が必須。魔力の少ないものは少ないなりに、高いものはより高まるよう友人たちと切磋琢磨し研鑽をつんでいく。
そしてまた、ここでの出会いと交流によって、一生をかけて付き合える親友や伴侶を探すのだ。
我々下位貴族のものは寮部屋暮らしがほとんどだ。
それも大部屋ともなれば、刺激の少ない寮生活、必然的に夜の暇は情報交換会の名のもとに噂話に花が咲く。
どこそこの男爵令嬢はすでになんとか子息のお手付きだとか、あの伯爵令息はとっかえひっかえお盛んだとか。
そんな我らの目下の注目はあの噂の令息、レッドフォード侯爵家のテオドール様。
いくつかの噂は本人を目の当たりにして誤解が解けた。アリエス様との仲などはその最たるものだろう。
今もそのアリエス様に手を引かれ衆人環視の中を険しい顔で歩かれている。
その反面癇癪持ちで偏屈で…噂通りの部分も多い。
噂通り、そのもっとも顕著な部分がまさに神のギフトと呼ばれるその容姿。
今までにも数回目にしたが…尋常でないその美しさにおもわず息をのむ。
「ねぇ、アルタイルとタウルスは?二人はまだ来てないの?」
「ふふ、お兄様、僕一人では心細いですか?大丈夫ですよ。けっしてお傍を離れません」
「ねぇアリエス、僕とアリエスは仲良しだよね?」
「もちろんですともお兄様、僕たちはとても親密ですよ」
「アリエス、それは何の話だ。テオドール…遅くなって済まない。さぁ、今日はこれが終わればすぐに帰れる。少しの辛抱だ」
「俺も今日はさすがに打ち稽古は休みにした。たまには四人でカフェでも寄らないか?」
「殿下がそれは許しませんよ。それにハインリヒ様も。お兄様を真っすぐに連れて帰れと厳命されているんです。まったく右を向いても左を見ても心の狭い方ばかり」
この国の未来を担う期待の御子息たちが揃いも揃ってテオドール様を取り囲んでいる。そのやりとりを見ている限り不仲であるとはとても思えない。
そうして始まった式典では、校長、会長からのあいさつに続き、王太子殿下が挨拶を終えられた。
だが今の祝辞は…
テオドール様は魔力が弱い。それを慮っての内容なのだろう。要約すると今の挨拶は「テオドールを見下さず良しなに頼む」だ。
噂では形式上の婚約だという話だったが…テオドール様を見つめるその眼、あの熱を帯びた目は形だけとは思えなかった。
殿下の放った火花より眩しいテオドール様。アリエス様に促され先頭をきって歩きだすその横顔を恐ろしいほどの形相で睨みつけるのは…挑むような眼をした一人の令嬢。
あれは二年のドラブ侯爵令嬢。
彼女は殿下に焦がれている。それは周囲の知るところだ。
二年前、殿下がテオドール様を婚約者候補に指名したあの日、取り巻きの令嬢たちに目も当てられぬほどの勢いで当たり散らしていたのは学院生ならば誰もが知っている。
顔だちだけならそれほど悪くもないのに敬遠するものも多いのは、その勝気というには過ぎる気性の激しさゆえだろう。
とはいえドラブ家は代々続く名門貴族の一つ。去る者以上に取り入ろうとする者も多いのが実情だが。
学院の子女ならば誰もが殿下に憧れる。彼女はその最たるもの。
余計な問題を起さなければいいが…
そんなことを考えながらも彼から目を離せずにいた私の横を、甘い焼き菓子のような香りを漂させながらテオドール様は通り過ぎた。




